第136話 ゴースト・ハウスの惨劇の件

 謎の少女ルピエの強襲を受け壊滅状態に陥った第二部隊の前に、森の中で突然現れたリュウトを追いかけると、ゼルドの身内の邸宅があった。しかし、そこは、既に人影がなく、ガイコツのモンスターが巣食っていた。ゼルドの娘リンダがどうなったかを調べるため、アリアたちは二階へと進んでいった。


「このお屋敷、二階建てのようね。この屋敷の人たちがどうなったか、どこかに手がかりがあるかな」

「あれば……いいがな」


 ゼルドの笑顔は明らかに無理して作られたものだった。

 アリアはこころが痛んだ。


 二階も、ほとんどがガイコツのモンスターに占拠されていた。


「こんなお化け屋敷にくる羽目になるなんて! リュート、何考えてるのよ!」


 ラミエルに怒られても、リュウトは上の空だった。


「ラミエル! 今のリュウトさんに、キツイことを言わないで!」

「ガーン! アリアに怒られた!」

「ぎゃははは! ざまをみろぞなー!」


 盛り上がっていると、リュウトはまたしても勝手に走り出した。


「ちょっ! リュウトさーん!」

「追いかけるぞ!」


 リュウトを追いかけると、二階の最も奥の部屋に入りたがっていた。


「ここ……」

「ここ? リュウトさん、この中に入りたいの?」


 リュウトはこくりとうなずいた。


「わかったわ」


 アリアが答えた。

 そのアリアを、ゼルドが静止した。


「待て! アリア! どう考えても、様子がおかしいだろうが」

「えっ!」

「お化け屋敷に案内する、記憶喪失のリュート。話が出来すぎてないか?」

「え? ゼルド、何を言って……」

「リュート。お前、何者かに操られているんじゃないだろうな?」

「……」


 リュウトは何も答えなかった。

 ただ、何も言わず、扉を指差していた。


「ここ……」


 仲間たちは黙った。


「罠だな……」

「罠ね……」

「罠だわ……」

「罠ぞな! ワナワナ……」

「何言ってるのよゾナゴン」

「すまんぞな。言いたくなったぞな」

「お前ら緊張感がなさすぎるぞ……」


 ゼルドはため息をついた。


「念のためだ。リュート、今からお前を拘束する」

「え……」

「お前が敵じゃないってんなら、受け入れてくれ……」


 リュウトはうなずいた。

 そして、ゼルドが持っていた紐で両手を後ろで結ばれた。


「お、大人しく言うことを聞くな……。てっきり、反抗して襲ってくるかと思ったんだがな……」


 リュウトが大人しく従うので、仲間たちはリュウトが入りたがっていた部屋へ入るかどうかを多数決で決めた。


「オレとアリアが入る、ラミエルとゾナゴンが入らない、か」

「この屋敷を調べないと、ゼルドの家族がどうなったか、手がかりを掴めない。だから、できるなら入って部屋を調べたい」


 アリアはきっぱりと言った。


「でもこわいぞなー!」

「そうよ、絶対に何かあるわ! たたりとか、呪いとか、そーいうのあたしダメなのよーっ!」

「じゃあ、部屋に入るのはゼルドとわたしだけで……」

「いやーっ! 置いていかないで! ゼルドとアリアがそばにいないと不安なのよーっ! だってゾナゴンとあたし弱いじゃない……じゃなくて、リーダーのラミエル様がいないと話がはじまらないでしょー?」

