第160話 オレが異世界に来た理由はあったんだなの件
都市セント・エレンに着いたリュウトたちは地下牢に閉じこめられてしまうが、エスペランサという名の女騎士によって解放された。しかしその後、反逆の罪に問われたエスペランサの処刑が行われることになった。リュウトたちは慌てて城に向かうのだった。
「まさかあのあと、そんなことになっていたなんて!」
仲間たちは全力で走った。
城の前の広場に着くと、人だかりが出来ていた。
「ちょっと! 通して! みんな、どけ!」
リュウトは人々を押し退けて最前列に躍り出ると、女騎士エスペランサがいた。
断頭台の前で、兵士に立たされている。彼女の部下二十名余も、手に縄が掛けられ、兵士たちに拘束されていた。
本物の断頭台を、はじめてみた。
この道具は、生きたままの人間を何人も殺してきたのだ。
写真で見てイメージしていたものよりずっと巨大で、禍々しく、そこにあるだけで身体中を震えが走った。
「……!」
ショックで、言葉が出なかった。
断頭台の前に立つエスペランサと、リュウトは一瞬、目が合った。
「エ、エスペランサさん……」
エスペランサは何も言わず、虚ろな瞳で空を見上げた。
数百名の騎士に守られながら、小太りの領主が断頭台から離れた場所で死刑執行人に合図した。
「やれ! 忌々しいこの女を始末しろ!」
死刑執行人は断頭台の糸を切ろうと、斧を持ち上げた。
「やめろぉっ!」
リュウトは飛び出そうとしたが、武器を構えた兵士に遮られた。
「くそっ、邪魔をするなあっ!」
リュウトは腰に提げているシルバーソードを引き抜いた。
「な! お前も反乱分子なのか!」
「黙れ! オレはその人を助けなくちゃいけないんだ! その人はオレたちを助けてくれたんだ! だからオレはその人を助けなくちゃいけないんだ! どけ! 全員どけっ!」
リュウトは兵士に向かって剣を振り払った。
うわあ、とリュウトの周りにどよめきが起こる。
「リュウトさん! わたしもっ! わたしもあの人を助けたい!」
アリアもリュウトのあとを追って飛び出した。そして光の魔導書を取り出した。
「アリア!」
リュウトとアリアは、目を合わせるとお互いにうなずいた。
「そうだ、行こう! 助けるんだ、あの人を!」
リュウトとアリアは、エスペランサが今まさに処刑されかけている断頭台まで走った。
空を見上げていたエスペランサも、騒ぎに目をやった。
「あ……」
「エスペランサさん! 今、助けます!」
リュウトは台に上がり、死刑執行人にシルバーソードで斬りかかろうとした。
しかし。
「ぐぁっ……! な、何っ!」
リュウトは、止まった。
「……なんだ……これは……」
リュウトの異変を感じたアリアも、気が付くと――。
「身体が……う、動かないっ!」
身体が動かなくなっていた。まるで金縛りにあったようだ。
「なんでっ……どうしてっ」
そうしている間に、死刑執行人は断頭台に向き直り、斧を振り下ろした。
「あ……あ……」
リュウトたちは直感で気が付いた。身体が動けなくなる状態――これは、魔法だ。今、斧を振り下ろしている死刑執行人が、魔術でリュウトとアリアの動きを止めたのだ。
「嘘だ……嘘だ……っ!」
今日の空は青い。
こんな晴れた青空の下、ドラゴンで飛べたら、すごく気持ちがいいだろう。
思いっきり身体を動かして、友だちと談笑して、美味しいものを食べて。
晴れた日って、そういう過ごし方が一番いいと思う――。
リュウトの目の前に、死刑執行人によって落とされた、胴体から離れたエスペランサの首が転がった。
首は、民衆たちの元まで転がった。生気が無くなった彼女の瞳は、空と同じ青色をしていた。
「ううっ! ……あぁ……!」
「うっ!」
「あああああぁ……」
広場に集まった、エスペランサを慕っていた街の人々は彼女の死に、うめき声をあげて悲しんだ。
魔術は解け、二人の身体は動くようになった。
しかし。
リュウトは脱力した。
もう、身体に力が入らなかった。
地下牢から救ってくれた女騎士エスペランサを助けることはできなかった。
