第152話 お、怒ってる?の件

 濁流に飲み込まれたリンダを、金色の竜となって助けたリュウトの行動によって、リンダは愛とは、を知ることとなった。


「……ふぅ……」


 かたくリンダを抱き締めていたリュウトは、緊張の糸がほどけると、振り返ってアリアに叫んだ。


「アリア、リンダに回復魔法を! はやく!」

「う、うん!」


 アリアはリンダたちの元に駆け寄り、白魔法を唱えた。

 体力を回復させる基礎的な魔法だ。

 白魔法がリンダの身体を包むと、いつもの体力を取り戻した。


「ありがとう、あの……」

「わたしはアリア。あなたはもしかして」

「わたしの名はリンダだ」

「ってことは……」


 アリアがゼルドを見た。


「リンダ……なんだな、やっぱり」


 ゼルドは信じられないといった顔で、一歩一歩踏み出すのがやっとという感じでリンダに近寄った。


「ふん……。男だと思ってたくせに」

「生きてて……本当によかった……」

「ちっ……。お前もかよ……」


 リンダはゼルドに言い放った。


「お前さ、リュートの仲間だったら、あいつの変態さをどーにかしてやれよ」

「な、リュートが何かしたのか?」


 ゼルドはアリアの横で嬉しそうにヘラヘラ笑っているリュウトを見つめた。


「あいつ……。好きだ好きだと連呼したり、人のこと母さんみたいだとか、女の子の胸は大きいのがどうこう言ってたぜ」

「リュート……! お前……? リンダには手を出すなよ……! 絶対にだぞ」

「ゼルド! 誤解だよ! 全部ホントのことだけど、誤解だよ!」


 すかさずアリアが突っ込みを入れた。


「ホントのことなら誤解も何もないんじゃない?」

「ひええ、お、怒ってる?」

「怒ってない」

「ひええ」


 立ち上がったリンダは子どもたちの元に向かい、抱き締めた。


「心配かけてすまなかったな」

「リンダさん!」

「よかった!」

「ううう……」

「リンダさん!」


 虹がかかる青空の下で、無事を喜びあう子どもたちをあたたかい目でリュウトが眺めていると、フェセクが呼んだ。


「リュート様」

「やあフェセク! また会えて嬉しいよ!」

「んふ、ワタクシもです♡」


 アリアはうやむやにされない内に、リュウトに何があったかを説明するように求めた。


 リュウトは「ひえ、アリア怒っててこわ」と小声でつぶやいた後、自分の言葉で説明することにした。


「第一部隊で行軍中に、敵襲にあったんだ。神児、ハルスって名乗ってた、人間の首をチョンパするのが好きなヤバい奴が現れたんだ。そいつに部隊のほとんどの兵士を殺されて、こわくなって、オレは逃げ出した。シリウスも置いて、オレは逃げ出したんだ」


 アリアは黙って聞いた。


「でも、一瞬で追い付かれてて、もうダメだ、終わったー! って思った。そうしたら」


 リュウトが照れた顔でフェセクにうなずいた。


「フェセクがオレを助けてくれたんだ」

「んふふふふ」

「オレを守るためにフェセクがハルスと戦ってくれたんだ。すごい戦いだった!」

「途中でワタクシの首が落とされましたもんね♡ まァ、ワタクシは首が落ちたくらいでは死なないのですが」

「もう少しでハルスに勝てそうだったときに、よくわからない、性格の悪そうなお嬢様を抱えた執事みたいな男が現れて、戦いでボロボロになったハルスを持って行っちゃったんだ」


 アリアには思い当たる人物たちがいた。


「こわくて震えていたオレに、フェセクはやさしく接してくれたんだけど、こわくて、やっぱり逃げ出したんだ! するとあの子どもたちの仕掛けた罠に引っ掛かっちゃって」

「リュウトさんもなのね……」

「え? 何か言った?」

「ううん……」

「ははァ、そういうことだったのですねェ? ワタクシがリュート様を悦ばせるためのお土産を探している間にいなくなってしまうものですから、心配……まァ心配しましたよ」

「うん、ごめん、フェセク……。でも、また会えて本当に嬉しいよ。あのときはありがとう。助けてくれて。君がいなかったらオレは死んでこの世にいなかった」

「んふふふふ」


 フェセクが得意気に一回転するのをリュウトはニコニコと見守った。

 そして切り替えて、アリアに告げた。


「アリア! オレは、逃げ出したことをシリウスに謝らなくちゃいけない。ケイマにも、第一部隊のみんなにも、謝らなくちゃいけない!」


 アリアは真剣な瞳のリュウトを見て、もう大丈夫なんだということがわかった。


「うん、そうだね」

「ごめんなさい、アリア。心配させたよね」

「話してくれたから、もういいよ」

「えへへへへへへ」

「でもさっきリンダさんが言ってたことはもっとじっくり聞きたいな、わたし。当然、説明してくれるよね? リュウトさん」

「へ? えへへへへへへ!」

「笑って誤魔化さないでね?」

「……やっぱりアリア怒っててこわ……」


 アリアは疑問に思ったことを、フェセクに尋ねた。


「リンダが生きていたことを、フェセクは知っていたの?」


 フェセクはリュウトを後ろから抱き締めて頬をすり寄せていた。


「リンダと同じ匂いのする男がいたので、寄り道はさせましたかねェ。まァ、しばらくリュート様のフリをするのが面白かったので、ついでです。ワタクシは今、リュート様に夢中ぅうううう! こーんなに可愛い男の子がいるなんてェエエ、幸せェエエ!」

「フェセクぅ! やめてよぉ! くすぐったいよ!」


 アリアは、じゃれあっているフェセクとリュウトを見ないようにした。

 もしかしたら、フェセクはただの悪い人間ではないのかもしれないと思ったところで、首が落ちても平気だから人間ではないかもしれない、と考え直した。


 だけど、今の一番の感情は。


 アリアは呆然と立ち尽くすゼルドの真横に立ち、微笑んだ。


「よかったね、ゼルド」


 子どもたちを抱き締めるリンダを、まっすぐ見つめるゼルドに、アリアの声は聞こえていないようだった。

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