第135話 リンダの件

 森の奥へ駆け出したリュウトを追って、仲間たちも進んでいった。


「リュート! 待て! お前、そんなに足が速かったかっ?」


 リュウトの足は異様なほどはやかった。しかし、仲間たちが見失うほどではなかった。


「はあ、はあっ!」

「リュート! 待ちなさーい!」


 リュウトはとある屋敷の前まで来ると、足を止めた。 


「リュウトさん! やっと追い付いた」

「アリア……」

「おい、リュート! どうしたんだよお前」

「ホントよ! どうしちゃったのよ!」

「ぞな!」


 リュウトは何も言わなかった。


「ねえ、リュウトさん、答えて。何があったの? って、記憶喪失なら、覚えてないか……」

「……」


 リュウトが連れてきた屋敷の前で、ゼルドが絶句していた。


「お……おいおい、何の冗談だ……」

「どーしたの、ゼルド?」


 ラミエルがゼルドに尋ねた。


「ここは……嫁の実家だ……。ここに来るのは、リンダを預けて以来か……」

「えっ」

「えっ」

「ぞなっ」


 リュウトが連れてきたのは、ゼルドの娘が住んでいるという屋敷の前だった。

 ゼルドの妻は貴族の娘で、ゼルドと出会う前はグラン帝国領に住んでいた。

 しかし、妻を亡くし、娘を安心して育てられるのは自分より妻の両親だと思ったゼルドは、娘のリンダを預けたのだった。


「みんな、戻ろう……」

「ゼルド! それでいいの?」

「……」

「そうよ! ここまで来たのなら、行きましょうよ!」

「ぞなぞな!」


 感情のやり場がわからなくなっているゼルドに、アリアは言った。


「無事かどうかだけでも、確かめよう。この近辺きんぺんには危険な敵もいるようだし」

「……」

「本当は、会いたいんでしょ?」

「……ん……いや……それは……」


 渋るゼルドを引き連れて、一同は屋敷の中へ入ることにした。


「お邪魔しまーす!」

「ぞなもーし!」


 屋敷は、さびれた雰囲気を醸し出していた。中庭は草木が伸び、手入れされている様子はない。


「ゼルド……。真実を知っても……わたしたちが、仲間がいるからね……」

「ああ、アリア……。わかっているさ……」


 屋敷の中へ続く扉の前まで来た。


「たのもー! 誰かいませんかー! ラミエル様が来てやったのよ! はやく誰でもいいから出てきなさい!」

「えっ、ラミエル、そんな挨拶ないでしょう!」

「ラミエルは礼儀を知らんぞな!」

「何よー? 世の中はねえ、マナーだの礼儀だの作法だのとうるさい奴の方が失礼なのよ! もっと自由に生きるべきよ!」

「うわー、一理もないぞな!」


 そんなふざけた話をしていると、中から音がして、ギイイと音を立てながら扉が開いた。


「えっ、勝手に開いたぞな?」


 誰かが鍵を開けたような痕跡はなかった。


「ひぇ~っ! 不気味ね~! ホラーなことが起こったら嫌なんだけど!」


 風竜だけ中庭に待機させ、仲間たちは屋敷の中に入った。

 すると、ガチャリと音がして扉に鍵がかかった。

 ラミエルがあわてて扉を開けようとするが、開かない。


「えっ! うっそー! な、なんで!」

「ああーん! ラミエルがホラーな予感がするとかいうから! ホラーのお約束が起こってしまったぞなー! こわいぞなー! こわいぞなー!」

「ゾナゴン、うるさーい! こわいとかいうと、あたしまでこわくなっちゃうじゃないの!」

「ぞなー! あああーん!」

「やめてー! ゾナゴン、泣くのはやめてー! あたしはもらい泣きしちゃう方なのよーっ!」


 ラミエルとゾナゴンが泣きわめいていると、リュウトが屋敷の奥へ進んでいった。


「リュウトさん! 待って! 行かないで!」

「……わかった」


 リュウトは大人しくアリアの言うことを聞いた。


「扉が開かなくなったことも気になるが……この屋敷の中……寂れているな……もう、何年も人が住んでいないようだ……」

「ゼルド……!」


 屋敷の中は、埃まみれだった。

 ゼルドの言う通り、もう長年人の足跡がないようだった。


「リンダ……」

「ゼルド、とりあえず、部屋を回ってみよう。何か、手がかりがあるかも」

「えええーっ? 進むぞなか? このホラー屋敷の中を、進むぞなかーっ?」

「そうだよ、ゾナゴン」

「ひえええーっ! 行きたくないぞな」

「じゃあ、ゾナゴンはここで待ってて」

「一人で待てって? それはもっと嫌ぞなーっ!」

 

 仲間たちは進んでいった。

 まずは、一階から。

 ゼルドが一つ目の部屋の扉を開けた瞬間、中からガイコツのモンスターが現れた。


「ぎゃああああああああーっ!」

「ぎゃああああああああーっ! ……ぞな!」

「みんな、戦うぞ!」


 ガイコツのモンスターとの戦闘がはじまった。

 ガイコツのモンスターの攻撃をゼルドがかわし、ラミエルが叫び、アリアが光魔法を放ち、ガイコツのモンスターがひるみ、ゾナゴンが叫び、ゼルドが大剣でとどめをさした。

 記憶喪失のリュウトは、仲間たちの最後尾で待機するように、と言ったアリアの指示に大人しく従っていた。


「よし! 我たちの勝利ぞな!」

「まっ! ラミエル様がいればざっとこんなもんよ!」

「我も頑張ったぞな!」


 ゼルドとアリアは何も言わず部屋の内部を見渡した。


「ここには、モンスター以外何もないみたいね」

「いや、アリア。冷静に言ってるけど、モンスターがいるのが既におかしいぞなよ」


 一階の部屋のほとんどは、ガイコツのモンスターの巣窟そうくつとなっていた。

 仲間たちは協力しながら――実質、ゼルドとアリアだけで攻略していった。


「さあ、次は二階だな……」


 ゼルドは、もうわかっているのだ。妻の実家が、こんな風になっているということは。

 アリアは胸が痛むのを我慢して、ゼルドについていった。

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