第110話 魔法の絨毯はいらんかね4の件

 リュウトたちはタピーショ村に跳梁ちょうりょうしている百枚に近い絨毯の魔物をすべて切り伏せてから、ポールの家を訪れた。


「こんなおびただしい数の魔物がこの村を襲っていたなんて……村人はこわかっただろうな……」

「ポールさん! 生きていますか!」


 アリアが呼びかけた。

 家の隅で、若者が頭を抱えて身を震わせていた。


「あなたが、ポールさん?」

「あ……」


 ポールの視界にリュウトたちが入ると、錯乱していたポールはリュウトにすがるようにしがみついた。


「たっ! 助けてくれぇっ!」

「お、落ち着いて! 落ち着いて、ポールさん!」

「オレはバカだった。闇の魔導師なんかに騙されて……多くの罪なき人の命が奪われてしまった! オレはなんてことを……」


 ポールはその場で泣き崩れた。

 アリアは、家の中の机の上に置いてある、怪しく輝く黒い宝玉を見つけた。


「リュウトさん! あれだわ! 闇の魔導師から買ったと言われるオーブは!」

「ああ!」


 黒い宝玉は、そのまま持ち上げるとこちらまで闇に飲み込まれてしまいそうな瘴気を放っている。

 リュウトは黒い宝玉を力いっぱい剣の束で叩き割った。


「どりゃっ!」


 黒い宝玉は、粉々に砕け散った。


「あっ……あっ……」


 アリアはポールに静かに尋ねた。


「ポールさん……。何故、闇の魔導師からこんなものを買ったんですか」

「オレは……オレは……みんなの夢を叶えたかったんだ……。空を飛ぶ魔法の絨毯を作りたかったんだ……」


 ポールが落ち着くまで、リュウトたちは見守った。


「オレは、魔法の絨毯を作りたかった……。魔法の絨毯を作れば、人々が自由に砂漠を往来できるし、こんな砂漠の見向きもされない村を、裕福にできたはずだった。オレはこの村を裕福にしたかったんだ……それが、それが」


 そのこころを闇の魔導師に利用された。

 リュウトは憤りを感じた。

 ポールにではなく、闇の魔導師たちに対して、だ。


「オレには目の前にいるこの人を、責められない……。望みや願いは、人間は誰しもある。許せないのは、そういう人間のこころを利用する悪だ。他人を利用して、後のことは知りませんって顔をした奴らは、許しておくべきじゃない! やっぱり、闇の魔導師は倒すべき存在なんだな……」

「リュウトさん……」


 ――悪とは何だろう。


 子ども向けのアニメやなんかでは、主人公に敵対していれば『悪』だった。

 でも、本当にそうだろうか?

 自分と違う考え方を持っている人間は全員『悪』なのだろうか?

 本当は敵対している側が正しくて、主人公が間違っているのだとしたら?

 勝った方が『善』で、負けた方が『悪』なのだろうか。


 少なくとも今わかっていることは、悪者とは、弱者を利用して財産を奪っておきながら、平気な顔で過ごしている奴のことだ。

 財産とは、金品のことだけではない。

 人間関係、時間、身体的価値、社会的評価、考える力等々、目に見えないことも大切で立派な財産だ。

 これらを非人道的なやり口で他人から奪って返そうとしないのは、まごうことなき『悪』だ。


 闇の魔導師はやっぱり許せない。


 しかし、今回の『悪』は闇の魔導師だったが、もし『悪者』が一見いい人だったらどうだろうか。

 悪人はいい人、すごい人、やさしい人を演じるのがとてもうまい。

 だが、悪人ではない本当に素晴らしい人々に対して疑いの目を向けるのも、ある意味では立場や信用を失いかねない。


 どうやって善人か悪人かを判別したらいいだろうか。

 どうしたら悪人に騙されずに済むだろうか。


 それにはまず、「悪人」の手口を知っていくことからはじめるのが有効だと思う。


 詐欺師はうわべだけキレイな、中身のない話が得意だ。

 その手口は、承認欲求をくすぐるタイプのものと、罪悪感を植え付けるタイプのものとがある。

 射幸心を過剰に煽るものに対しては、一度疑いの目を向け、自分だけは大丈夫と過信することなく、何を得られるかではなく、何を失うかを考えた方がいい。

 なるべく多くの人の意見を取り入れ、自分と同じ意見も、異なる意見も、「本当にそうだろうか」と必ず頭の中で反芻し、どちらか一方に肩入れすることなく、正しいと言える根拠が多い方で選ぶ。


