第161話 今度は約束を守ってほしいの件
時を操る不思議な男のカマで斬られ、真っ白い空間をさまよったリュウトの意識が次第に鮮明になってくると、
――再スタート地点はここなのか。
領主の城の地下牢の中だった。
フェセクが嫌そうな顔で地下牢の奥を見ると、ゼルド、ラミエル、ゾナゴン、そしてふてくされているアリアがいた。
リュウトはアリアを見て、爆発しそうな勢いで飛び出した。
止められなかった。
弾けるようにアリアの元まで向かい――そして、抱きしめた。
「アリアーーーーーーッ!」
仲間たちは全員、「えーっ!」という驚きの声を漏らした。
他人の目なんておかましいなしに、リュウトはアリアを抱きしめた。強く、強く。
「ぐえっ……リュウトさん……」
「アリア! アリアーッ! オレたち、オレたちが出会ったのは運命だったんだ! オレは君に出会えてよかった! 君を守れたんだ、オレは! アリア、大好きだ!」
「えっ……」
ラミエル、ゾナゴン、ゼルドは突然のリュウトの行動にドン引きした。
「あ、頭が……おかしくなっちゃってるわリュート」
「やばいぞな……こわいぞな……」
「リュート、お前、そういうことは二人きりのときにやってやれよ」
アリアは顔が真っ赤だった。嬉しいことには間違いないが、どういう心境からの行動なのかが意味不明だった。だから素直に喜ぶことができない。
「リュウトさん……?」
リュウトは突然アリアを放した。
「あ! そうだった! オレは今からエスペランサさんを助けなくちゃいけない! みんな、協力してほしい!」
仲間たちは首をかしげた。
「エスペランサさんって……誰?」
「この地下牢からオレたちを助けてくれる女性だよ! もうすぐここに現れるんだ!」
「現れるんだって、まるで未来を知っているかのような口ぶりだな」
「知っているんだ! オレは一度経験してからここに来た!」
ラミエルとゾナゴンはドン引きを続けた。アリアとゼルドも困惑した表情だった。
フェセクは無表情だった。
「う……。みんなが信じてくれなくても、本当なんだ。もうすぐここにエスペランサという名前の女騎士が来て、オレたちを解放してくれる。でも戦いに負けて、処刑されてしまう。だからオレは彼女を助けなくちゃいけない。この街を救わなくちゃいけない」
誰も何も言わなかった。
リュウトは鉄格子にしがみついてエスペランサが来るのを待った。
しかし、見回りの兵士が巡回するだけで、エスペランサは一向に来なかった。
「遅い……。何でだ……? どうして……」
リュウトは考えた。
何故エスペランサが現れないのか。
一回目と、何が違うのか。
「あ……?」
リュウトはフェセクを見た。
いつもの彼らしくない、表情のない顔でリュウトのことをじっと見てきていたのでぎょっとした。
「フェセク……」
名前を呼ばれると、フェセクはニッコリと笑って返事をした。
「はい♡ なんでしょう、リュート様」
「あ……」
自分がもっと嘘をつくのがうまかったら、こういう感情にはならないのにな、とリュウトは下を向いた。
エスペランサが地下牢に来るトリガーは、おそらく彼だ。
フェセクがここから脱出しなければ、エスペランサはここに来ない。
「頼みがある……。オレたちをここから脱出させてくれ」
「容易いコトですとも♡」
下を向いていたリュウトは、顔を上げて真剣にフェセクに叫んだ。
「だけど! なるべく人を殺さずに、じゃない。誰も殺さずに脱出させてくれ」
「はァ。何故、そのようなコトを仰られるのです?」
「君を……信じたいからだ……。今度は約束を守ってほしい」
「約束ゥ? そんな約束したコトありましたか?」
見回りの兵士の影が、フェセクの元までのびていた。
「ククク……。なるべく約束は守りますよ。だが。は~ァア! やれやれ、何が違うというのか。出られれば何でもいいでしょうが……」
フェセクは影の中へ潜って行った。
「……っ! ふぅ……」
