第113話 ドラゴン・レース開幕の件

 『ドラゴン・レース』が幕を開ける。

 砂漠の国や近隣の国から集まった空を駆ける相棒を引き連れた参加者は、エレミヤ城の下の広場に大勢集まっていた。

 ワシの頭と翼、獅子の身体を持ったグリフォンに乗って戦う水の国の騎士や、魔物を操る魔導を極めた魔獣使いなどがいる。

 砂漠の国のはじめてのレースには百名以上が集まった。


「ドラゴン以外にも空を飛ぶファンタジーな生き物っていたんだなぁ」

「そりゃあいるぞな」


 仲間たちは集まってレースの作戦会議をはじめた。


「ドラゴンの背中には、なるべく物を乗せないようにしないと。重ければ重いほど、その分スピードが落ちるから、レースには不利だ」

「じゃあ、リュートとアリア以外は全員王城で応援だな」


 察しがいいゼルドはリュウトの話を聞いて理解していた。

 今回のレースでは、仲間たちはドラゴンには乗り込まず、待機になった。


「ま、リュートとアリアならほどほどの力でも優勝を狙えるだろ。それくらいの実力がある」


 ゼルドは信頼しきってはにかんだ。

 ゾナゴンとラミエルもリュウトたちなら必ず優勝できると信頼してる。


「フレフレぞなー!」

「がんばりなさいよ、リュート! がんばってね、あたしのアリアッ! ああっ、アリア! あたしがいなくて寂しくなっても、こころはすぐそばにいるんだからね~っ!」


 ラミエルはアリアをかたく抱きしめた。


「ぐぇ……ラミ……エ……それはやめてって……いつも言ってるのに…………!」

「ちぇーっ。ラミエルの奴。オレとアリアで態度が全然違うんだよなぁ。まあラミエルに抱き着かれたところで全然嬉しくないからいいんだけど」

「リュート! 聞こえてんのよ! こっちだってリュートなんかに抱き着くなんて嫌なんだから! べーっ!」

「……またそれか」


 ゼルドが言うようにほどほどの力で優勝ができるかどうかはわからないが、カレジャスとナタリーに毎日稽古をつけてもらいながら過ごしてきたので、リュートたちにはそれなりの自信はある。

 自信がない、なんていうのは師匠たちに失礼だ。


 と、考えていると、ドラゴン・レースの主催者、コンメルチャンが近付いてきた。


「来たね、リュートくんたち! 頑張ってくれたまえ! わははははは!」

「コンメルチャンさん、優勝したら賞品がすごいって言ってたけど、何をもらえるの?」

「おや、もう優勝した気でいるのか? 流石リュートくんだな」

「え? あはは。モチベーションって大事だよね~!」

「ふふふ。ではこちらへ来たまえ」

「今日のコンメルチャンさん、なんだか気合が入ってるね」

「それはそうだよ。デシェルト王がスポンサーになっているからね! やっと商売が軌道に乗ったのかもしれん! ぐっふふ……」

「へー! よかったね!」


 ドラゴン・レースは砂漠の国を横断するレースだ。

 第一ポイントから第五ポイントまである、ゴールを最もはやく通過した者が勝者となる。

 優勝すると、賞金の他に、『魔法剣』がもらえる。


 第一ポイントを一番最初に通過した者には、ファイアーソード。振ると炎の魔法が出る剣だ。

 第二ポイントを一番最初に通過した者には、サンダーソード。振ると雷の魔法が出る剣だ。

 第三ポイントを一番最初に通過した者には、ウィンドソード。振ると風の魔法が出る剣だ。

 第四ポイントを一番最初に通過した者には、ロックソード。振ると岩の魔法が出る剣だ。

 第五ポイントを一番最初に通過した者には、ゴールドソード。振ると運が良くなる剣だ。


「すべてのポイントを一位で勝ち抜けば魔法剣が最高五本もらえるってことかあ! これはやるしかなーい!」

「がんばろうね!」


 リュウトとアリアは広場中央に飾られている魔法剣を前にして、二人で気合を入れた。


「でも、このレース、砂漠の国を横断ってだけあって、道のりがだいぶ長い。インターバルの取り方が一番重要になるかもしれない」

「うん。風竜たちでも、ずっと飛び続けられないもんね。どこかで休まないと」


 二人でレースについて話し込んでいると、後ろから女性の声がした。


「あなたが、勇者リュート? なーんだ、好みの可愛い顔をしてるけど、まだ坊やじゃない!」


 リュウトたちは振り返った。レースの参加者とおぼしき女性たちが四人いる。

 四人の女性たちをみてアリアがつぶやいた。


「水の国のグリフォン四姉妹――」

「なにそれ」


 リュウトが聞くとアリアが説明してくれた。


 水の国はグリフォンに乗って戦う騎士の、美人四姉妹がいるということで有名らしい。グリフォン四姉妹は水の国の第一王子直属の部下で、戦闘能力もさることながら、全員が身目麗しいルックスで、水の国内外から人気が高いそうだ。


