第130話 ザント出発の件

 闇の同盟と戦うグラン帝国を助けるため、帝国へ向けて行軍する出発の日。

 王都グラヴェルの大正門の前で、兵士たちは部隊ごとに集まっていた。

 リュウトはケイマの率いる第一部隊へ、仲間たちと別れて向かった。

 第一部隊が集結している場に着くと、隊長のケイマがリュウトに近付いてきて話しかけた。


「リュート。お前のことを注意深く見張るように、デシェルト様から言われている」


 リュウトは黙った。


「こうなると思って、だからオレは最初から、他国のスパイかもしれない人間を信用するべきじゃないと進言していたのに。ゼルドが甘いせいで、デシェルト様は機嫌を損ねられた。ゼルドも、お前と同罪よ」


 リュウトはレースの日、目の前の戦いから逃げ出した。だから、こういう風に言われるのは仕方ない。こういう風に言われることも覚悟して、あのレースの日、ああいう選択を取った。

 しかし、ケイマの言い方には腹が立った。


「ゼルドのことを悪く言うな!」


 自分のことは悪く言われてもいい。言われるような人間だ。しかし、仲間の悪口は許せない。


 ケイマはリュウトの肩を強く叩いた。

 恰幅が自分の倍以上ある巨男に突き飛ばされて、リュウトは尻餅をついた。


「いっ……! てて……」

「小僧! 口の聞き方に気を付けろ! オレがこの部隊の隊長なんだぞ!」


 ケイマの怒号に、周りにいた兵士たちもざわつきはじめた。


「砂漠の国では、竜騎士はお前とアリアだけだ。竜騎士の戦力は、遠くにいる敵をいち早く発見できるが、逆に敵からも見つかりやすい。お前の動き次第では、有利にもなるし、窮地にも陥る。だからこの大事な第一部隊のかなめはお前で、この部隊の兵士たちの命の責任はお前にかかっているんだ。味方か敵か怪しいお前を頼るなんて、オレは嫌だ。しかし、デシェルト王はまだお前を信用している。だからこそ戦いに不馴れなお前の仲間たちの中で、お前だけが第一部隊に配属されたんだ。王のそのこころがわからぬことが、オレは許せない!」


 リュウトは驚いて口をポカンと開けた。


 ――ケイマにはそういう風に見えているのか。


 ケイマが話していることが正しいのかは、リュウトにはわからない。デシェルトは心底失望したという表情をしていたし、あの顔は偽りだとは思えない。

 しかし、隊の命の責任があることだけは、確かだろう。

 ケイマが言う通り、戦況を決めるのは、竜騎士次第だ。


「ケイマ隊長。すみま……せんでした。口の聞き方がなっていませんでした。以後、気を付けます」


 リュウトは深く頭を下げた。


「……ふん」


 ケイマは去っていった。

 頭を上げると、リュウトを呼ぶ少年の声が聞こえてきた。


「リュート兄ちゃーん!」

「えっ! マイク?」


 勇者を目指す少年、マイクが駆け寄ってきた。


「マイク! オレたちは今から戦場に向かうんだ。気が立っている兵士もいるから、ここは危ないよ!」

「兄ちゃん!」


 マイクはリュウトを無視して抱き付いた。


「マ、マイク……?」

「リュート兄ちゃん……。お母さんが言ってたんだ。これから戦争に行くんでしょ? 戦争に行くと、帰ってこられなくなるかもしれないんでしょ?」

「……」

「ボク、そんなのイヤだ! リュート兄ちゃんが帰って来ないなんて、ボクイヤだよ!」

「マイク……」


 純粋な少年の期待を裏切ってしまった罪悪感は、いまだに晴れていなかった。

 しかし、マイクはリュウトに無事でいてほしいと願っていた。カッコいい、完璧な勇者ではなくなってしまった。けれど、見放したわけではない。やさしくしてくれた、助けてくれたお兄さんの無事を祈るのは当然だった。


「ボク……リュート兄ちゃんにひどいことを言って、ごめん」

「うん……。気にしないでいいよ。オレは、気にしてない。あ、そうだ! 無事に帰ってきたら、マイクにオレの宝物をあげるよ! だから、心配しなくていい。約束するよ。いや……今度こそ……約束を、守らせてほしいんだ、マイク……」

「えっ、宝物って何?」

「それは、帰ってきてからのお楽しみだ」

「わかった。じゃあ、絶対に帰ってくるんだね、リュート兄ちゃん!」

「もちろんだ」


 マイクとの約束を、絶対に守る。次こそは、必ず。


「って……。そーいうのがフラグになってたら、すっげー嫌だな。神様がいるなら頼むよ、今度こそ約束を守らせてくれ……」


 出発前、砂漠の国の兵士たちの間で、合唱がはじまった。

 兵士たちは、誰かに歌えと言われたわけではなかった。

 兵士たちが自ら進んで、歌いはじめたのだ。

 誰かが歌いだすと、周りも歌いだした。そして、どんどん広がっていき、大合唱になった。

 吟遊詩人ルバートが、砂漠の国の民のために書き下ろした曲――砂漠の国歌を、出発前に、兵士たちは歌った。


『必ず帰らん、我らの故郷、砂の地へ――』


 リュウトは大合唱の中で、自分を奮い立たせた。


「必ず無事で帰るぞ……」


 シリウスに乗り込み、行軍を開始した。

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