第127話 竜騎士の王はオレが討ちますの件
闇の同盟が動き出した。
その報告を受けて、砂漠の国の兵士、冒険者はエレミヤ城に集合した。
城にはリュウトたちの姿もあった。
ドラゴン・レースを棄権したことでデシェルトから失望されたリュウトは、居心地の悪さを感じながらも王の一声を待っていた。
エレミヤ城の大広間に集められた大勢の兵士たちの前で、デシェルトは語った。
「皆の者。知っての通り、闇の同盟がグラン帝国の侵略を開始した。砂漠の国ザントはグラン帝国の助力があり、国を興すことができた。闇の同盟は、平和な世を脅かす悪であり、討たねばならぬ。砂漠の国ザントは、グラン帝国ならびに皇帝を補佐するために兵を動かすことに決定した」
デシェルトの横には、暁の四天王が並んでいた。
いつも頼れる兄貴分としてリュウトとアリアを補佐しているゼルドも、砂漠の国の元傭兵の顔をしてデシェルトのそばに立っている。
「我が国は、明日より兵力を帝都に派遣する。隊を三つに分けつつ、行軍していく」
デシェルトは部隊を発表していった。
第一部隊は暁の四天王のケイマが指揮を執る。砂漠の国に到着したときに、リュウトたちをスパイだと疑った屈強な戦士だ。彼が先陣を切って進んでいく。リュウトは一番戦闘の機会が多いであろうこの部隊に配属された。
第二部隊のリーダーは同じく暁の四天王のゼルド。そしてこの隊にアリア、ゾナゴン、ラミエルが配属された。
本隊に当たる第三部隊は、国王デシェルトに勇者カレジャス等名高い戦士が追従する。
残りの暁の四天王の剣士リートゥスと参謀ルクソールは、砂漠の国の守備に当たることになった。
隊を言い渡された後、戦士たちは解散していった。砂漠の国出発の準備に取り掛かるためだ。
「リュートだけ、いつもの仲間たちとは違う部隊ぞなか!」
「なんでよ?」
ゾナゴンとラミエルが疑問を口に出していると、デシェルトが近付いてきて答えた。
「これは戦だ。レースのときのような遊び気分で行かれたら困るからな」
デシェルトはドラゴン・レースでのリュウトの態度から、評価が天から地へ一変していた。
デシェルトの意見は至極真っ当なのだが、口調の厳しさからラミエルとゾナゴンはひるんだ。
「こっわ……」
「こわいぞな~……」
デシェルトは向き直り、アリアに尋ねた。
「アリア。この戦で、闇の同盟……竜騎士の国と対峙することになる。お前は元臣下を、そして兄のソラリスを討てるか? その覚悟があるか?」
「……」
「砂漠の国で平穏に暮らしていくためには、義務を果たさねばならぬ。戦う力があるのにも関わらず力を貸さないというのであれば、砂漠の国で暮らすことはできない。義務を全うしてからはじめて権利は与えられる」
デシェルトの説明は厳しい。ラミエルとゾナゴンは眉間にしわを寄せて聞くしかなかった。
アリアが口ごもりそうなことを察したリュウトは、アリアに代わって答えた。
「デシェルト様! ソラリスは! ソラリスはオレが討つんです! 兄妹同士で殺し合いをさせてはいけない! だから、ソラリスはアリアじゃなくて、オレが倒します。――オレが!」
ソラリス、アリア兄妹が相争うというのは、リュウトでいえば妹のミクと戦うことになるということだ。そんな場面は、起こさせたくない。アリアは戦いを望んでいないし、ソラリスとはもう会わせたくない。だが、「ソラリスを討つ」と言っても、今のリュウトの実力では全く敵わないことが目に見えている。今も、そしてこれからもリュウトがソラリスを討つことは到底不可能だ。努力をどんなにしたところで、あの漆黒の闇夜の中でも輝きそうな憎悪に燃えた翠玉の瞳の王との力の差を埋めることはできないだろう。しかし、これ以上ソラリス、アリア兄妹を憎しみ合わせるわけにはいかない。なんとかして、アリアを戦わせないようにしていかなければならない。
「竜騎士の国の王を倒すだと? お前にできるのか。大事なときに、逃げ出すお前が」
