第155話 ネコ派の件

 最大パワーのラミエルの拳に吹っ飛ばされ川に落ちたリュウトを、隠れてずっと様子を見ていたフェセクが出てきて、魔法で持ち上げた後、岸まであげた。


「ふぇええええ~」

「リュート様、妙な遊びにハマってますなァ」

「へくちっ! うっ、風邪を引いたかな」

「へくちとは何ですカナ」

「くしゃみだよ」

「ん……。さあ、リュート様! 今、魔術で身体を乾かして差し上げましょう」

「え? そんなことまでできるの。フェセクはすごいなぁ」

「天才魔道士でございますから」

「ラミエルもよく自分で天才って言ってるけど、レベルが違いすぎるね」


 フェセクの魔道に乾かされている間、リュウトはこの前あった出来事を相談した。


「フェセク。オレ、巨木の下で溺れたリンダを助けたとき、金色の竜になったんだ。竜だよ! どう思う? 昔ね、竜騎士の国で学校に通ってたとき、似たようなことがあったんだ。竜になって、友だちを傷付けて……とてもこわかった。竜になることが。だけど、今回はすごく気持ちがよかったんだ。開放的な気分になったんだ。今、自分の意志で竜になることはできないけど、これからオレ、どうなって行くんだろう。竜になったらさ、人に戻れなくなったりするのかな? なんてさ、フェセクに言っても意味がないことはわかってるんだけど、君が一番相談しやすいから……」


 魔法で身体を乾かされ終わったリュウトは、後ろからフェセクに抱きつかれた。


「あうっ、またハグ? フェセクって遠慮ないな。君、重いんだよ。巨体の男って自分でわかってないの? ってあれ? フェセク、喉がゴロゴロ鳴ってる。ネコみたいだね」

「このゴロゴロは自力で止められないんです。リュート様に甘えられて幸せェエエですからカナ」

「ふーん。ちょっとだけ可愛いと思ってしまった」

「それとワタクシ、どちらかと言えばネコです。参考までに」

「イヌ派かネコ派かってこと?」

「ん? まァそう思っていただいてもいいでしょう」

「オレはイヌもネコもどっちも可愛いからな~。どっちがいいとか決められないよ~」


 まるで意味のない会話だな、とリュウトが思っていると、目のすぐ近くに見えるフェセクの唇が気になった。


「あっ。唇に口紅塗ってるの? 出会ったときと色が違うね。オシャレで君らしいけど。ねえ、もしオレが口紅をつけた女の子とキスしたらさ、みんなにバレちゃうのかな~。拭うのはなんか失礼な気がするし、もったいない気がするし……」

「ほーう? リンダと唇を合わせたことがまだ気になっているんですかァ」

「ねえ、あれは、ファーストキスのカウントには入らないよね? でも、ずっと頭から離れないんだ。リンダどうしてるかな。オレのこと、ホントに忘れちゃったかな。あっはは」

「はァ、リュート様はまるで乙女のようなこころをお持ちですなァ。では、試して見ますか?」


 フェセクはリュウトにのしかかった。

 地面に押し倒され、両腕を怪力のフェセクにつかまれて身動きが取れない。


「うっ! な、何をする気だよ!」

の儀でございます」

「な、何ぃいーーーーーーっ! どうしてそうなるんだ! やめろ! やめろ! やめろぉおおおーーーーーーっ!」


 そうこうしている内に、フェセクの顔面がゆっくりと迫ってくる。

 リュウトは悲鳴を上げた。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 叫び声で、フェセクは止まった。


「そこまで嫌がるなら無理強いしませんとも! アッハッハッハッハ!」


 リュウトが叫んだのは、顔を近付けてくるフェセクよりも、状況にあったからだ。

 


「リュウトさん……! ふ、フケツ……! よりにもよって……! どういう趣味なのか全然わからないんだけど!」


 アリアは涙目になって走って行ってしまった。


「アリアぁああああ! ぁああああぁああああっ! 違う! 違うんだよ!」


 リュウトは身動きが取れないまま泣いた。凄絶な勘違いをされてしまった。というより、どこから聞かれていたのか、それが問題だ。アリアだけは悲しませてはいけない、その気持ちだけはずっと変わっていない。だけど、最近、こころのタガがおかしい方向にねじれて、外れていっている自覚がある。アリアだけは傷付けてはいけない、アリアだけは……と思えば思うほど、よくわからない気持ちが渦巻いて、どうしようもなく自分を止められなくなるときがある。

 何かがおかしいことには気が付いてはいるのだが、どうすればいいのか全くわからない。


「ん? なぜ泣いているのです。アナタはリンダやラミエルにもはや挽回不可能な、ど変態なことをしてきたでしょう? 何を今さら……」

「あああああっ! うっ、うっ、アリア! アリア! アリア! アリア! アリアぁああああん! あーんあーん! うええええあえっ、びゃああああ」

「ふーむ……」


 大声を上げて泣くリュウトの上で、アゴに手を当てて考え事をしていたフェセクに、いい案が思い浮かんだ。


「ふむ。ひらめいた。リュート様を傷付ける者には罰を与えないといけませんよね? 少し、懲らしめましょうカナ、アリアを……」


 フェセクは邪悪な薄ら笑いをした後、アリアを追いかけて消えた。


「え? おい、フェセク! 待てよ! ……一体、何をする気だ、おい!」


 ただならない気配に、リュウトは飛び起きて慌てて追いかけた。

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