その場で腰を抜かしたラミエルとゾナゴン、そして動けなくなったリュウトをゼルドが抱えて、アリアたちは広場から早急に立ち去った。
処刑が終わると、エスペランサの首は部下ともども城門の前に一列に並べられた。
都市の出入り口の門楼のそばで、リュウトは吐き気に耐えていた。
夕陽が沈む頃にようやく気分が落ち着いてくると、楽しそうな足取りでフェセクが帰ってきた。
「みなさーん! お揃いで~! 待っていなくても、ワタクシはどこにいても駆け付けられますのに……ふむ、おや?」
フェセクは沈み切っている仲間たちの顔を見た。
「アハ……。面白い顔……あー、いえいえ。どうしたんです、そんな暗い顔をして」
誰も答えなかった。
朝の広場での出来事が、ショックだったのだ。
静寂を破ったのはラミエルだった。
「もう嫌よーっ! さっさと出ましょう! こんな街! こんなところにいたって何にもなりやしない!」
ラミエルの叫びに、ゼルドが同意した。
「そうだな、フェセクも帰ってきたし。さっさと出よう。オレたちの旅は急ぎだ。ここで時間を食うわけにはいかない。こんなことは、この戦時下の帝国領ではどこにでも起こっていることかもしれない。……外国で下手なことはできないしな……。もう行くぞ、立てるかリュート」
「……」
「うん? ダメそうか。フェセク、悪いけどリュートを背負ってやってくれないか。オレはラミエルとゾナゴンを運ぶから」
「ええ、構いません」
フェセクは膝を抱えてうずくまるリュウトを、しゃがんでのぞきこんだ。
「リュート様? そんなにショックでした?」
その言葉に、リュウトはどくん、と心臓が大きく鳴った。
「あ……え? フェセク……」
リュウトが顔を上げて、黒魔術の使い手の仲間の顔を見ようとしたそのときだった。
一陣の突風が仲間たちに吹きつけた。
「ぅあっ……!」
凄まじい風だったので、リュウトは目を閉じた。
風が止むと、目を開いた。
「今のは……」
目を開いたリュウトは驚いた。
フェセク、ゼルド、ラミエル、ゾナゴン、アリア。全員が、まるで石になったように固まっている。
「え、ど、どうしたんだ、みんな!」
リュウトの声に、誰も反応しなかった。
「どうしたんだよ、おい……。なんとか言えよ……」
石のようになってしまった仲間たちは誰も返事をしなかった。
リュウトは立ち上がり、辺りを見渡した。
かたまっているのは、仲間たちだけではない。
街の人々もそうだった。道端で転びそうになっている子ども、坂を転がり落ちていくリンゴ、水路の川の流れ……すべてが止まっている。
「これは……」
――時が止まっている――?
リュウトが背後に気配を察すると、細く暗い路地に男が立っていた。男は笑っていた。この時が止まった空間で動いているのは、リュウトとその男だけだ。
「! あいつの仕業だな」
勘がそう告げていた。
男はリュウトに睨まれると、走って逃げた。
リュウトは男のあとを追いかけた。
「ハアッ! くそっ、思ったよりはやいな」
男を追いかけまわしていると、突然、男は背後に現れた。
「うああっ! な、何なんだ、お前! あ……」
男は白いローブを着ていた。白金色の髪に赤い瞳。そして褐色の肌をしており、フードの中からちらりと見える耳はとがっていた。
「え……ダークエルフ……?」
「いいや、違う。異世界の扉よ」
リュウトの質問を、男は否定した。
「え……」
「ふむ、思ったより若いな。まだ人間としての意識が残っている。だが、もう半分以上は竜化しているな」
「何を言っている……?」
男は質問に答えなかった。リュウトの瞳をまじまじと覗き込んでいた。
「ふふ、異世界の扉。お前はたくさんの苦悩と後悔をしてきたな……」
「! 人のこころを覗いたのか! 見るなよ!」
「威勢がいいな。安心しろ、わたしは敵ではない」
「え……」
「わたしは時を操る魔術が使える。お前が望むなら、お前が失敗した過去をやり直させてやろうか? ただし、代償はいただくがな……」
「な、何を……」
男はしばらくリュウトを眺めていると、思いついたように言った。
「そうだな、よし。決めた」
