第162話 願いを叶えることができる唯一の男の件

「行こう! アリア! 領主を倒すんだ!」

「ええ!」


 リュウトとアリアは地下牢から脱出して自分の武器を取り戻すと、上の階へと向かった。

 騎士エスペランサが引き連れていた二十名ほどの部下たちが、百人以上いるこの城の騎士を相手に、今なお交戦中だった。


 エスペランサの部下たちは指折りの戦士なのだろうが、相手の数が多すぎた。疲弊して、どんどん倒れて行っている。


「回復魔法を……!」

「いいや、アリア! 今は真っ直ぐ領主がいる場所へ向かおう。領主を倒せば戦いは終わるはずだ!」


 リュウトは戦いを続ける騎士たちの間を潜り抜け、上へ上へと駆けた。


 上の階へと進むほどに敵の数は増えた。


「くそ、邪魔だ! オレはエスペランサさんとこの街を救うんだ! オレが後悔しないために! オレの邪魔をするな!」


 向かってくる兵士を次々とシルバーソードで薙ぎ払った。

 しかし、次から次へと出てくる兵士たちに進路をふさがれてしまった。するとアリアが後ろから光魔法を放った。兵士たちは吹き飛んだ。


「リュウトさん! ここはわたしに任せて、先に行って!」

「アリア! ありがとう!」


 倒れた騎士たちを乗り越えて、最上階の、最奥の部屋までたどり着いた。


 バン、と扉を開けると、部屋の中には一回目のときに見た、小太りの領主がいた。


「お前っ!」


 リュウトは怒りが抑えきれなかった。こういう身勝手な人間がいるから、こういう身勝手な人間が権力を持つから、下の人間は苦しみ、嘆き、人生を狂わされていく……。


 ――そういう世の中を、オレは許せない!