「ぞなーっ!」

「えっと、じゃあ、一緒に行こう」

「……何だったんだ、この会話?」


 扉は、ゼルドが開けることになった。

 仲間たちは固唾かたずを飲んで見守った。


「じゃあ、開けるぞ」

「ごくり……」

「一、二の……それ!」


 扉は開かれた。


「お?」

「あれ?」

「え?」

「ぞな?」

「……」


 この部屋には、モンスターはいなかった。


「何も……いないな?」

「みたい……」

「なーんだ! こわがって損しちゃった!」

「ホントぞなー! 拍子抜ひょうしぬけぞな!」


 ゼルドたちは部屋の中へ入った。

 家族が集まってくつろげる、広いリビングのような部屋だった。

 十人が座れる長いテーブルと、暖炉の前にソファが置いてある。

 どこもかしこもクモの巣が張り、埃まみれだ。


「この屋敷の人たちがどこへ行ったかの痕跡は……」


 アリアは見つけたかった。

 既に屋敷の人々は逃げ出しており、全員無事ならいいのだが。

 と、考えているアリアの頭の上に、何かが落ちてきて当たった。


「いてっ……」

「どうした、アリア」

「何かが天井から落ちてきたみたい。何だろう? って、あ……!」


 天井から落ちてきて、アリアの頭に当たったもの。それは。


「ひっ!」

「あっ!」

「きゃっ!」

「ぞなっ?」


 しゃれこうべだった。


「きゃああああああーっ!」


 アリアは絶叫した。

 ゼルドは天井を見上げた。


「うおっ! こいつ、いつの間に現れたんだ?」


 天井には、巨大なクモの魔物が張り付いていた。


「ぎゃああああああああーっ!」

「ぎゃああああああああーっ! ぞな」

「きゃああああああああーっ!」


 仲間たちが悲鳴を上げる中、ゼルドは武器を構えた。


「こいつがこのモンスターハウスの親玉のようだな。他の魔物とは、レベルが違う!」


 クモの魔物は、天井から床へ降ってきた。


「ククク……久しぶりの人間の獲物だね……」


 クモの魔物はしゃべった。


「ぎゃああああああああーっ! こいつ、しゃべったぞな!」

「って、それをゾナゴンが言う? いやーっ! あたし、クモ苦手なのよーっ!」


 クモの魔物に、ゼルドが尋ねた。


「お前……ここに住んでいた人間をどうした!」

「ククク……わたしが喰ってやったよ。ガイコツの魔物を倒してきただろう? あれは元々この屋敷に住んでいた人間たちの成れの果てさ」

「な、なんだと!」


 ゼルドは怒りが押さえきれなかった。


「お前だけは……許さない!」


 巨大クモの魔物との戦闘がはじまった。


「うおおおおおおおおっ!」


 ゼルドが大剣を持って走りだし、クモの魔物にヒットさせた。しかし、クモの身体は頑丈で、びくともしていなかった。


「ククク……かゆいかゆい」

「ゼルドの剣でもダメージを与えられないなんて……なんていうかたさなの!」


 アリアも光魔法をクモの魔物にヒットさせた。しかし、アリアの魔法もクモの魔物には効いていないようだ。


「そんな弱い光では、わたしの闇を照らせないよ!」

「そ、そんなっ!」


 ラミエルとゾナゴンも魔法を放つが、クモの魔物に素早く避けられて、攻撃が当たらない。


「ちょっと! 逃げないでよー!」

「ぞなー! 大人しく当たるぞな!」

「おや? お前はドラゴンかい? ククク、ドラゴンを食べればわたしはまたさらにパワーアップできるだろうねえ」

「ひいいいいーっ! やめるぞな! お前は美味そうじゃないのに、我を美味そうと思うのはフェアじゃないぞなーっ!」

「はあ? 何を言ってるんだい……」


 クモの魔物は身体の向きを変え、尻から糸を出し、ラミエルとゾナゴンを捕らえた。

 一旦かわしたゼルドも、アリアをかばって糸にからめとられてしまった。


「うお!」

「ひえええーっ! クモの糸なんて気持ち悪すぎーっ!」

「ぞなー! ありえんぞな!」


 クモはアリアへ方向転換した。


「ククク! さあ、後はそこのガールとボーイだけだね!」


 アリアはリュウトの前に立って両手を広げてかばった。リュウトは紐で手を塞がれているし、記憶喪失だからまともに戦えない。


「リュウトさん! 逃げて!」

「アリア……」

「お前もわたしの餌になるんだよ!」


 アリアにかばわれるリュウトは、愉快そうに笑い出した。


「ふふふ……ははっ」

「リュウトさん! 何を笑って……え?」


 リュウトはゼルドに縛られていた両手の紐を引きちぎって解放した。


「え、リュウトさん……」

「縛られているのも悪くないが……」


 リュウトは腕をポキポキと鳴らした。


「さて……。できれば魔力を温存したかったのだが……。『黒の力よ、ここに』……」


「こ、これは……」

「ぞな!」

「なっ! 黒魔法だと! リュート……?」


 リュウトは、黒魔法と呼ばれる魔法の詠唱をしはじめていた。


の者に、呪いを!」


 黒魔法が完成すると、巨大な赤い槍が何本もリュウトの頭上に浮かび上がった。リュウトが手で「行け」と合図すると、赤い槍がクモを串刺しにした。

 槍はゼルドの剣でもダメージを与えられなかったクモのかたい身体を貫通し、クモは動きが鈍った。


「あああはははははーっ!」


 奇声を上げてリュウトは駆け出し、動けなくなったクモの目玉や、足を素手で引きちぎっていった。引きちぎられたクモから体液が飛び散るが、リュウトは全く気にした様子はなかった。


