第131話 逃げ出した少年と追いかける少年の件

 闇の同盟を倒すため、神の国グラン帝国の帝都グラン・シュタットを目指した砂漠の国の兵士たちの行軍が開始した。

 竜騎士リュウトは第一部隊に配属され、暁の四天王の一人で、隊長のケイマの指揮に従っていた。

 帝都は砂漠の国からみて南西の方角に位置する。

 第一部隊は休むことなく進み、砂漠を越え、そして国境に足を踏み入れた。

 国境を守るグラン帝国の兵士たちを見て、ケイマが難しい顔をした。


「おかしい」


 何が、と聞きたかったが、リュウトはケイマにはフランクに話しかけられない。

 しかし、聞かずともケイマは答えてくれた。


「国境の警備兵、手薄すぎる。しかもあれ、兵に成り立ての若者たちばかりだ。国境の兵士たちも、闇の同盟との戦いに駆り出されたのか?」


 国境を越えてからは、リュウトは一人、隊から離れてシリウスで空を飛んでいた。

 部隊で唯一の竜騎士であるリュウトには、周りの偵察という指令が与えられていた。そして、飛ぶときは部隊の真上を飛ばないようにも言われていた。万が一、リュウトが飛んでいるところを敵に発見されても、部隊が潜んでいる位置を知られないためだ。

 事実とは異なるが、死ぬなら一人で死ねと言われているような気がした。


 リュウトは注意深く下を見ながら飛んだ。敵である闇の同盟に見つかるのもまずいが、グラン帝国人に見つかるのもまずい。

 デシェルトから賜った砂漠の国の竜具をつけて飛翔してはいるが、竜騎士の国と戦っているグラン人に、敵味方の区別がつかなくて攻撃される恐れは十分にある。


「だけど、同じ部隊の兵士たちと進むよりかはよっぽど気楽でいいや。あの中にいると、息が詰まりそうだもの」


 リュウトは仲間たちのことを思い出していた。

 リュウト以外は、皆、第二部隊に配属された。

 みんなとはずっと一緒だったので、そばにいないのは、不思議な感じがする。

 アリアとは、リト・レギア王国を出てからいつも一緒だった。

 ラミエルやゾナゴンがいないと静かで平和だ。

 ゼルドがいないと、困ったことがあったときに頼れない。


「はーあ」


 リュウトは半刻に一度、ケイマの元へ報告に行くことになっていた。


「異常、ありません」

「そうか」


 態度を改めたからか、あれからいさかいが起こったりはしていなかった。


「帝都グラン・シュタットはまだまだ先だ。気を緩めるなよ」

「はい……」


 リュウトがもう一度シリウスに乗り込もうとしたそのとき、最先頭を歩いていた兵士たちの悲鳴がとどろいた。


「うわああああああっ!」


「何事だっ!」


 ケイマが叫んだ。

 目の前には、信じられない光景が広がっていた。

 前を進んでいた兵士たちの首が、一人一人、もの凄い早さで飛んでいっているのだ。

 そして、キレイに跳ね飛ばされていく首の順番が、どんどん迫ってきていた。


 ――え? 何が起こって……。


 と、考えているリュウトの首に、『違和感』の先端が触れた。

 身構える隙もなく、突然、耳元で声が聞こえた。


「リュートくん、だっけ。ありがとね~。ボクをここまで案内してくれて――」


 横目で違和感の正体を見ると、三日月のように曲がった細長い剣を持った、禍々まがまがしいオーラを放った少年が真後ろに立っていた。

 少年が持っている剣の先端が、リュウトの首筋に当たっているのだ。

 剣には血が付いていた。

 兵士たちの首を次々と斬っていったのは、この少年だということがわかった。

 

「お、お前は……?」


 リュウトは恐怖で足がすくんでいた。


 ――見えなかった。こいつの動きも、攻撃の瞬間も。


「ボクの名はハルス。グラン帝国の神児しんじ、首狩りのハルス」


 ――グ……グラン帝国だって?


「待ってくれ! オレたちは、敵じゃない! オレたちは砂漠の国の兵士だ! グラン帝国へ協力するために、王都を目指していたんだ!」


 ハルスと名乗る少年は、動じずに答えた。


「そうなんだ。けどまあ、ボクには関係ないよ」

「えっ……?」

「敵とか、味方とか、興味がないんだ。ボクはただ、大勢の人間がいるところへ連れて行ってもらいたかっただけなんだ」

「えっ……?」

「何故かって聞きたそうだね? ……『殺し』ができるからさ。空を飛んでいた君の後をつけて、案内してもらっていたんだ。大量虐殺できる場所まで、ね」


 ――え? こいつは、何を言って……。いや、オレがつけられていた? オレがこいつを連れてきてしまったせいで、こんな凄惨なことが目の前で……。


「ありがとう、リュートくん。君のおかげで、たくさんの獲物を狩ることができた。ボクのこの剣、『血吸いの三日月刀ブラッディ・シミター』も、すごく喜んでいるよ!」


 ハルスが放っている禍々しいオーラの出どころは、剣ではない。よく見ると、少年は重々しい分厚いチョーカーを付けている。そこから、不気味なオーラが漏れ、溢れ出ていた。

 リュウトは本能的に察知した。

 


「リュート! 戦うぞ!」


 ケイマがハルスに向かって武器を構えた。


「オ、オレだって、戦わなくちゃ、でも」


 ――相手の動きは見えないんだぞ? 勝ち目なんて、ないじゃないか……!


 腰に提げている剣を取り出したいが、恐怖で身体が硬直し、思うように動けない。


 ――でも、もう逃げちゃダメなんだ。


 デシェルト王の前で、固く誓ったはずだ。強敵なんて言葉を優に越した強さを持つ相手にも、逃げずに果敢に立ち向かわなければならない。


「あ、あ、あ……」


 リュウトは恐怖のまま、叫んだ。


「うわああああああっ!」


 リュウトは、大声で叫んだ勢いで、駆け出していた。


「な、なに? リュート!」


 ケイマの驚嘆の声が聞こえる。


「――あいつ! シリウスまで捨てて逃げたのかっ?」


 リュウトは駆け出していた。

 森の奥へ、一目散に。


 ――逃げないと、逃げないと!


 動けるようになった今がチャンスだった。

 あんな奴に、勝てる訳がない。


「死にたくない! こんなところで、死にたくない!」


 ――首が飛んで死ぬなんて絶対に嫌だ!


「デシェルト様! オレには無理だ! あんな奴を相手に立ち向かうなんて、オレには無理だ!」

「どこへ行くの?」

「!」


 ケイマやシリウスでさえ見捨てて逃げ出したリュウトに、ハルスは一瞬で追いついていた。


「ねえ、ボクと一緒に遊ぼうよ。リュートくん……」

「う、わ、あ、あ……」


 少年の剣が赤黒く輝いた。


 そして、首が一つ飛んだ。


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