第165話 矛盾の正体の件
「ああああああああっ!」
無策で城門に突撃したリュウトは、まとめてかかってきた十人を切り伏せた。
「うわっ! ヤバいぞなリュート。そんなに強くなっていたぞなもし?」
「オレたちも追いかけよう! あれはヤバい! 冷静さを欠いて周りが見えなくなっている! リュートを止めないと!」
「やっぱりバカリュートじゃないの! アリア、大丈夫?」
「わたしは平気。それより今はリュウトさんを止めましょう」
城門を突破したリュウトは勢い付いたまま城に侵入した。城を守る兵士たちは突然の闖入者に武器を構えて応戦した。
「であえであえー!」
リュウトは次々と現れる兵士たちにひるむことなく向かっていった。兵士たちは、攻撃をする前にリュウトの剣に屠られていく。
「なんなんだよ……! なんなんだよ……っ」
この兵士たちを倒すのは、悪い領主からこの都市を守るためだ。それなのに、何故か間違っている行動を取り続けているような引っ掛かりがあることを、感じていた。だがその事実をこころが素直に認められなかった。
――身体が、熱い。
「まただ。また、身体が竜になっていく感覚がする」
向かってくる兵士たちが、どんどんなぎ払われていく。
決して弱くないはずの、都市セント・エレンの城を守る騎士たちが倒れて行くことに、リュウトはある種の快感を味わっていた。
「これ行ける! 行けるぞ!」
リュウトの身体は、またしても金色に輝いていた。アンドリューがアリアを侮辱したときのように、流されるリンダを救いたいと願ったときのように。
――これはきっと、オレの中で竜の力が流れているんだ。なんだか、バトルマンガで覚醒する主人公みたいでカッコいい! それに、すごく気分がいいや! というか、金色の竜だってオレを「選んだ」って言ってたし、今までのことを考えるとオレは主人公感が半端ないぞ! むしろこれで主人公じゃないとかありえないくらいに主人公してるよ、オレは! この世界の主人公はオレだ、オレなんだ! だから好き勝手なことをやったって構うことはないんだ!
「いやっほー! あはははははは! 戦うことが、楽しくなってきた!」
それは、今までになかった感覚だった。
戦うことが、楽しい。
戦うのはずっと嫌だった。こわい思いをするのも、痛い思いをするのも嫌だった。
はじめて人を殺した日の夜は、眠れなくて苦しんだ。アリアがそばにいてくれなかったら、廃人同然になっていたかもしれないほど、精神的に大ダメージを受けた。
それなのに、今は真逆の快楽を覚えてしまっている。
「ふふふふふ! ははははは!」
リュウトは高らかに笑うと、意地悪な顔で吐き捨てた。
「人間なんて全員死ね! 滅びろクズども! みんなオレが殺してやるよ! 人間なんかいなければ、もう争いは起きない! そしたら、二度とオレは傷付かない……傷付くことはない!」
本音から出た言葉だった。
なんで戦争なんかやってるんだ、なんで傷付けられなくてはいけないんだ。終わることがない争いの世界をちょっとだけ良くしようと努力することなど、無駄に思える。だったら最初から争いをやめない人間なんか滅んだ方がマシだ、と返り血を浴びながらリュウトは思った。
そしてこの竜の快楽に身を任せれば、その願いが叶う気がする。
十人、二十人とが、金色のオーラに触れただけで軽く吹き飛び、倒れていく。
「あはははははははは!」
しかしそんな中、ゲラゲラと笑うリュウトの脳内に直接、誰かが話しかけた。
それは、シンプルで的確な『号令』だった。
――リュート、そんなことしたらアリアが悲しむからやめろ。
「えああっ、アリアが……?」
瞬間、アリアの困った顔と、キレイな鎖骨を思い出した。手の力ががくりと抜け、剣を落としてしまった。
「あ、オレ……」
『止まれの合図』を出したのは、本音に対してブレーキをかけるもう一人のリュウト自身だった。
普通、『理性』と呼ばれる、『もう一人の自分』だ。
理性の自分は、次々と脳内でリュウトをなじった。「人を滅べと願っても、お前が裁く権利が、根拠がどこにある」、「アリアに嫌われたらこれまでの努力を無駄にすることになるぞ」、「積み上げてきたものを一瞬の快楽ごときのために台無しにする破滅的な願望は、お前が嫌う低俗な人間と同類にまで堕ちるということだぞ」、と。
リュウトのこころの中には、いつも二人の自分がいた。
一人は感情に素直な子どものような自分。そしてもう一人は頭を使って考える大人っぽい自分だ。
子どもの自分が強く外に出ているときは、開放的な気分になり、羽目を外しすぎてしまう。そして、自由な言動のせいで他人を傷付ける。
大人の自分が強く外に出ているときは、筋が通っているか、ルールに従えているかを重視し、行動は慎重になる。そして、自分の本当の気持ちを押し殺す。
リュウトは平生、論理を重視する大人の自分の方が強かった。規則を守ったり、我慢することを苦手としたことはあまりなかった。納得のいかないことは今までに何度もあったが、仕方ないことは仕方ないと、どうしようもないことは頭で理解して過ごしてきた。
しかし、今回の事件や、戦争に参加しなければならない現状といった、人間の頭の悪さには反吐が出ると思うような出来事が立て続いて、理性の自分が立っている足元が崩壊していくような気持ちでいた。
