第159話 えっ、みんな!なんで捕まっているの。の件

 森を抜け、帝国領の大都市セント・エレンにたどり着いたリュウトたちだったが、代金を支払わなかったとして、領主の城の地下の牢獄に捕らえられてしまった。


「はあ」


 地下牢に閉じ込められたリュウトはため息をついた。


「あのね、フェセク。いけないことはいけないよ」


 フェセクはリュウトの話をまたしても聞いていなかった。

 彼は嫌そうな顔で地下牢の奥を見ていた。

 何故なら、地下牢の奥には仲間たちの姿があったからだ。


「リュート!」

「リュート!」

「リュートぞな!」

「……」


 仲間たち――ゼルド、ラミエル、ゾナゴン、そしてふてくされているアリアも地下牢に閉じ込められていた。


「せっっっかく! リュート様と二人きりになれると思っていたのにィ……。何なんですか、アナタたち……」

「えっ、みんな! なんで捕まっているの」


 リュウトの質問に、仲間たちは大きなため息をついた。


「お前たちのせいだよっ!」

「あたしたち、リュートの仲間だからって捕まっちゃったのよ!」

「ぞなーっ! 我たちは何もしていないのに!」


 リュウトは驚いた。


「え、え、えーっ!」


 リュウトの後ろでフェセクが大笑いをしていた。


「ええ~、みんな、ごめん……」

「代金、アリアが立て替えてあげてたわ! 感謝しなさいよね、リュート!」

「えっ、そうなの。アリア、ありがとう」

「ううん……。いいの、別に……」


 アリアはこちらを見なかった。

 またアリアに悲しい顔をさせてしまったことを、リュウトはした。


「って、え? あれ……」


 リュウトが地下牢の奥をもっとよく見ると、捕まっているのは、『リュートと愉快な仲間たち』の面々だけではなかった。

 この広い牢獄には、たくさんの人々が捕らえられていた。

 五十人近くはいるだろうか。暗い表情で、黙って座り込んでいる。


「えっ、みんな、代金を支払わなかったの。ここの街、物価が高すぎるよね~」


 捕らえられた人々は首を横に振った。


「いや、オレたちが捕まった理由は、そんなことじゃない」

「え」

「この街は、おかしくなってしまったんだ」

「戦争がはじまって、領主が狂ってしまった」

「毎日、罪のない人々を捕らえては、処刑している」

「明日はオレたちの番だろうか。ああ、神よ!」

「お前たちも、釈放されることはない。近い内に処刑されるぞ」

「ええええええええっ」


 地下牢に捕らえられている人々の話によると、戦争がはじまってから、この都市の領主はおかしくなってしまったらしい。

 毎日、罪のない人々を捕まえて、死罪にして楽しんでいるという。

 もう千人にものぼる人々が、処刑されてしまったそうだ。


「なんとかならないかなぁ」


 地下牢に閉じ込められる前に、武器はすべて奪われてしまった。

 武器、魔道書がなくても戦えるのは、ゾナゴンとフェセクだけだ。


「ねえ、フェセク。黒魔術でなんとかならないの」

「ワタクシの力があればなんとでもできましょうとも。この地下牢からの脱出は容易いコトです」

「頼りになるね! でもこわいな、変なことするのはやめろよ」

「変なコトとは?」

「やりすぎるのはよくない。なるべく人を殺さずに抜け出したいんだ。言ってる意味、わかる?」

「はァ。わかりますとも。は~ァア! やれやれ、何が違うと言うのか……。出られれば何でもイイでしょうが……」

「頼りにしてるよ、フェセク!」


 やる気のないフェセクはキョロキョロと辺りを見渡した。こちらに歩いてきた地下牢の守備についている兵士の影が、フェセクの元まで延びてきていたので、その影の中に潜ってフェセクは一人、脱出することにした。