 一人目は長女アンナ。しっかり者で、四姉妹のまとめ役をしている。

 二人目は次女ニコ。おっとりしている性格だ。

 三人目は三女トレイス。いつも自信に満ちている。

 四人目は四女フィーア。天真爛漫で無邪気な女の子だ。


 リュウトに声をかけたのは三女、トレイスだった。


「はあ……。なんだ、安っぽい挑発をしに来ただけか。カレジャスが勇者になるとこういうこともあるって言ってたな~」


 トレイスから坊やと挑発されたことを、リュウトは気に留めていなかった。出会ったばかりの頃のゾナゴンやラミエルの方がもっと悲惨だったことを思い出していた。悪口に慣れるのがいいことなのか悪いことなのかわからないが、経験が多くなれば次第に取るに足らなくなっていくものだ。


「や、安っぽいですって?」

「あ、ごめん。怒らせるつもりはなかったんだけど」


 三女トレイスはリュウトの態度が気に入らなかったようだ。


「決めた! リュート、あんたはわたしが倒すから!」

「えっ、はあ……」


 勇者リュートの名前は水の国まで届いているのだろうか。実力以上のうわさが流れるのは勘弁してほしい。

 厄介ごとは嫌だなぁとリュウトはため息をついた。


「リュート! そのおなごたちは誰ぞな~! 全員ボインぞな~!」


 ゾナゴンがトレイスの胸の上に飛び付いた。


「きゃああ~! なによこの魔物~!」

「ぐほほほほほほほ! 久しぶりの巨乳ぞなー!」

「変態は死ね!」


 トレイスに抱き着いたゾナゴンはすぐに胸から引きはがされて、何度も何度も踏みつけられた。


「ぐええええ! ヒールで踏むのはっ! やめるぞな~! ギエエエエエッ!」

「ゾ、ゾナゴン……!」


 トレイスはゾナゴンを十分踏みつけると、四姉妹はみな去っていった。


「大丈夫か、ゾナゴン」


 リュウトは踏みつぶされたゾナゴンに駆け寄った。


「ひどいぞな」

「それはなんとも言えないけど……。そういうのは許可を取ってからやりなよ。でないとそうなるよ」

「やさしくて巨乳のお姉さんに出会いたいぞなもし」

「はあ、懲りない奴。ゾナゴンってやっぱり変態だな」

「うう! 貧乳派のリュートとは話が合わないぞな」

「だ、だ、誰が! オレ、そ、そんなことないよ……」

「そうだったぞな。リュートは無派だったぞな」

「オレは胸が大きいとか大きくないとかで好きになる女の子を選ばないんだよ。ああ、もう、本当に……。今はそんなことどうでもいいんだよ!」


 リュウトはアリアの元まで戻った。


「あーあ。グリフォン四姉妹を怒らせちゃったかなぁ? でもまあいいや。オレはオレにできることをやるだけだ」

「そうだね。けれど、あの四姉妹は実力者だから無視できるかなぁ……」


 アリアが不安げにしていると、リュウトはもうそばにはおらず、他のレースの参加者に話しかけていた。

 雲のような乗り物に乗った修験者のような風貌の男とリュウトは話していた。


「えーっ! それって觔斗雲きんとうんだろ? それで参加するの?」

「いかにも」

「へー。すごいなぁ。オレも乗れる?」

「我が村に伝わる秘術を極めた者のみ、この雲に乗れるのだ……」

「ふーん!」


 アリアは驚いた。


「また知らない人とすぐに仲良くなってる……。リュウトさん、コミュニケーション能力高いなぁ……わたしには真似できそうにない」


 リュウトが参加者と話し終えると、二人の元にマイク少年が駆け寄ってきた。

 マイクと会うのは、絨毯の村を救って以来だ。


「リュートにーちゃーん!」

「マイク! 見に来ていたんだ!」

「当たり前だよ! 勇者リュートの活躍を見ないと! ボクは一番のファンだからね!」

「あっははは。照れるよ~」

「絶対に勝ってね!」


 マイク少年の純真な瞳が一層輝いていた。

 この期待を裏切られないようにしなければ。

 『勇者リュート』として恥ずかしくない戦いをしなければならない。

 リュウトとアリアは目を見合わせて意気込んだ。


 参加者に集合をかけるコンメルチャンの声が広場に轟いた。


「それでは、所定の場所に集まってくださーい」


「ああ、そろそろ行かないと」

「がんばれー!」

「ありがとう!」


 マイクに見送られてリュウトたちはスタート位置に集まった。


「オレたちを信じてくれるマイクのためにも、がんばろう!」

「うん!」

「行こう! アリア!」


 集まった参加者は、みな真剣な表情をしている。

 ラミエルとゾナゴンとゼルドが手を振って大声で応援していた。


 今日の砂漠の国ザントの青空は澄み切っている。


「それでは位置について……用意」


 コンメルチャンが大きな旗を振り下ろした。


「ドン!」

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