第126話 闇の同盟、進軍開始の件

 ドラゴン・レースが終わって無一文になってから、『リュートと愉快な仲間たち』は毎日、収入を得るために冒険者ギルドに通い、クエストをこなして生活をしていた。そんな日々が何日か続いた頃、暁の四天王の一人として王城に呼ばれていたゼルドが神妙な顔をして帰ってきた。


「……みんな、聞いてくれ。闇の同盟が、動いたらしい」

「な、なんだって!」

「なんですって!」

「なんぞなもし!」


 闇の同盟とは、闇の魔導師の国ドゥンケル王国と竜騎士の国リト・レギア王国とが取りなした同盟のことだ。

 長らく不気味なほど動きのなかった闇の同盟だったが、大軍を擁してグラン帝国の国境に侵入したらしい。国境を守っていたヴァルケン公国は、リト・レギア王国の竜騎士部隊、レギアナ・セクンダディによって壊滅寸前だということだった。


 アリアはぎゅっと目を閉じた。


「兄様が……」


 仲間たちはアリアを心配そうに見守った。


「アリア……」

「ぞな……」


 時を同じくして、竜騎士の国では、新国王ソラリスが王城に帰ってきていた。

 この日、セクンダディがヴァルケン公国を制圧。領主のポルコが前夜、国と民を捨て逃げ出していたところへはソラリスが向かい、とどめを刺した。


「おめでとうございます、ソラリス陛下」


 ソラリスの元に、闇の宮廷魔導士ルシーンが現れた。


「ルシーン……」

「ポルコめを倒すのは悲願でございましたな」


 前国王モイウェール朝時代、ソラリスとセクンダディは中流貴族ポルコからいいように扱われてきた。ポルコは帝国に反逆した者たちの鎮圧を他国の騎士に任せていた。竜騎士の国は、巨大な軍事力を持つグラン帝国の前では弱小国家に過ぎなかった。故にソラリスはポルコたちグラン帝国人への恨みを募らせていた。


「悲願、というには早すぎる。本懐は帝国を滅ぼすことにある」

「はっ」


 ルシーンは恭しく頭を下げた。


「わたしからもご報告を……。ソラリス様は既にご存じかと思われますが、アレーティア王女は砂漠の国王デシェルトの監視下にあるようです」


 ルシーンの話を聞きながらソラリスは侍女に持ってこさせていた酒を受け取った。


「アレーティアの話題など、どうでもいい」

「わたしは、あの王女を抹殺すべきだと考えますが……」


 ソラリスはルシーン、と呼んでから


「つまらないことをするな」


 と言い、酒を注いだグラスに口を付けた。酒はモイウェールも生前好んでいた、リト・レギアにあるルインズという地方の麦酒だった。

 憎い父親と同じ酒を好んでいる自分にも腹が立つが、物に罪はない。


 ルシーンはソラリスの厳めしい物言いに口ごもった。


「ま、まさかとは思いますが……ソラリス様はアレーティア王女に情などというものが沸いて、殺さなかったのでは……ありませんよね……」


 あの小さな王女がソラリスを脅かす存在になることはないだろうが、生かす理由はないはずだ、とルシーンは考えていた。


「ルシーン……。お前はこのオレを慕情などで動く男だと本気で思っているのか?」

「い、いえ! そのようなことは……ただ」

「だったら二度とそんな口を利くな」

「はっ……も、申し訳ありません……」

「もういい。お前は下がれ」

「ソラリス様……」


 ルシーンを下がらせると、ソラリスは深く玉座に腰かけた。


「アレーティアに情、か――」


 ソラリスは妹の顔を思い出していた。


 十年間、同じ国で、城で暮らしを共にしてきたが、よく陰で泣いている娘だった。

 魔導学院から帰ってきたとき、リュウトが一緒にいたからか、妹の顔は明るく輝いてみえた。

 幼いながらにこころに蓋をしているかのような、無理をしているような顔ばかりしていた妹が、短期間であれだけ顔つきが変わるようになったことには、正直驚いていた。


 しかし、ソラリスは両親の仇であるモイウェールの血を引く娘に、情など抱くはずもなかった。

 モイウェールのしてきたことを思い出すと、今でも全身の血液が沸騰するかのような怒りがこみあげてくる。


「リュートの目の前でアレーティアが死ねば、異世界の扉の力を容易く解放することができる。アレーティアはそのために生かしているに過ぎない――」

 

 ソラリスは酒を飲み干して、グラスをテーブルに置いた。


「もしアレーティアがモイウェールの血を強く引いているのならば、アレーティアを殺してリュートの能力を目覚めさせてやる……。あの娘は何の躊躇いもなく殺せる。間違いなく、な――」


 ソラリスの復讐は、まだ完全には終わっていない。

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