第163話 誰がお前に帽子を買うか!誰がお前なんかに!の件
リュウトが指定した再スタート場所。
それは――高級帽子屋に入る前の時点だった。
「リュート様♡ ワタクシに相応しい帽子をひとつ、買ってくだされ~♡」
以前と全く同じように、フェセクが猫なで声で頼んだ。
しかし、
「黙れっ!」
リュウトは帽子屋の前で、怒りのまま叫んだ。
「え?」
「お?」
「ど、どーしたのよ、リュート」
「いきなり怒っているぞな?」
仲間たちは振り返ったが、リュウトは気にせず、目の前にいる憎き魔導士につかみかかった。
「お前だけは許さないフェセク! 誰がお前に帽子を買うか! 誰がお前なんかに! 誰が! 誰が! 誰が! ああああああああああっ!」
「ああっ♡ ああっ♡ どうしたんですっリュート様♡ こんなところではいけません~~~~~~っ♡」
「ふざけるなああっ!」
仲間たちはかたまった。
何が起こったのか、わからない。
「なんで突然リュートはキレてるのよ」
「いやホントに、マジで一体どうしたんだリュートの奴?」
「こ、壊れてるぞな」
「リュウトさん……?」
フェセクにつかみかかったリュウトは強く身体を揺すぶってやろうとした。だが、フェセクは重すぎて無理だった。力なくその場でリュウトは泣き出してしまった。
「このすべての元凶がっ! お前なんか、嫌いだ……大嫌いだ」
「んっふふ……。いきなりじゃれあってくれるなんてェ……、嬉しくてまた、興奮してしまいました……ふぅ」
うなだれるリュウトの上で、喉のゴロゴロ音が鳴り響いていた。
「うっ……あうっ……うっ、うっ……」
この街を救うための条件、それはフェセクに勝つことだ。
フェセクに勝てなければ、惨劇は繰り返されてしまう。
それはわかっている。だけど、どうしようもない。
フェセクと戦って勝てる実力が、今のリュウトにはない。おそらく今後も一生ない。
リュウトは立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
仲間たちがあわててついてきた。
「ちょっと、どこに行くのよリュート!」
「ぞな!」
「この街の中心にある城に向かう!」
「えー、何で!」
――それでも救いたい。あの女騎士を、この街を救う道が必ずどこかにあるはずだ。オレは諦めない。最善の未来にたどり着くまで、何度でもやり直してやる。
リュウトが怒りながら無言で進んでいくと、いつの間にか目の前に現れていたフェセクに、ぼんとぶつかった。
「ぎゃ!」
ぶつかった勢いで尻もちをついたリュウトを、立ちはだかったフェセクが見下ろしてた。逆光になり、影で表情が見えにくいが、おそらく感情は――怒、だ。
リュウトはこわくて鳥肌が立った。
「何を知ったのですかァ……? リュート様……」
「う……」
「言うまでもないことですがァア……アナタはワタクシには絶対に勝てませんよォオオ……」
リュウトは目をそらして、立ち上がり、ほこりを払った。
「ついてくるな! オレの前に立つな! お前なんか嫌いだってさっきも言っただろ!」
「リュート様。帽子、買ってくださらないので?」
「当たり前だっ!」
リュウトはフェセクの横を通り過ぎて歩き出した。
「……そうですか」
しょんぼりとした声が聞こえたので、振り返ってみると、そこにはもうフェセクの姿はなかった。
「あ……」
胸が、ちくりとした。
「え、なんでオレ……」
また、後悔した。
フェセクに帽子を買ってあげられたことは、嬉しいことだった。
好きな人が喜ぶ姿を見られて、幸せを感じていた。
それを、今回は喜ばせる選択をしなかったどころか、「嫌い」だと言って傷付けた。
あのフェセクが傷付いたかどうかはわからないが、しょんぼり声には、その響きがあった。
彼は命の恩人だった。
話を聞いてはいなかったが相談事を話しやすい相手だった。
裏切者は許せない。しかし、嫌いだと告げたが、本心はそうではない。
まだ彼のことが好きだ。
騙されたのに、悪い奴なのに。
百パーセントの気持ちで恨めたら楽だったのに……というやるせなさが、リュウトの胸に針を刺した。
遠巻きに見ていた仲間たちは素直な感想を漏らした。
「帽子を買ってとねだったらあの態度。リュートに何かをねだるのはやめた方がいいわね。あたしはやらないけど」
「ぞなもし。アリアも気を付けるぞな」
「え? わ、わたし?」
「だけど様子が変だ。おい、リュート! なんで城に向かっているんだ?」
離れた位置にいたゼルドは、大きな声でリュウトに尋ねた。
「行かなくちゃいけないからだ!」
リュウトは歩みを止めなかった。
「ホントになんでキレてんのよ」
「わけがわからないぞなね」
「……」
「仕方ない。だけどこの仲間のリーダーはリュートだ。オレたちも行くぞ」
仲間たちは意味がわからないまま、リュウトについていくことにした。
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