「うっ!」

「えっ……」

「エグい……」

「リュウトさん……?」


 クモの魔物は、リュウトに素手でバラバラにされてしまった。


「あはははははははは!」


 呆気なく勝負はついてしまった。

 体液がベトベトに付きながらも大笑いするリュウトを見て、仲間たちはこのお化け屋敷で一番こわいのは、リュウトかもしれないと思うのだった。


「えへへ。みんな、大丈夫~?」


 笑うのをやめ、クルリと仲間たちを見たリュウトの顔は朗らかだった。


「今、助けてあげるね~!」


 クモの糸に捕らわれたゼルド、ラミエル、ゾナゴンをリュウトは解放した。


「これで大丈夫だねー!」


 リュウトはケラケラと笑っていた。


「ええ……」

「こわい……」

「ぞな……」

「おい、リュート。お前、なんで黒魔法なんてものが使えるんだ……。やっぱりお前、リュートじゃないよな?」

「……」


 リュウトは黙った。

 そして、部屋を黙々と歩き回った。


「何をしている、リュート」

「……」


 リュウトは大きな棚の一番下に収納されていた箱を指差した。


「これ……」

「何だ? お前は何をさせたい……?」


 ゼルドは、疑いながらもリュウトが指を差した箱を開けた。


「こ、これは……」


 箱の中には、人形が三つ入っていた。

 それぞれ、「お父さん」「お母さん」「わたし」と刺繍されていた。


「これは……! リンダが可愛がっていた……人形か……」


 リュウトはうなずいた。


「お前はこれをオレに見せたくてここに連れてきたのか?」


 ゼルドの問いに、またしてもこくりとリュウトはうなずいた。


「くっ……」


 ゼルドはしゃがんで、右手で顔を隠した。


「ゼルド……」


 アリアは見守ることしかできなかった。


「リンダ……。こんなことなら……ずっと、そばにいてやるべきだった……。安心して暮らせる環境は与えてやれなかったかもしれないが……こんなことになるんだったら! オレは……情けないな……自分の意気地が足りないせいで、守るべきものを守れなかった……」

「ゼルド……」

「アリア……。どうやらオレは……子どもに誇れる父親に……なれなかったようだ……」

「ゼルド……!」


 アリアの両目から、涙が出ていた。


「いいえ! ゼルドは、立派な父親だよ。わたしたちの中で一番強いし、何度もわたしたちのピンチを救って来たじゃない!」

「そうよ!」

「ぞな!」

「だが! リンダは……」


 仲間たちが話していると、唐突にリュウトはじたばたとのたうち回りながら笑い転げた。


「んっふふふふ! あはははは~!」

「リュート、空気を読まない行動はやめるぞな」

「はい……」


 ゼルドは立ち上がった。


「……もう、いいだろう。この屋敷には、用はない……。オレたちは、成すべきことを成そう……!」

「ゼルド……」


 すると、リュウトが立ち上がって怒った。


「その人形は、持っていくように!」

「な、何……?」


 リュウトは人形を掴み、ゼルドに押し付けた。ゼルドはリュウトから人形を受け取った。


「持っていくように!」

「リュート……?」


 仲間たちは、リンダの家を後にした。ガイコツの魔物や、巨大クモの魔物を退治したからか、玄関の扉は開くようになっていた。


「ああーっ! 外は晴れていて気持ちがいいわねーっ!」

「ぞなーっ! もう陰鬱としたお化け屋敷なんて二度と入りたくないぞなーっ!」


 リュウトは空を見上げてニコニコしていた。


 ゼルドはアリアを呼び寄せた。


「アリア……。あのリュートは、絶対に本人じゃないとオレは思う」

「うん……。どう考えても、言動がおかしい……。記憶喪失ってのも、嘘だと思う」

「ああ。黒魔法が扱えるから、何かに取り憑かれているんだろうな……。しかし、完全な悪というわけではないみたいだ……。そこが、厄介なんだよな」

「ど、どうしようゼルド。どうしたら、いつものリュウトさんに戻れるかな……」

「本隊にいるナタリーの白魔法でなんとかならないだろうか……」

「うーん……」

「まあ、何にせよ……。しばらく、あのリュートと二人きりにならない方がいいかもしれないな」

「そうだね……」


 アリアとゼルドは、ニコニコと笑うリュウトを見つめた。

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