第166話 どうしてオレなんかにそう言ってくれるの?の件
派手な装飾品がじゃらじゃらと付いたローブに身を包む魔道士だった。
「あ……」
腕をポキポキと鳴らしながら近付いてきた巨体の男は、長い人差し指を立てて、リュウトの顔の前で止めた。
「んふ」
「あ、あ……」
魔道士は言った。
「リュート様をお守りしますよ。死なれては困りますのでね」
「……フェセク……。戻ってきてくれたの……」
彼には、ひどいことを言ってしまった。だから姿を消したのだと思っていた。
こんなピンチのときに、戻ってきて助けてくれるなんて、どうして、とリュウトは涙ぐんだ。
「か、勘違いしないでくだされ♡ 戻るも何も、離れたつもりはございません♡」
「うっ……あっ……あ……なんでちょっとツンデレ風なの……」
リュウトは力なく起き上がり、倒れ込むようにフェセクに抱き付いた。
「あーあああ……フェセク、フェセクぅ! やっぱりオレ好きだ……! 君のことが大好きだ! 君はやっぱり、いい奴だ。助けに来てくれて、本当にありがとう……」
もっときちんと、彼とは話し合うべきだった。一方的に嫌いになって、怒りをぶつけてしまったが、彼には彼なりの理由が、信念が、価値観があったのかもしれない。それなのに、勝手に理解し合える人物だと期待して、話を聞こうとしなかったことが、間違いの感覚の原因になっていたのかもしれない。理解しようとするこころを忘れていたから、失敗したのだ――そんな気持ちがわき上がった。
「傷付けてごめん……。大好きだよフェセク……ありがとう……本当に、ありがとう……」
フェセクは抱き付くリュウトに構わずごそごそと、ローブの中から何かを取り出した。
「んふふふ。じゃーん! リュート様が買ってくれないというので自分で買ってきました」
ローブから取り出したのは、例の派手な色彩の婦人用の帽子だった。帽子屋に立ち寄ったとき、黒い二角帽子と二択にして、選ばなかった方だ。
「なんだ……そっちの方が好きだったんじゃないか」
「……リュート様に選んでいただけたのなら、それが特上でしたとも……」
「あんなにひどいことを言った後なのに。どうしてオレに、オレなんかにそう言ってくれるの?」
自分のことが、好きではいられなくなったリュウトの質問に、フェセクはニッコリと笑った。
「リュート様のことが好きですから。愛していますから」
フェセクは、こんなひどい奴を好きだと言ってくれる。彼の強さには、やさしさには、いつも甘えたくなる。対して自分には、強さもやさしさもない。弱くて、もろくて、頼りなくて、情けない、最ッ低な奴だ。あまりにもみじめで、リュウトは泣き崩れた。
「うっ……ああっ……うあ、ううう」
フェセクの腕の中でおいおいと泣き続けると、次第に気持ちは落ち着いてきた。
「でもねフェセク。偽の金では買ったことにならないから、ちゃんと返すんだよ」
「はァ……」
「うん……それで、オレが君に似合う帽子を買うよ。知ってるんだ、君に似合う帽子を。助けてくれたお礼はやっぱりしたいんだ。ああ、でも、お金が足りないんだった。アリアにお金を借りないとな……。あぁ~、オレって本当に最ッ低だな……」
リュウトは腫れあがった顔のまま、立ち上がった。
「オレはこの城の主を倒しに行くんだ。行かなくちゃいけない」
「では、ご一緒しましょう!」
「え?」
リュウトには何が何だかよくわからなかった。
フェセクは何を考えて、今までの行動があったんだろうか。領主を守ったり、領主を倒しに行ったり。それでは行動原理がめちゃくちゃじゃないか、とリュウトは考え、さらに、こういうときこそ、本人に直接訊くのが一番いいと考えた。
「ねえ、フェセク。君はどうして――」
すると、フェセクは突然顔つきが変わった。リュウトはその変貌具合にぎょっとした。フェセクの視線の先は、上の階へと続く階段だった。その階段の天井にいるコウモリを眺めているようだった。
「え? こんなところに、コウモリ? どうしたんだフェセク」
コウモリと見つめあったフェセクは、いきなり歩き出し、ふらふらと上の階へとのぼっていった。
「ど、どうしたんだよフェセク! 待ってよ!」
何も答えず、上の階へと上がっていくフェセクをリュウトは追いかけた。
二人は、この城の最上階にして最奥の、領主の部屋へ入った。
部屋には、女性の従者が数名と、小太りの領主がいた。
「な、何者だ!」
リュウトは剣に手をかけた。
「ひっ! わしを殺そうというのか!」
「そうだ! そしてこの街を救うんだ!」
威勢よくリュウトは答えた。
リュウトが一歩前へ歩き出そうとする前に、フェセクがふらふらと歩き出した。
「フェセク!」
リュウトの叫びと重なって、領主も叫んだ。
「侵入者を殺すのだ!」
「……」
フェセクは黙っていた。リュウトがちらりと彼の顔を見上げると、彼は汗をかいていた。
――動揺しているのか? あのフェセクが?
「どうして……」
「……」
フェセクはリュウトを無言で、横目で見つめた。
「あ……」
その目は、いつもの甘えてゴロゴロと喉を鳴らす者と同一人物とは思えないほど鋭かった。
「フェセク! 君とオレとは、友だちだろ! あんな奴の言うことを聞いちゃダメだ!」
鋭い目で睨むフェセクは、ギリ、と奥歯を鳴らした。そして、リュウトに向き直り、巨大な手の平をリュウトの顔面に真っ直ぐ伸ばした。
「ぐあ!」
顔面を巨大な手の平に掴まれて動けなくなったリュウトはじたばたともがいたが、遅かった。黒魔法を放たれ、足元からじわじわと身体がかたまっていき、やがて全身が動かなくなっていった。
「そんな……フェセク……どうして……」
リュウトは気を失った。
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