第158話 帽子を買ってくだされの件

 夜が明け、すっかり名前負けしている『リュートと愉快な仲間たち』一行は、帝都グラン・シュタットに向けて進んでいた。

 森の中の道を歩いている最中、リュウトはアリアに話しかけようと一歩近付いた。すると、すかさずアリアはリュウトを一歩避けた。


「え?」

「あ……」

「え?」

「……」


 アリアに、避けられた。


 ――オレ、嫌われるようなこと……したな!


 アリアは、無意識にリュウトを避けてしまった自分自身に驚いていた。


 ――嫌いじゃないのに、何故か避けてしまう……。どうして……。


 リュウトは頭をかきながらアリアから離れた。


「仕方ないよな、オレのせいだしな、うん……」


 と、つぶやきながら。胸の奥がじんじんと痛むのも、アリアを怒らせた罪に対する罰だ。


 前を歩くゼルド、ラミエル、ゾナゴンはそんなことには全く気が付かず、リュウトの真横でフェセクだけがニヤついていた。


 そうこうしていると、森を抜けて、とある大都市にたどり着いた。


「おおっ!」

「ゼルド、ここはどこよ」

「ぞな」

「ここは都市セント・エレン。帝都からは方角がずれてるなあ。しかし、森を抜けられたのはありがたい。ここで物資を調達していこう。風竜は当分帰ってきそうな気配がないからな。荷物はラミエルたちにも背負ってもらうぞ」

「えーっ! っていいたいところだけど、いいわよ。はい。持つわよ、あたし」

「我も……ぞな」

「お前ら本っ当に反省してるんだな。傑作だ! はっはっは……」

「ちょっとゼルド! ラミエル様だって反省ぐらいするのよ! 笑わないでよ!」

「はっはっはっは! わっはっはっはっは……」


 ラミエルとゾナゴンは、ピュアミスリルを奪っていった魔将軍オシリスの情報を少しでもいいから掴みたいと思っていた。


「ここで、魔将軍オシリスの情報が手に入ったらいいわね」

「ぞな。探すぞな」


 都市セント・エレンに足を踏み入れたリュウトたちだったが、その閑散とした様子に戸惑った。戦時中で人が出払っているのか、出歩いている人があまりいない。

 広さで言えばリト・レギア王国の城下町と変わらないが、雰囲気はまるで逆だった。街を歩いている人の表情は暗く、ゴーストタウンのようだ。


「何かあったのかしら?」

「ぞな?」


 大小様々な店が立ち並ぶ大きな街道で買い物をしているさ中、フェセクが帽子屋の前で立ち止まった。


「リュート様! ここ、帽子屋! ワタクシに相応しい帽子をひとつ、買ってくだされ~♡」


 リュウトも立ち止まって覗き込んだ。

 値札の数字が、普通の店で見かけるものと比べて、一桁大きい。


「えーっ。この帽子屋、めちゃめちゃ高いじゃないか!」

「欲しい~! 欲しい~! 買って買って~♡ リュート様ァ~♡」


 店の前で駄々をこねるフェセクを、一体何歳なんだろうと考えながらリュウトは横目で見つつ、とある出来事を思い出していた。


 異世界に来ることになったあの日。


 そういえば、何も買ってあげなかったことでハルコを怒らせたっけ。


 今ここで、フェセクに帽子を買い与えたら、あのときの後悔の痛みが少しは和らぐのだろうか。


 ――え、オレ、あのときのこと後悔してたのか? なんで? えっ、オレって、そ、そうなの?


 これから先、『もしあのときああしていれば』に何回出くわすのだろう。


 『後悔をしない』生き方は、難しい。だけど、『後悔を少なくしていきたい』という願いは、変わっていない。その願いに、すがるような気持ちでいる。

 もしパラレルワールドというものが本当に存在して、自分が何人もいるのだとしたら、その中で一番後悔を少なく生きられたのが今ここにいる自分がいい――なんてことをときどき考えてしまう。