「ひぃいいいいいいっ!」


 怒り狂うリュウトの表情をみて、領主は悲鳴を上げた。

 リュウトは剣を構えた。


「一突きで楽にしてやるっ! 中途半端に逃げると苦しむぞ! 来い!」


 すると、領主はそばにいた側近の女性を掴んで、盾にした。


「わ、わたしを剣で殺すなら、この女も死ぬことになるぞ!」


 女性は目に涙を浮かべて首を振っていた。


「くっ! ひ、卑怯者!」


 リュウトは動きが止まった。だが、領主のとったその行動に怒髪天を衝き、また、身体が光り出した。例の、金色の竜の光だ。


「許せないっ! ……許せないっ!」


 するとちょうどそのとき、リュウトの後ろから誰かが部屋に入ってきた。


「! アリア……?」


 しかし予想とは違い、アリアではなかった。


「あ……」


 部屋に入ってきた人物は、指をパチンと鳴らして、黒魔術を使った。


「ぐ……っ! あ……動けない……っ!」


 黒魔術によって、リュウトは身動きが取れなくなった。

 一回目のときに、あの死刑執行人が使った身動きが取れなくする魔術と、同じ気配、感覚だ。


 部屋に入ってきたその人物は、進み出ると、リュウトと領主の間に立ち、くるりと振り返ってリュウトの前に立ちふさがった。


「どう……して……? こんな……ブタを……君が……。何故……!」

「ブ、ブタとは何だ!」


 リュウトにブタと言われた領主は怒った。だがリュウトは深い悲しみを感じたので、領主のことはもはやどうでもよくなっていた。


「やっぱり……君は……本当に……敵だったんだね……」


 ――悲しい。


 短い間だったが、一緒にいられたときは楽しかった。みんなはずっと、「信用してはいけない」、「悪人だ」と忠告してくれていた。

 だけど、彼の強さに魅了され――依存して、正しい判断をしなくなってしまっていた。


 だからこんな結果になった。


 もっと仲間たちの言うことをきちんと聞いていれば、こんなことにはならなかった。


「悲しいよ……。オレは悲しいよ、フェセク……」


 リュウトの前に立ちふさがったフェセクは、ゆっくりと動けないリュウトに歩み寄ると、長い指で輪郭をなぞった。


「ククク……。ずっと機会をうかがってしました。だが、確信しましたよ。アナタはワタクシの願いを叶えることができる唯一の男。アナタについてきて正解だった♡」

「オレに……触る……な……裏切者……。オレは……君のこと……好きだったのに……どうして……」


 動けないリュウトの片目から、つーっと一筋涙が流れ、フェセクの指に触れた。


「ふふ……。リュート様は美しい……。純粋に人を信じるこころがある。ワタクシも含め、人々がアナタを好く理由がよくわかります」


 フェセクはリュウトの耳元に顔を近付けて囁いた。


「純粋故に、どうやったら壊れるのか、試してみたくなる……♡ だからついつい、騙したくなっちゃうんですなァ♡ きっと、皆さんもそうなんですねェ♡」

「……っ……」


 みんながみんなお前みたいな考え方をするかと否定してやりたいが、悲しみのあまり、声が、言葉が出ない。


 ――いい奴だと思っていた。友だちだと思っていた。それなのに。それなのに。


「うっ……あっ……うぅう……」


 リュウトが絶望していると、敵の兵士に取り押さえられたエスペランサとアリアが縛られた状態で同じ部屋に連れてこられた。


「反乱軍のリーダーと思しき女騎士を捕らえました!」

「そ、そうか!」


 兵士の報告に領主が反応した。


 アリアはリュウトに謝ろうとすると、彼の悲しい表情が見え、状況を一瞬で把握した。やはり、遠くない未来に起こると思っていた。フェセクが裏切る未来は、遠くないと感じていた――。


 フェセクは捕らわれたエスペランサに近付いてじろじろと眺めた。


「実にいい……美しい……」


 らしくない行動だと思ったリュウトはフェセクに尋ねた。


「? 女騎士が好きだったのか……?」

「はァ? やれやれ、誤解しないでいただきたい。女には興味ありません。ワタクシは、死にゆく者は美しい、という価値観なのでございます。この女は死ぬためにここに来た。死を恐れていない。だから、ワタクシは手助けがしたかった。救済したかったのです。人は死によってのみ救われる!」


 言っている意味がわからないとはこういうことかと、絶望的に理解し合えない価値観とはこういうものだと、リュウトはキッとフェセクをにらみつけた。


「死が救い……だと? そんなわけあるか! そんなわけ……あるかっ!」


 リュウトは自分で気が付いていなかった。腕が、頬が、胴が、足が、竜化していっていることに。鱗になっていく皮膚が、ボロボロとこぼれて床に落ちる。


「……してやるっ……! フェセク! 許さない……! ……してやるッ……」

「んっ? なんと仰いました? ? いいですねェ~! できるものならば、やってご覧なさい! ワタクシは首を斬られても、心の臓を止められても死にはしません! ワタクシはつよーい、それはもう本当につよーーーーーーぉおおおい魔道師ですからねェエエエッ! だから人々を殺めて、救いへと導く使命があるのですよ!」

「殺してやる! フェセクッ! お前は裏切った! オレを裏切った! オレは君のことが好きだったのに! なんで、なんで裏切ったんだっ!」


 フェセクはパチリとまた指を鳴らした。


「ふふっ。もういいですよ。アナタとの友情ごっこは、悪くなかった。だけどもう飽きました。……それではおやすみなさーい! リュート様!」


 リュウトは気を失った。


     *  *  *


「あ……ここは……?」


 再び目を開けると、一回目の、断頭台が置かれていた広場にいた。


「あ……」


 目の前に、断頭台、その器具に安置される女騎士、そしてフェセクが操る死刑執行人がいた。


 一回目のときと、何も変わらない。


 人々の嘆きで包まれた処刑場。

 騎士たちに守られる小太りの領主。

 そして無駄に、無意味に青い空。


 脳の中に直接、声が聞こえてきた。『リュート様……。アナタはそこで、ただ見ていなさい』と。


「あっ……あっ……」


 身体が、動かない。

 あの憎き灰色の魔導士の魔術のせいだ。


 この美しい青い空の下で、また、一回目と同じことが起こった。 


「ああああああああああああああああっ! うわああああああああっ!」


 台から落ちて転がったものが足元に触れ、絶望して絶叫すると、周囲一帯の時が止まった。


「ああああああ、うううううう」


 リュウトの背後に、あのエルフの男が立っていた。


「異世界の扉。。もう一度やり直すか?」


 エルフの男の問いかけに、リュウトは食い気味に答えた。


「もちろんだっ! こんなの、許せるはずがないっ! みんなを救えるまで、オレはっ! オレは何度でもやり直す!」


 そしてさらに、付け加えた。


「でも今度は再スタート場所を設定させてもらうっ! 今度の再スタート場所は――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る