フェセクが行ってしまうと、リュウトは緊張の糸がほどけて座り込んだ。
矛盾している。
人に「殺すな」と命令したが、エスペランサを助けるためには、領主やこの城を護る兵士たちを殺さなくてはいけない。そうしなければ、おそらく戦いは止まらない。
フェセクの言う「やれやれ何が違うのか」という言葉は、ある意味では正しいのかもしれない。
「あれ、というか、オレはもしかして、またミスをしたのか……?」
何かがおかしい。
何かが引っかかっている。
どうしてフェセクは兵士の影の中に入っていったんだろうか。
「なるべく殺すな」という命令に従って、鍵を取りに行ったのだと思い込んでいたが、彼の黒魔術でなら、彼の言っていた通り、どうにでもなるはずだ。これは考えすぎだろうか。
「疑心暗鬼になっているのか。フェセクは仲間じゃないか……。仲間だ……。みんながそう思っていなくても、オレは彼を信じたい。彼はオレを助けてくれたんだ……」
だが、こころの底から本当に彼を信じているかと言えば、ノーだ。今は、もう。しかし彼が百パーセント黒と決まったわけではない。
――信じたい。信じたいけれど……。
独り言をつぶやいていると、地下牢に誰かが降りてきた。
件の女騎士、エスペランサだった。
「やっぱり、フェセクが上の階に行くことがトリガーなんだ」
エスペランサは地下牢の鍵を取り出して、開けようとした。
「遅くなってすまない――」
「ホントだよ! あの、エスペランサさん……」
仲間たちは本当に地下牢にやってきた女騎士を見て驚いた。
「リュートが言った通りになったぞな」
「えーっ! 嘘ーっ!」
「本当に、未来を知っているのか……」
リュウトは鍵を開けたエスペランサにつかみかかる勢いでこれから起こることをまくしたてた。
「エスペランサさん! 逃げてくださいっ! 明日、あなたは広場で処刑されてしまいますっ!」
「何だ、少年……?」
「あなたはこの戦いで負けます! だから、逃げてください!」
「ふ……。負けるなんて、最初からわかっているさ……」
エスペランサはあの広場で見たときと同じ虚ろな瞳をしていた。
「え……」
「自分たちの命と引き換えにしても、人民の命を守る。それが騎士としての本来の務めだ。だからわたしや部下は後悔なんてしてないよ」
「な、何を言っているんだ! みんなが生き延びる道を探して、選ばなくちゃいけないよ!」
「もう十分探したさ……。さあ、皆の者、すみやかに家に帰るがいい!」
エスペランサは一回目のときと同様、捕らわれていた人々を解放した。
人々は口々にエスペランサへ感謝を述べて、出口まで走った。
リュウトたち以外が全員逃げ終わると、エスペランサは領主がこもる上の階を見上げて「よし」とつぶやいた。
「エスペランサさん! オレも戦います。オレ、竜騎士なんです」
「竜騎士? リト・レギアのか? それがどうして……。しかし、飛竜は見当たらなかったが」
「い、今はいないんですが、オレは戦えます! オレもついていきます!」
仲間たちはリュウトの勝手な言動を制止した。
「えーっ! リュート、戦うつもりなのっ!」
「それはヤバいぞな」
「大都市の領主に歯向かうのはちとヤバいんじゃないか……」
「みんな……。もう、もういいよ! オレは一人でも行くからな!」
リュウトは駆けだした。
「あっ! リュート! 待ちなさいよ!」
「待つぞな!」
一人で駆けだしたリュウトを、少女が追いかけた。
「待って! リュウトさん! わたしもっ! わたしも行くわ!」
「え? アリア?」
「リュウトさんは嘘をつかないもの。わたしは信じてる。わたしも協力する」
リュウトの胸に、じーんとこみ上げるものがあった。
「アリア、うん。ありがとう! 行こう! 領主を倒すんだ!」
リュウトとアリアは二人、上の階にいる領主を倒しに向かうのだった。
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