「フェセク、そんなに帽子が欲しいの」

「ええ、ええ♡」

「じゃあ、買ってあげるよ。助けてくれたお礼も済んでなかったし」

「わーい♡ それじゃあ行きましょう!」


 フェセクがリュウトの手を握って引っ張った。


 それを刺すような視線で見ていたアリアは、


「……。バカみたい」


 と、ぽそりと言い放った。


「アリア、また怒ってるぞなね~」

「しっ。ゾナゴン、怒っているアリアに聞かれたらこわいわよ。黙っていた方がいいわ」

「ラミエル、ゾナゴン。何か言った? わたし、怒ってないけど」


 ラミエルとゾナゴンのひそひそ話を、アリアはしっかりと聞いていた。


「ひっ!」

「ひいいぃ……」


 怒ったアリアはずんずんと先に進んで行ってしまった。

 ゼルド、ラミエル、ゾナゴンはアリアを追いかけて走った。

 帽子屋の前で立ち止まったリュウトとフェセクのことは、置いて行くことにした。


「ごめんくださーい」


 リュウトたちは、帽子屋に入った。

 店は、開いているようだった。


 薄暗い店内に、少しだけ不気味だとリュウトは感じた。


「ああ、これもいいですね、ああ。こちらも」


 そんなリュウトをよそにして、フェセクは店の中に並ぶ商品を見て大喜びだった。

 店の中には高級そうな帽子が並べられていた。

 フェセクは二つの帽子を手に取って振り返った。一つは派手な色彩の婦人用の三角帽子。もう一つは、羽飾りがたくさんついた黒い二角帽子だった。


「リュート様、どちらが似合うと思います?」

「なんでもいいよ」


 と言ったところで、なんでもいいよはないか、と思った。


「その、そっちの、大きくて黒いの。それがいいと思う。似合ってる」

「ほォお~。こちらの、先進的なデザインの方ですか。うんうん、リュート様はお目が高い!」


 リュウトは、店の主人に代金を払った。


 フェセクはご機嫌だった。


 好きな人を喜ばせるためにお金を使えるのは、いいことだ……と思いながら、金貨が入っている袋を取り出すと――。


「って、ない! この帽子を払えるだけのお金がないよっ!」

「おやァ」

「うわー。カッコつかないよなー、オレ。ごめんフェセク……」

「いえいえ♡ いくら足りないのですか? ワタクシも払いますよ」

「帽子が五万ゴールドで、オレが持っているのが四万五千ゴールド。だから足りないのは」

「五千ゴールドですね、しばしお待ちを……」


 フェセクはニヤニヤしながら、残りの代金を支払った。


 二人は店から出た。

 フェセクはさっそく買ったばかりの帽子を被った。

 端正な顔立ちと細く長い髪の彼には似合っているが、彼が着ている極彩色のローブとはミスマッチだった。


「それ、その帽子。社会の教科書で見たことがある。えーっと、ナポレオンだったかな、が、被っていた帽子と似てる。でもフェセクが被るとなんだかいかにも黒魔術師用の帽子って感じだね。よく似合っているよ」

「ありがとうございます♡ リュート様♡」


 フェセクはニコニコしながら優雅に一回転した。いつもの無駄な回転だ。

 だけど、喜んでくれてよかった。

 フェセクは強いし、頼りになるし、話をちゃんと聞いているかはともかく話しやすいし、ちょっと可愛いところがある、いい奴だ。


 と、リュウトは思っていた――ところで、気が付いた。


「あああっ! アリアたちがいない!」


 待っていてくれていると思い込んでいた。

 辺りに、アリアたちの姿がない。


「なんで置いて行かれたんだ……って、そうか、オレ、アリアを傷付けるようなことをいっぱいしたもんな……。嫌われて当然だよな……」


 リュウトは落ち込んだ。森の中を歩いているときに避けられたことを思い出してこころがズキズキした。


「はああ~。探さないと」


 リュウトとフェセクは数時間、アリアたちを捜し歩いたが、見つからなかった。


「都市セント・エレン、広すぎ……」


 歩き疲れたリュウトは広場で少し休憩することにした。

 すると、何者かが二、三人、リュウトたちを見つけると、指を差して叫んだ。


「いたぞ、あいつらだ!」


 都市を守る警備兵だった。

 警備兵はリュウトとフェセクを走って追いかけてきた。


「えっ! えっ? えっ!」


 驚いている間に、取り押さえられてしまった。


「おい、お前たち。帽子屋に偽の金を支払っただろう!」

「え、に、偽の金?」


 リュウトが仲間の顔を見上げると、フェセクがこちらを向いてニヤついていた。


「えっ? えっ? えっ?」


 リュウトにはまだ状況がよく掴めていなかった。


「フェセク、君……?」

「あはは! ワタクシは、などというものを持ち歩いたことは一度もございません♡ 魔術が使えるワタクシには、必要ないものですからねェ」

「っていうことは、君が払った五千ゴールドが、偽のお金だったと……?」


 フェセクは嬉しそうにうなずいた。


「さっさと来い! お前たち」

「ええ~っ! そ、そんなーっ!」


 リュウトとフェセクはグラン帝国の都市セント・エレンで『逮捕』されてしまった。

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