第145話 たいへんよくできましたの件

 アリアが聖鳩琴を吹くと、森の奥からつむじ風が空に上がって消えた。


「あれは風竜が起こした風だわ! ラミエルたちはあそこよ!」

「ああ、そうみたいだな! 行くぞ、アリア!」

「ええ!」

「ワタクシも参りましょう!」

「……」


 風竜がつむじ風を起こした場所では、ラミエルたちが捕まっていた。

 捕まえたのは、帝国の鎧を着た十数人の兵士たちだった。

 両手を後ろで縛られて、囲まれている。


「ラミエル~、我たち、もしかしてまたアリアの足を引っ張ってしまったぞな?」

「もしかして、じゃなくて、その通りよ、ゾナゴン……」


 兵士たちは、つむじ風を起こした弱った風竜に、さらに乱暴に槍を突き立てた。


「竜め! 死ね!」

「待て、竜の鱗は高く売れる。あまり傷付けず、剥いだ方がいいだろう」

「そうだな、そうしよう」

「やめてよ! 風竜になんてことするの!」


 ラミエルたちが襲われそうになったとき、風竜は身をていしてかばった。

 しかし、敵の中に風竜が苦手な魔法を操る者がいて、負けてしまった。


「うるさいぞ女! お前の相手は後でじっくりしてやる……」

「へへへ……。この辺りの村に住む女、子どもをたくさん殺して回ってきたが、快感だったぜ~」

「村を守るより村を焼く方がよっぽど楽しいぜ~」

「魔将軍オシリス様に、土産を渡すこともできたしな! オレたち、ついてるぜ~!」


 魔将軍オシリスというのが、風竜を倒した魔法使いだった。


「いや……! あんたたち、本物のケダモノじゃないの! あんたたちは、帝国兵なんでしょ? 騎士なんでしょ? それが、どうしてそんな残虐非道なことができるのよ! この人でなし! 人殺し!」

「黙れ!」

「オレたちは元帝国兵、しかし今はオシリス様と共に帝国を裏切って好き放題……もとい、愚かな帝国人を粛清をしているのだ!」


 兵士たちはラミエルに武器を向けた。


「ぎゃー! いやーっ! 来ないでーっ!」


 襲われそうになったところで、アリアたちが間に合った。


「ラミエル、大丈夫っ! あなたたちは何ですか! その子に乱暴なことをしたら、許さないわ!」

「あーんアリア~!」

「ぞな~!」


 兵士たちは、アリアの後ろの大男二人を見て恐れをなした。


「う、あいつ、暁の四天王の一人、ゼルドじゃないか?」

「そうだ、あいつはゼルドだ!」

「もう一人の男はなんだ? 何か知らんがなんだかキモい!」

「闇の魔導師か? 魔物か?」

「おやおや……。ワタクシのセンスが理解できないなんて……」


 ラミエルはアリアに叫んだ。


「アリア! こいつらは帝国を裏切った反乱兵よ! 近くの村を焼いたって言ってた! 悪党なのよー! 懲らしめちゃってー!」

「反乱兵?」

「ほほぅ……。では、遠慮はいらないカナ?」


 フェセクはどこかから黒い魔導書を取り出し、宙に浮かべた。


「な、フェセク、何をするつもり?」

「ここはワタクシめにお任せあれ!」


 フェセクは呪文を唱え出した。


コクタン――」

「黒魔法か? い、いや、聞いたことないぞ? こんな魔法!」

「――シュアクショウゾウ


 兵士たちがうろたえている間に、呪文は完成した。


「我が清浄無垢にて渾渾沌沌の灰色魔道、第九――発動! 『婆娑悪ばあさあく』!」


 フェセクの魔導書から出たどす黒い波動が、兵士たちの身体を通過していった。


「う、うおっ?」

「なんだ?」

「だけど」

「これは」

「……」

「な、何も起こらない……?」


 しかし、ダメージはない様子だ。


「びっ! ビビらせやがって!」

「何も起きないじゃねーか!」

「もう一人の男はただの木偶でくのようだぜ! あいつから殺そう!」


 ラミエルとゾナゴンは、いつの間にかアリアたちと一緒にいた巨大な派手男もまた、ラミエル同様の技が当たらないポンコツなのだと思った。


「新たなラミエル登場ぞなか?」

「その言い方、何よ!」


 フェセクは余裕綽々よゆうしゃくしゃくの微笑みを浮かべていた。


「ククク……」


 すると、兵士たちは突然構えていた武器を、突然落とした。

 段々と目が虚ろになり、口からはヨダレをたらし、下半身は失禁していた。


「あううう」

「だあ~」

「あば」

「お、おおおお」


 そして、あろうことか、仲間同士で肉を引きちぎりあい、喫食しはじめた。

 人間とは思えない力で仲間たちの手足や腕、耳、首をもぎ、手当たり次第口に入れた。

 次々と仲間同士で殺し合い、倒れていく敵を見てフェセクは満足げに言った。


「ククク……。悪食あくじきにも程がありますなァ」


 ラミエル、ゾナゴン、ゼルドはその凄惨な光景に、絶句するしかなかった。


 アリアは青ざめた顔でポツリと「ひどい」と言った。


 そして、仲間同士の共食いが終わり、最後の一人が残ると、フェセクは踊るように軽やかに近寄った。


「はい、たいへんよくできました♡」


 笑いながら兵士の頭を掴むと、フェセクはそのまま兵士の頭を片手で握りつぶした。


「!」


 内容物が飛び散り、兵士たちは全滅した。


 アリアは木の陰に慌てて隠れ、ついに吐いてしまった。


「うっ、うえええええっ」


 ゼルドはアリアを追いかけ、背中を擦った。


「アリア……大丈夫か?」

「……こんなの、むごい、むごすぎるよ!」


 はじめて見る本物の黒魔法に、一同は戦慄した。


 ――こんなのって。


 フェセクは己の長い爪に付着した血痕を舐めていた。


「だが、言えるのは」


 ゼルドは最大限に嫌悪感を表した顔でフェセクをにらんだ。


「敵じゃなくてよかった、ってことだな……。今は、まだ……」


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