「……」
「それでどうする? 再トライしてみないか? 君が今、後悔していることを、過去に戻ってやり直すチャンスをあげよう、とわたしは言っている」
嫌な予感がする。
この男の提案に乗ったら、絶対によくないことが起きる。
またしても勘がそう言っている。
だけど――助けたい。
今一番後悔していることは、エスペランサを助けられなかったことだ。
だが、待てよ――。
「と、時を操れるって本当なのか?」
「本当だ」
リュウトは顎に手をあて、考えた。
ひとつ。案が出た。
しかし、聞くのがこわい。
肯定されても、否定されても、どちらに転んでもこわい。
だけど、聞くべきだ――この質問は。
リュウトは意を決して、男に尋ねた。
「じゃあ……。その……。オレが異世界に来る前に、戻れるのか――?」
「そうだな。それもできるだろう」
「……!」
また、どくん、と胸が鳴った。
異世界に来たあの日。
あの日に時を戻して、映画館に行かなければ……。
――オレは死なない。アツト、ヒロキ……ハルコ。みんな助かるかもしれない。
そして。
――これで、ようやく、元の世界へ帰れるんだ!
現実よりもひどいことが起きる異世界に来るなんて冗談じゃなかった。
努力をすることを学んだ経験は確かに価値があった。
だけど、できるなら安全な場所で平穏に暮らしたい。
いつ死ぬか――殺されるかわからない、こんな異世界にい続けたいなんて思わない。
帰りたい。
家族が待つ家へ。
何もない学校生活を送れる日々へ。
ここで仲間たちと暮らすのも、悪くはなかった。だけど現実世界での『平穏』と比べると、どちらがいいか聞かれるまでもない。
シェーン、ソラリス、ゼルド、コンディスとフレン、ゾナゴン、ヴィエイル教官長、シャグラン、ハザック、カレジャス、ストラーダ、デシェルト王……。――シリウス。
みんなとは出会えて良かったと、こころから思う。
「でも」
最初から起こらなければ、出会わなければ――。
リュウトは奥歯を強く噛み締めた。
「でも、アリアはどうなるんだ? オレに出会わないまま、風竜に一人で戦いに挑むのか……?」
「そして、死ぬ」
「! ……え?」
「異世界の扉が、あるべき運命を捻じ曲げた。あの少女は本来ならあそこで死ぬ定めだった。それがこの世界にとって最も善い未来だった。それを――」
「オレが来たから、アリアは――死ななかった、ってこと?」
「そうだ」
目の前の男が何を言っているのか、わからない。
――落ち着け、オレ。一個一個冷静に考えろ。オレがこの異世界に来たのは、予定されていた未来ではなかった。オレが来なければ、アリアは死んでいた。つまり。
「オレは……じゃあ、オレは! アリアを守れたってこと、だな? オレが来なかったらアリアは死んでた。オレが来たから、アリアを救えた! つまり、つまり! オレは、アリアを……守れていたんだ……!」
男は黙っていた。
「よかった……本当によかった……。異世界に来た意味はあった……。オレが……異世界に来た理由は……あったんだな……。よかった……本当に……よかった」
リュウトはしばらく身体を打ち震わせて、アリアと出会えた『奇跡』に感謝した。
――そうだ、もう迷わない。こんな大変な異世界でも、オレは来た意味があった。オレが来た意味はあった!
そして、曇りのない瞳で男に言った。
「もう一度、やり直したい。エスペランサさんを助け出すまで、この街を救うまで! オレはやり遂げなくちゃいけない! このままでは、終われない!」
「そうだ、その目だ。希望に満ちた瞳……。それでこそ、選ばれた勇者の瞳だ。いいだろう」
男は、魔法で巨大なカマを出現させた。男にとってこのカマは魔法使いが使っている錫杖のようなものだろう。
まるで死神のようだな、とリュウトはごくりとつばを飲んだ。
「やり直した世界で精一杯頑張れ、異世界の扉」
男がリュウトに向かってカマを振り下ろすと――目の前が真っ白になった。
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