第153話 結局のところの件

 雨が上がり、一段落すると、みんなで相談してこれからどうするかを決めた。

 子どもたちは、このまま帝国領にいてもいつまたハルスのような危険人物に遭遇するかわからないということで、風竜に乗って砂漠の国へ行くことになった。

 『リュートと愉快な仲間たち』は子どもたちとは逆に、そのまま帝都を目指すことにした。

 フェセクはどうするの、とリュウトが尋ねると、「もちろんリュート様についていきますとも♡」という決まりきった答えが返ってきた。

 嫌な顔をするアリアにゼルドは、確かにあまりいい顔はできないが、強いのは間違いない、となだめた。


 風竜に乗り込んだ子どもたちは興奮していた。

 リュウトは風竜に乗って砂漠の国へ行くことにしたリンダの元へ駆け寄った。


「リンダ!」

「リュート……」


 リンダは笑ってアゴでゼルドを差した。


「捨てられてなかったのは、本当だったよ。あいつもお前みたいな情けない顔でわたしのこと見てくるからな。どいつもこいつも、気色悪い目でわたしを見るなってんだ」

「うん」


 嬉しいという感情を表現できるようになったリンダを見て、リュウトも嬉しくなった。


「そういえばお前、洞窟の中で戦ったとき、いい逃げがどうとか悪い逃げがどうこう言ってたけどさ、そんなに深く考えなくてもわかることだろ。悪い逃げってのは、自分が悪いのに謝らなかったり、他人に罪を着せたりすることじゃないのか? リュートはそういうの絶対しないだろ、むしろ自分が悪くなくても先に謝るタイプだろ」

「ん……ああ、思い当たる出来事が……あるね」

「お前はそういう奴だからさ、わたしもリュートのこと、好きだよ。帝都へ向かう途中で死ぬなよ! 生きてまた会おう」

「えへへ……うん、嬉しいよ!」


 リュウトはリンダに耳を貸してくれと頼み、ささやいた。


「また会えたらさ、もう一回抱き締めていい?」


 リンダはリュウトを思いっきり引っ叩いた。リュウトはぶっ飛ばされた勢いでしりもちをついた。


「二度と近寄るな、この変態が!」


 その音でみんながリュウトに注目した。


「うひゃ~、首がもげるかと思った」

「やっぱりお前のことは記憶から抹消する!」

「えええ~、そんな~」


 風竜は飛び立った。


「さようなら!」

「ありがとう!」

「みんな、無事で!」


 子どもたちを乗せた風竜は、虹の向こうへ旅立っていった。


 無言で見送るゼルドにフェセクが笑った。


「ククク……。リンダの人形、渡さなかったんですねェ。んふ? 渡せなかったのカナ? まァ、どちらも結果は変わりませんか。せっかくワタクシが導いたのに、やれやれやれやれやれやれやれやれですよ、ゼルド!」


 ゼルドは人形を握り締めていた。


「チャンスとは! アナタ方が思ってるより少ないのです! 次にいつ来るかはわからない。来ないかもしれない。あなたはそうやって失ってきた。そして、得られないまま失っていくのでしょうねェ。今のままではそんな気がしますね。やれやれやれやれやれやれやれやれ、はぁアァあぁああ~」

「…………」


 後悔しているなら生きている間に取り返せばいい、娘に会いたいなら、会いに行けばいい、変わりたいなら人間はいつだって変われる生き物よ――釣り大会でのアリアの言葉が重たく両肩にのしかかる。


「本当に、フェセクが言う通り。やれやれだな、オレは」


 ゼルドは握り締めていた人形を、また袋の中に戻した。

 必ず、必ずいつかリンダに返そうと思っているが、どうしたらその勇気が出るのか、資格がある状態になるのか、てんでわからなかった。


 風竜を見送ると、仲間たちは集合した。


「結局、森神様って何だったの」


 まだ釈然としないアリアの質問に、リュウトは真面目な顔をして答えた。


「森神様は、最初からいなかった。集団錯覚のようなものだったんだ。恐怖心が生み出した架空の存在……。オレたちは、己の恐怖心と戦うべきだったんだ」

「うーん……?」

「そういうことでェ! ワタクシも神がこわいのです♡ 特に、いないものに祟られたらそれこそホラーですからねェ♡」

「うーん……」

「アリア、どうしたのよ?」

「ぞな?」

「え?」

「納得がいってない、って顔してる」

「そ、そうかな?」

「ぞな」

「……」


 仲間たちの話を閉めたのはゼルドだった。


「さあ! もうそろそろいいか? グズグズしてると戦いが終わっちまうぜ。今回のことは、そうだな……。もし神が本当にいて、人を恐怖心で縛っているのなら、そいつは正しい神じゃないな。邪神だ。だからオレたちは、縛ろうとする者が現れたら、一旦疑った方がいいな、ってことで、いいか?」

「うん。やりたいことを自由に、好きなことを目いっぱい楽しむことが、オレが出した結論なんだ。まあ、もちろん人に迷惑かけるのはよくないけど……」

「お、リュート。ちょっと大人になったか?」

「元に戻ったんだよ。本来の姿に……」

「あ? そうなのか。そうだったな、お前は楽天的な方がお前らしいよ」

「えへへへへ。それじゃあ、次の目的地へ行こう!」

「ああ!」

「うん」

「ぞな!」

「うん」

「んふふふふ」


 『リュートと愉快な仲間たち』は、ぬかるんだ道を歩き出した。

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