「やれやれ。ワタクシはグルメだと言うのに……はァ、やれやれ。こんなに気が進まないのははじめてですよ……」


 フェセクは兵士に気が付かれないように影の中へと潜っていった。


「頼んだよ、フェセク!」


 リュウトは小声で応援した。

 フェセクは影の中から手だけを出して、やる気の無さそうにいい加減に振った。

 兵士は地下牢を一周見回ったあと、また階段をのぼって行ってしまった。影の中に忍び込んだフェセクとともに。


「はーあ。無実だとわかればすぐに解放されると思ってたのに」

「リュート、やっぱりフェセクを信頼しすぎるのはよくないぞなよ。我の勘が、悪人だと言っているぞな」

「みんな、ごめん。まさかこんなことになるなんて」


 リュウトは仲間たちに頭を下げた。

 すると、リュウトの言葉に被せてアリアがかばった。


「そうだよ、こんなことになるなんて誰もわからなかった。だからここから出ることを今は考えよう」

「え? アリア。今、オレをかばってくれたのか?」

「……」


 アリアはちらりとリュウトを見ると、目を輝かせて見てきていたのでそっぽを向いた。


「アリア~っ! ありがとう! 好きだよ!」


 そっぽを向かれようが関係なくリュウトはアリアの手を握った。


「! ……っ……」


 アリアはうつむいた。「ひどいよ」とつぶやきながら、顔は赤かった。


 しばらくすると、何者かが階段を降りてくる音が聞こえてきた。

 リュウトは降りてきた者を見ようとして鉄格子を両手で掴んだ。


「フェセクだ! きっとここの鍵を見つけて帰ってきたんだ!」


 しかし、降りてきた者はフェセクではなかった。


「え?」


 降りてきたのは、女性だった。

 長い金色の髪を持つ、長身の美人だった。身なりから、高い身分の騎士だとわかる。

 美人騎士は、地下牢の前に立った。


「遅くなってすまない。わたしが解放する。皆の者、速やかに家に帰るがいい!」


 と言うと、持っていた鍵で牢屋の扉を開けた。


「エスペランサ様だ!」

「エスペランサ様が助けに来てくださった!」


 地下牢に閉じ込められていた人々は立ち上がって喜びを表した。


「え、誰」


 リュウトの疑問に捕らえられていた人々が答えた。


「エスペランサ様だよ。我々の救世主だ。この街の出身の女騎士で、正義と平和のために戦っておられるお方だ」

「戦争へ行っていたと聞いたのに……」


 人々の会話に、エスペランサが加わった。


「帰ってきたのだ。命令を違反することになったが……」


 エスペランサは暗い表情で笑った。


 地下牢を出たリュウトたちは、上の階で奪われていた武器を取り戻した。そして、人々とともに城から抜け出した。

 城は、あちこちで戦いの傷跡が残されていた。息絶えた兵士たちがキレイに手入れされた庭園の中で転がっていた。

 リュウトたちは振り返らず、城から遠い、都市セント・エレンの安全な場所まで走った。


「なんだか、あっけなかったわね」


 ラミエルがつぶやいた。リュウトも彼女の意見に同意した。地下牢から抜け出せなくて処刑されてしまうか、フェセクが助けに来てくれるものかと思ったが、現実はそうならなかった。


「外の空気は気持ちいいぞな!」

「こんな町、さっさと抜けるわよ! 長居してたんじゃ、また捕まってしまうわ!」

「そうだな、こんな変な街とはさっさと別れたいな!」

「でも!」


 リュウトは仲間たちをさえぎった。


「フェセクがまだ帰ってきていない」

「……」

「……」

「……」

「……」


 フェセクは夜になっても帰ってこなかったので、この都市で一泊することになった。みんな、何も言わなかったが、やはりまだ彼を仲間だとは思えていない様子なのが、リュウトには居心地の悪さを感じた。


 帰ってこないフェセクに対して、どうしたんだろう、と不安な気持ちになった。


「不安だ」


 フェセクは強い。

 彼がいれば、なんとでもなる気がする。

 逆だ。

 彼がいなければ、どうすることもできないような感覚さえするほどに、彼の強さには安心感がある。


「はやく帰ってきてよ……」


 朝。

 街は慌ただしかった。


 焦って城に集合する街の人々を捕まえて尋ねると、昨日地下牢で助けてくれたエスペランサという女騎士が、部下二十名とともに処刑されることとなったと教えてくれた。

 あの日、まだ戦いの決着はついておらず、彼女は領主との最後の戦いで負けたようだ。


「え、え、えー! そんなことになっていたなんて……」


 リュウトたちは、再び城へ向かうことにした。

 助けてくれた人物を、見す見す死なせるわけにはいかない。


 フェセクがこの場にいないことはまだ不安に思ったが、考えないようにして領主の城へと走った。

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