第167話 誰かを好きになれるって、いいことだね。そういうのが運命なのかなの件

 目が覚めると、リュウトの目には少し雲のかかった空が見えた。


「ここは……」


 辺りを見渡すと、人々がこちらを、哀れむようなひきつった表情で見ている。ここは、例の処刑に使われる広場だ。


 領主の部屋でフェセクに気絶させられた後、気が付くとリュウトは広場の断頭台の前に立たされていた。

 

 三回目は、エスペランサではなくリュウトが断頭台にのぼることになってしまった。前回までと違うのは、断頭台を見守る領主の周りにいた百名余りの騎士たちが、いなくなってしまったことだった。やりなおし三回目の今ここでは、領主の周りにいるのは部屋にいた従者数人だ。


 死刑執行人が、十歩先の禍々しい台の上に歩くよう指示した。

 今回もまた、この死刑執行人はフェセクに操られているのだろうか。そうであろうとなかろうと、そう思うことにして、リュウトは死刑執行人に尋ねた。


「フェセク……。君とオレは、友だちじゃなかったのか……」


 死刑執行人は何も言わなかった。


「まあ、今更別にそんなこと、どうでもいいか」


 彼の謎の行動原理を、もう直接質問して聞く気にはなれなかった。疲れていた。


 結局、リュウトは三回目も無策で挑んだ。

 フェセクに勝てないことはわかっていた。


 ――どうしようもなかったんだ。突破口なんてなかったんだ。


 すべてのことに突破口なんてない。それが現実だ。アニメやマンガだったら、機転を利かせてうまくいくか、仲間たちが助けてくれる。でも、現実はそうじゃない。

 どうあがいてもうまく行かないことの方が多いのが、現実だ。


「万事休す、絶体絶命、四面楚歌、八方ふさがり、背水の陣って奴かな……」


 ふと、リュウトの頭に「運命」という言葉が浮かんだ。


 誰かがここで処刑される運命。それは、変えられない運命なのか。


 リュウトは一度、「運命を変えたことがある」と、エルフの男が言っていた。

 異世界に来たあの日、運命を変えてアリアを助けた。


 ――でもあれは奇跡だったんだ。


 奇跡は滅多に起こらないから奇跡というわけで、そう何回も起こせるわけではない。こんな状況下では、奇跡など起こりようがない。これでいよいよ、運は尽きたのだ。


「はあ……。みんなさ、運命運命って気軽に言うけどさ、フェセクは運命を信じる?」


 またしても彼は何も言わない。


「オレはエスペランサさんを助けることができた。だからオレの願いは叶ったんだ。でもまさか、その願いを叶えるために、オレが犠牲になるとは思わなかった。ねえ、これでよかったのかな……。なんだか疲れすぎてて、うまく考えられないんだ……」


 領主が叫んだ。


「やれ! わしの城を護る騎士たちを殺しおって、許せぬ! こやつを処刑して、大衆どもに知らしめてやれ! 二度とわしに反抗しようとする気を起こさぬようにな!」


 リュウトは死刑執行人に押さえつけられて、断頭台に頭と、手が固定された。それでも構わずしゃべるのを止めなかった。


「誰かを好きになれるって本当にいいことだね! 死ぬのはこわいのに、最期の瞬間でさえ好きな人のことを想うと幸せな気持ちになれる! 君はオレに会えてよかった? オレは君に会えてよかった。ありがとう、フェセク」


