第119話 第三ポイント突破の件
「霧が深いな……」
トレイスを乗せて走り出していると、気が付くと辺りが霧に包まれていた。
「全然前が見えない。シリウス、大丈夫か」
シリウスは小さく咆哮した。
「進むしかないわ」
トレイスが後ろでつぶやいた。
トレイスがアリアだったらよかったのに、とリュウトはこころの中でつぶやいた。
そして、そういえば、アリアと一緒にシリウスに乗ったことってあったっけ、と考えていた。士官学校時代、仲間たちとお茶会を開いたときにヴィエイル教官長が夫婦で一体の飛竜に乗り込んでデートしていたのを見かけてから、ずっと好きな女の子と一緒にドラゴンで飛ぶデートに憧れていた。だけどアリアはいつも風竜と一緒だから、全然その機会がなかった。
「ふーっ……」
リュウトは背後から回されているトレイスの手を頑張って意識しないようにしていた。
アリアだったらよかったのに、ともう一度こころの中でつぶやいた。
しかし、霧の中を飛び続けていて、沈黙というのも気まずい感じがしてきた。
「あのさ、足の怪我……痛くないの」
トレイスは、この怪我はレースの参加者にやられたのだと告げた。
リュウトはその事実に少し動揺した。レース参加者は他の参加者に攻撃してはならないというルールを、出発前に主催者のコンメルチャンから念を押されていたはずだった。ルールを破って優勝しても、何も結果は得られないのに、とリュウトは思うが、そういう考えはきっと甘いんだろう。参加者の中には勝つことに意味がある、勝つことにしか意味がないと考えている人間もいるだろうし、ルールを破ってでも勝たなければならない人間もいたのかもしれない。
「怪我は大したことないわ。わたしは水の国の騎士だもの。これくらいでへばっていられない」
「ああ、そっか。そういえば、水の国から来ているんだったね。いつか、水の国へは、仲間たちと行きたいと思ってるんだ」
トレイスは少し黙った後、また話した。
「水の国は……キレイな国だけど、ザントやリト・レギアの方がいい国だわ」
「ふーん?」
今はもうない魔導士の国、マギワンドへの行き来で竜の上からみた水の国は、一番華やかな国だった印象がある。
隣の芝生は青く見えるって奴なのか、事情が何かあるのか、どっちなのかと考えたところで、まあいいかとリュウトは考えるのをやめた。
「リュート、その、ごめんね……。色々と。それから……ありがとう」
「もういいよ。気にしてないよ。気にしてほしいなら気にするけど」
「じゃあ、気にしないでよ」
「わかった」
トレイスとなんとなく打ち解けてきたことには、特に何も感じなかったが、リュウトはこの霧の中を飛び続けている間、得も言われぬ違和感が続いていた。
――霧が発生するような土地なのか、ここ? 砂漠の国で、そんなことがあるものなのか……?
この霧の中は妙に鳥肌が立つ。
違和感はそれだけじゃない。
もう一つ。ずっと、あった。
レースが始まる前、いや、この異世界に来てからずっと――。
「ねえ、リュート……。気のせいかしらね。何か、聞こえない?」
「……」
トレイスも違和感を覚えているようだ。
リュウトの耳には、低い警笛のような音が聞こえていた。
だけど本能で、その音に注意して聞くことを避けた。
「聞こえるけど、大したことないよ。今は、霧を抜けることを考えよう……」
「え? ええ……」
トレイスはリュウトの反応が妙だとは思っても、どうすることもできないのでそれ以上は何も言わなかった。
霧の中を進み続けると、光が見えた。
「シリウス!」
シリウスに命じて、光が強い方向へ進んだ。
そして――霧を抜けた。
「やった! 霧を抜けられたぞ! 第三ポイントはもうすぐそこだ!」
「やったわ!」
第三ポイントのゴールの村が見えている。
霧を抜けたせいか、衣服が濡れて少し重い。
トレイスがふと横を見ると、グリフォンに乗った妹、四女のフィーアがいた。
「え! 姉さま、なんで?」
「フィーア……!」
フィーアはわかった、というような顔をしてから、トレイスに向かって大きな声で言った。
「そういうことね、姉さま! リュートの後ろから邪魔をする作戦なのね! だからリュートの飛竜に乗っているんだ! やるじゃないの、姉さま!」
「ちっ! 違うわよ! フィーア!」
トレイスは弁解するようにリュウトに言った。
「わたし、そんなんじゃないから。リュートを罠にはめたとかじゃないのよ」
リュウトは全く別のことを考えていて、トレイスに叫んだ。
「待て! やっぱり何かおかしい。第三ポイントの村から聞こえる歓声から察するに……。多分、オレたちが最先頭だ!」
「え? じゃあ……」
「トレイス、オレにしっかりつかまってろよ」
「えっ!」
リュウトはシリウスに命じた。横に来ているフィーアより先に第三ポイントを取るぞ、と。
「シリウス、急げ! お前なら勝てる!」
シリウスの加速に合わせて四女フィーアも相棒のグリフォンを走らせた。
「第三ポイント、取る!」
リュウトは集中した。
「負けるわけにはいかない! アリアのため、マイクのため!」
シリウスは駆けた。全速力というわけにはいけていないが、駆けた。
「うおおおおおおおお!」
しかし、今回もまた、僅差で――敗北した。
第三ポイントを先に制したのは四女フィーアだった。
「やったーっ! リュートに勝ったわーっ!」
フィーアは大喜びして言った。
「姉さまが重いから、リュートの飛竜の動きがのろいのね! おかげで勝てちゃった! 姉さまの食い意地がはっていたから助かるなんてね! ありがとっ! 姉さま!」
「フィーア! あとでしばくからね!」
「きゃー! こわい!」
リュウトは第三ポイントでも負けたショックが大きかった。
「嘘、だろ……」
そして、懸念していることがあった。
「アリアは……。まだ、霧の中にいる……?」
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