「………………!」
デシェルトはレースの話題を持ち出した。
リュウトにとっては、大会の棄権は納得して決めたことだったが、期待を裏切ってしまった罪悪感は、まるで刃物で胸を一刺しされたような痛みを感じさせた。
「うひゃ……今のリュートには大ダメージぞな」
ゾナゴンはラミエルの頭の上で目を覆った。
リュウトは歯を食いしばって答えた。
「今度は逃げません……!」
「そういう口先だけの男を、そういえばたくさん見てきたな」
デシェルトの落胆は遥かに深いもののようだった。何を言っても信頼を得られそうにない。
リュウトは身体中に脂汗がじんわりとにじんできた。
そのとき、ゼルドがやってきて、デシェルトに話しかけた。
「デシェルト王、リュートはまだ経験の少ない少年です。竜騎士の国は平和な国でした。我々砂漠の民のような部族同士の小競り合いが続く環境にいなかった。だから精神の鍛練が不足していて、未熟なところが多少あるでしょう。ですが、この国について戦に参加することで成長するかと思います。もう一度、信じてやってください。リュートは、必ず成長する男です」
「……」
デシェルトは何も言わずに去っていった。
ラミエルは緊張感から解放されて、大きなため息をついた。
「ふぅううう~! 緊張した。デシェルト様、おっかないんだから!」
と、ため息をつきながら小声で付け加えた。
「まあ、レース後のアリアの方がこわかったけど」
「ぞなね~!」
リュウトは助け船を出してくれたゼルドに礼を言った。
「ゼルド……ありがとう。……ごめん」
「いいや、謝ることじゃない。デシェルト王の手前、あんなことを言ったが、本音じゃない。本当は、子どもたちを戦争に行かせる大人たちが悪いんだ。これからを生きる人々が苦しまずに済むように努力していくのは本当は大人の役割なんだ。だから、リュートは謝るな」
「ごめん…………」
ゼルドから謝るな、と言われたのに、リュウトはつい、謝ってしまった。
申し訳なかった。
こころから、申し訳なかった。
デシェルトに失望されたこと、ゼルドに迷惑をかけたこと。考えれば考えるほど、苦しくなった。
リュウトは異世界にくる前、そしてきたばかりの頃は、感情をよく表に出す方だった。
異世界に来たとき、アリアが目の前で死にかけたとき、ポロポロと泣いてしまった。
ヴィエイル教官長の葬式で、コンディスからみっともないと殴られるほど泣いたこともあった。
だけど、はじめて人殺しをして、アリアを闇の魔導師から取り戻したときは、涙は出なかった。
友人たちと、最後の別れの挨拶をしたときも、泣かなかった。
異世界で暮らすようになって、色んな経験をしていたら、あまり涙がでなくなるようになっていた。
成長したから、泣かなくなっていったんだと思っていた。
しかし、今回、ゼルドに謝ったら、一筋、涙が出てしまった。
成長したと思っていたのに――振り出しに戻ってしまった。
涙が一筋でると、もう、自力では止められなくなってしまった。
肩が震えて、涙の粒がポタポタと落ちて絨毯に染み込む。
「うっ……」
情けなかった。
鋭い眼で睨んでくるデシェルトがこわかった。
何も言い返せなくて、ゼルドに庇われたことが恥ずかしかった。
また頼りない姿をアリアにさらけ出してしまった。
「うっ……」
――明日から、戦場に出なくてはいけないのに、こんなことで泣いているオレが、うまくやっていける訳がない。
と、こころの中でつぶやくが、
――いいや、違う。切り替えないといけない。自信の無さが一番足を引っ張る。だから、自分を信じなければ。自分を信じて、二度とデシェルト王の期待を裏切らないようにしなければ。
頑張って気持ちを切り替えようと足掻けば足掻くほど、泥沼の中に沈んでいくような感覚がした。
仲間たちは押し黙ってリュウトを見守った。
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