 「君に会えてよかった」。これまでそう思えるたくさんの人たちに出会えた。


 ――命を運ぶと書いて「運命」。「使命」や「宿命」をそれぞれに背負った「たましい」が、出会いと別れを繰り返して、大きな一つの物語を紡ぎ出していく。そういうのが運命なのかな。オレはオレの物語の中で、たくさんの好きな人に出会えた。だからオレはこれで死んでも、それで幸せだ。後悔と未練は……ある。フェセクに帽子を買ってあげたかった。そうすることで、ハルコとの後悔を清算したかった。そして未練は……アリアだ。アリアのことは出会ったときからずっと好きだった。お互いに成長して、大人になったら、結婚したかったんだ。こんなオレがアリアに相応しいわけがないけれど、彼女がオレのことを好きだと思ってくれるなら、できる限りのことをして、幸せになってもらいたかった。つらい中を一人で生きてきた女の子だ。彼女は幸せに生きるべき人間なんだ。彼女を幸せにできなかったことが、オレの未練だ……。砂漠の国で、二人で、ささやかに暮らしたかった……。


 リュウトは空を見上げた。太陽に雲がかかっている。


 ――オレは、幸せだった。


「死ぬのか! 本当に、オレは死ぬのか? 嘘だろ、おい! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくないっ! オレが今ここで犠牲になることが、いい未来であるわけがない! オレはまだ生きていなくちゃいけないんだ! 死ぬわけにはいかないんだ! だってアリアにはオレが必要なんだ! オレは自分を犠牲にしてまで他人なんか救いたくなかった! そんなのくそくらえだ! エスペランサがなんだ! この街がなんだ! こんなことになるなら放っておけばよかった! いいか、ここにいる奴ら全員よく聞けよ! これがオレの本性だ! 人間、窮地に追い込まれると本性が現れるというけれど、まさに今のオレが本当のオレなんだ。頭が悪くて、役立たずで、自分勝手で、卑怯で、愚図で、間抜けで! 好きな女の子だって幸せにできない! それどころか、彼女が自分をどう幸せにしてくれることしか、頭にない最ッ低な奴なんだ! オレはいつも無力で何もできない! 誰からも好かれる資格なんてない。こんな自分なんか、死んだ方がいい! オレこそが死ぬべき人間だった! だからこれでいいんだ、最初から、すべてこれでよかったんだ! もう、生まれ変わりたくもない……。呼吸をしていることすら恥だ、こんな奴……生きている価値が…資格が……ない……オレは……」


 また、ひどい矛盾を口走っている。

 退屈な現実から抜け出して異世界に来ることができてよかったと言ったり、いつ死ぬかわからない異世界になんか来たくなかったと言ったり。

 アリアを守りたい、幸せにしたいと願っているはずなのに、アリアを傷付けたらどんな表情をするか見てみたくなったり。

 死ぬのは嫌だと言ったり、生きている資格がないと言ったり。


 どっちが本当の自分なのかが、わからない。

 本当の自分が何なのかが、わからない。


 おかしくなってしまったリュウトの頭に、耳元で鐘を鳴らされたかのように、昔、親友に言われた言葉がぐわんぐわんと鳴り響いた。


『リュートなら、道を間違えても、正しい道に戻れるはずだ』


 ――そんなわけないよシェーン! できるわけがない、こんなオレに、できるわけがない! 正しい道って何なんだよ! 教えてくれよ!


 リュウトは最後の力を振り絞った。

 広場に、アリアがいないか探した。エルフの男を探した。


 だが、いなかった。


「どうして……」


 と、つぶやいて目を閉じた。

 

 何か、違和感がある気がする。大切なことを見落としている気がする。だけどわからない。頭が悪いから、一生懸命考えてもわからない。


 無策でもがくしかない。結局、終始、いつも、いつだって。


 リュウトは斧を持ち上げて今まさに刃を止めている縄を切ろうとする死刑執行人に向かって叫んだ。


「フェセク! 死なれては困りますって言ってたじゃないか! あれは嘘なのか! 愛してますって言ってたじゃないか! あれも嘘なのか! オレには嘘には聞こえなかった! あっちの君の言葉の方が本当だった! オレはそう信じてる! だから、こんなことやめてくれ! 死にたくないんだ、お願いだよ――」


 断頭台の縄は切られ、リュウトに向かって刃が落ちた。


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