バカみたいな人間の元で働いて、無駄死にしていくこの街の騎士たちに、哀れみとやりきれない思いを感じていた。
権力を持つものが奪い合わず、譲り合い、思いやりを持って行動ができるなら、その下で働く者たちだって苦しまなくて済む。
上に立つ人間の頭がおかしいから、世の中はおかしくなっていく。そんな風だから人々が幸せになれない。
バカみたいな出来事の連続に、頭で納得するのは限度があった。
憤りを感じた。許すことも諦めることもできやしなかった。
そもそもの戦争の原因は、傲慢な帝国側に問題があった。
神に選ばれたなんだのと自称し、近隣の国から略奪行為に及んで、憎しみを買っていた。
ソラリスが帝国を滅ぼしてやりたいと考えることには、リュウトも同意見だった。
いつか士官学校時代にコンディスとフレンに叫んだことがある。間違っているものに間違っていると言わないと、いつまでも間違ったままだ、と。
今でもその考え方が正しいと思っているし、行動して変えていくべきだと思う。
そんな帝国に味方していたら、いつまでたっても真の平和は訪れない。竜騎士の国に戻って、ソラリスと共に戦って、あの平和で穏やかだった竜騎士の国のような世界を広げていく方が正しいと感じる。
帝国さえなければ砂漠の国だって、竜騎士の国と戦うことはなかっただろう。
諸悪の根元は帝国だ。そして闇の魔道師たちだ。
帝国と闇の国が滅亡して、デシェルトとソラリスが新しい大きな国を築くのが一番いいと考える。
それが理想だ。そうなるために戦うべきだ。
間違った行動を取らされることに納得ができない。我慢ができない。
だけど、それでも、理想は理想で現実は現実だ。
今現実に立ち向かわなくてはいけないリュウトは、戦うべきではない竜騎士の国と戦わされ、味方をするべきではない帝国のために戦わされている。
それがやるせない。
正直やりたくない。
でもやらなくちゃいけない。
やりたくないと主張する子どもの自分を、やらなくちゃいけないからと言って大人の自分は無視する。
相反する二人の自分、それが矛盾を引き起こす、矛盾の正体だ。
大人の自分が子どもの自分を押さえつけようとすればするほど、子どもの自分は暴れ、結果的に自分を傷付け、他人を傷付ける。
だから偏りすぎないようにバランスを取るようにこころがけなくては、じわじわとこころが蝕まれる。そうして追い詰められた人間が行きつく先は――闇だ。光が一切届かない、深海よりも深い闇の底で手足を縛りつけられ、呼吸が苦しくても、死ぬことも許されず永久に苦しまなくてはいけない地獄のような場所、闇へと沈んでいく。
それは感覚的にわかっている。だけど、どうやってバランスを取ればいいのかがもうわからない。それほどまでに世の中に対して理不尽さを感じる。
どうにでもなれ、みんな滅びてしまえという考え方が正しく感じる。しかしそんなリュウトの理性のタガは、最後の砦は――アリアだ。
「アリアを悲しませたくない、悲しませたくなかったはずなんだ……」
その気持ちがあるから、戻ってこられる。自分を見失わずに済んでいる。
剣を落としたその隙に、兵士たちは何十人も一斉にリュウトに飛びかかった。
脳内に響く声が、「そうだ、それでいい」と告げると、金色の竜の力によって放たれていたオーラが消えた。そして、兵士たちに取り押さえられてしまった。
床に頬をこすりつけられながら、捕らえられたリュウトは必死に抵抗した。
「うわ! くそ! どけっ! どけよお前ら! オレは……あのブタ領主を殺らなくちゃいけないんだぞ!」
罵倒を浴びせても、兵士たちの体重がのしかかり余計に苦しいだけだった。
「お前のような頭のおかしい奴は、処刑されてしまえー!」
「よくも仲間たちを殺したな!」
兵士たちも雑言を並べ立て、リュウトをボコボコに殴った。
頭に、顔面に痛みが広がっていく。
――なんだって? 頭がおかしいだと? 頭がおかしいなんてのは頭がおかしい奴が先に言ってくる言葉だぞ。オレは選ばれてるし運命も変えることができた男なんだぞ。それを、頭がおかしいって、なんだよ!
歯を食いしばり、抵抗しようとした。
だがしかし、もう、力が入らなくなっていた。
――ああ、オレ。ここまでか。無策で行って、うまくいくなんてことの方がありえなかった、か。もっと、頭が良ければ……きっと、解決できたのに……。
目を、閉じた。
疲れ果て、もうどうでもよくなった。
自分が死ぬくらいなら、放っておけばよかったのかな、という思いにも至った。
――こんなこと思う奴が、主人公なわけねーな。
そう思いながら、またしても自分の考えていたことの矛盾に気が付いた。
金色の竜に選ばれたことを過信して、人間なんて滅べばいいと思っていた。
だけどそれは、リュウトが嫌いな帝国の人間と同じような考え方だった。
選民思想。
特別な人間は何をしても許されるという思い込み。
人間は愚かだ。強い力を持ったらこんなことを考え出す。
「アリア……」
リュウトはアリアの名前を呼びながらうっすら目を開けると、リュウトにのし掛かっていた兵士たちが次々と飛ばされていくのが見えた。
「え……?」
魔法攻撃だと言うことは薄目で見える光景からでもなんとなくわかった。
「アリア……」
リュウトの前に現れたのは、
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