第123話 第五ポイント突破の件

「あれは――」


 エレミヤ城の上空に真っ先に現れた戦士を、観客は固唾を飲んで見守った。

 空にいたのは、ドラゴンに乗った少年だった。


「リュート!」

「リュート!」

「リュートぞなーっ!」


 『ドラゴン・レース』がはじまってから、一番最初にエレミヤ城に帰ってきたのはリュウトだった。

 リュウトは仲間たちの元へシリウスを降ろした。


「リュート、一位ぞなーっ! やったぞなー! やったぞなーっ!」

「ぶっちぎりじゃないの! ねえ、アリアはどうしたの? なんで一緒じゃないのよ?」


 リュウトは首を横に振った。


「待ってくれ。オレは一位じゃない。コンメルチャンさん、いる?」


 リュウトが聞くと同時に、コンメルチャンがリュウトの元へ駆けつけた。


「リュートくん、どうしたんだ! それに、一位じゃない、とは……?」


 リュウトはコンメルチャンに宣言した。


「棄権だ、オレはこのレースを棄権する!」


 その言葉を聞いて驚かなかった者は誰一人いなかった。


「え、え、えええーっ!」

「なんで、どーしてっ?」

「どうしちゃったぞな?」

「おい、大丈夫か、リュート」


 リュウトは仲間たちの掛けた声をぞんざいに扱った。


「もういいかな? シリウスを休ませたいし」

「え?」


 いつもと違う雰囲気のリュウトに、仲間たちは驚いた。


「レースの途中で何があったんだ?」


 仲間たちは遠巻きからリュウトを見つめていた。

 今はいつもとは真逆の近寄りがたい雰囲気がある。 

 エレミヤ城の木の陰にシリウスを休ませていると、デシェルトとマイクが絶句してリュウトを見ていた。


「リュート、何があった。何故棄権という選択に至ったんだ」

「あの……オレ……」


 リュウトは頭をかいた。


「多分、うまく説明できません……」

「いいから、言ってみろ」

「はい……。あの、オレ、みんなが思っているようなすごい人間じゃないんです」

「何?」

「期待をされるような人間じゃないんです。最初から、そしてこれからも。嫌なことがあったらすぐに言い訳を見つけて逃げ出す奴なんです。それがオレというか……オレらしさなんです。オレはいつも疑問に思っていた。なんでオレみたいな平凡な人間が、あり得ないことを連続して経験するのか。大変なことも多かったけど、いいことはもっと多かった。おかしいなってずっと思っていたんです。でも、レースで走っている途中で気が付いたんです。勇者って呼ばれて、みんなから期待されて、すごい成功をおさめたら、オレはオレらしさを失ってしまう。それは嫌でした。オレはいつも逃げ出す奴のままでいたいんです。その方が楽なんだ。だからレースから逃げました」

「何……だと……?」

 

 リュウトの説明は誰にも理解されなかった。


「全く意味がわからんぞな」

「デシェルト王にそんなことを言うなんて、どうかしてるぞ、おい……」

「リュート……頭がおかしくなってしまったんだわ……」


 デシェルトはもうリュウトを見てはいなかった。


「そうか。わかった。お前の人となりが。お前に期待するのは、間違いだったようだな」


 デシェルトは言い残して、その場を去っていった。


「リュート兄ちゃん、どうして……」


 マイクはまだ信じられないでいた。

 『勇者リュート』が戦わないで逃げて帰って来るなんて、信じられない。


「ごめん、マイク。オレは勇者じゃないんだ。マイクから憧れてもらえるような人間じゃない。こんなオレの考え方は、理解しなくてもいいことだ。ただ、ガッカリさせたことは本当に申し訳なく思ってる……。これは、本心だ……」

「リュート兄ちゃん……」


 『リュートと愉快な仲間たち』は、賭けていた金額を思い出していた。


「リュートが棄権! こうなったら、アリアに優勝を賭けるしかないぞーっ!」

「うわあああああっ! アリアーっ! 絶対に勝ってちょうだーいっ! うわああああーんっ!」

「ぞなーっ! あーんあーん!」


 しばらくすると、レースの参加者たちが第五ポイント、エレミヤ城を目指して全速力で向かってきた。


 觔斗雲を操るネポス、四姉妹の長女アンナと次女ニコ、そしてアリアだ。


「がんばれーっ! アリアーっ!」

「アリアーっ! 絶対に勝ってーっ!」

「ぞななななななななもしっー!」


 ドラゴン・レースが行われた今日、一番大きな声援の中でエレミヤ城上空を真っ先に駆け抜けたのは、觔斗雲の乗るネポスだった。

 アリアはネポスにあと一歩及ばなかった。


「え?」

「アリアが……負けた……?」

「え?」

「全額賭けたんだけど?」

「いや、え?」

「こんなことってある……?」


 仲間たちは、茫然と空を見ていた。


「いい天気すぎるでしょ……なんで……なんで空は青いのよ……」


 ドラコン・レースの各ポイントの優勝者が決定した。

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