 結論ありきで根拠を探せば間違える。

 信じるこころと疑うこころは、どちらか片方だけが優れているわけではない。

 信じることしかしなければ騙されるし、疑うことしかしなければ信頼されない。

 悲劇を生まないためには、公平で公正な目を持ち、養っていき、賢く判断していかねばならない。

 と言っても、人間は本質的に楽をしたい生き物である。その性質を覆すことはかなり難しい。

 しかし、考えることやめたとき、人間であることもやめなければならなくなってしまうことが起こりうる。

 考えることをやめてしまえば、自分の人生だけではなく、他人の人生をも巻き添えにして取り返しがつかなくなる。

 今回の凄惨な事件のように。


 時間は決して巻き戻ることはない。


「リュート兄ちゃん……」

「はっ」


 突然マイクに話しかけられ、リュウトは我に返った。


「ボク、お母さんを探しに行きたい」

「そ、そうだね! 探そう」


 リュウトは家の外に出て、閉じこもっている人々に聞こえるように声を張った。


「村のみなさーん! オレは王都から来た冒険者、リュートです! 闇の宝玉は、たった今、壊しました! 絨毯の魔物も倒しました! もう、出てきても大丈夫です!」


 リュウトの声が聞こえた村人たちは、おそるおそる家から出てきた。

 その中に、マイクの母親もいた。


「お母さん!」


 マイクは母親の姿を見つけると、一直線に駆け寄った。

 しかし、そのとき、絨毯の魔物の生き残りが、マイクの母親を目掛けて襲いかかった来た。


「しまった! まだ倒しきれていなかったのかっ! くそ、マイク!」


 リュウトが叫んでいる間に、マイクは腰からショートソードを引き抜き、母に襲い掛かった絨毯の魔物を斬った。


「やっ!」


 マイクの剣筋はとても滑らかだった。


「うおっ! マイク、すごいな……。筋がいい……。将来、本当にマイクが勇者になるところが想像できるくらいだな……」


 最後の絨毯の魔物が倒されると、親子は再会を抱きしめ合って喜んだ。


「マイク!」

「お母さん!」


 リュウトとアリアはあたたかい目でその光景を見た。


「マイク……今まで寂しい思いをさせてごめんね。ようやくお金を稼げて、帰ろうと思っていたところだったんだよ」

「ずっと会いたかったよ、お母さん。ボク、ずっと剣の修行をしていたんだ。見てただろ? お父さんより強くなったと思う?」

「ああ、ああ。お前は頑張っていたんだね……」

「お母さんが頑張ってるからボクも頑張れたんだよ……」

「マイク……」


 タピーショ村は、魔物の支配から解放された。

 人々の大きな歓声が村からあがった。


「ありがとう、勇者リュート!」

「生きてるって最高だー!」

「これで絨毯作りが再開できる!」


 リュウトたちは風竜作の魔法の絨毯にマイク親子を乗せ、王都に帰った。

 マイク親子は丁寧に礼を言った後、仲睦まじい様子で去っていった。


「いいこと、できたね」


 アリアがリュウトに微笑みかける。


「うん。マイクたちが幸せになって、村の人たちを救うことができて、本当によかった」

「今回は色んな事にタイミングがよかったね」

「不思議だよなぁ。……オレさ、ちょっと考えたんだ」

「何を?」

「闇の魔導師たちについて……」

「……」

「なんで世の中には悪人がいるんだろう。なんで悪いことをして平気な奴がいるんだろう。オレ……すごく許せなくなった」

「……」

「アリアは……どう思う……?」

「うーん……」


 アリアは溜めてから、返答した。


「きっと、リュウトさんが言うところの『悪人』って、悪いことをしてる自覚がないと思うよ。他人の痛みなんて考えていないと思う。考えていないのか考えられないのかは悪人にもよると思うけどね。もしかしたらリュウトさんにはよくわからない感覚かもしれないけど、他人の不幸が気持ちいい人間って思っている以上に多いんだよ」

「……」

「みんな、自分が気持ちよくなれることが好きなんだよ。その行動が善か悪かなんて二の次。悲しいことだけど、人間は、みんながみんな、強くてキレイなこころは持っていない……。それに、本当は正しく生きたいのに、生きるために悪いことをせざるを得なかった人たちだっている。悪人を許せない気持ちはわたしもあなたと同じ。だけどね、反省のこころがない人間に、何を言っても変わらないと思う。変わって行けるのは、反省のこころを持った人。……まずは、自分から変わっていけば、未来はちょっとずつよくなっていくのかな……。なんてね、わたしにも、わからない」


 ――反省のこころ、か。


 リュウトはこころの底では間違っているとわかっていることをやるしかなかったとき、罪悪感に潰されて苦しかった。苦しい気持ちを捨て去ることができたらどんなに楽かをずっと考えていた。

 けれどアリアがいうように、間違っていたことを「反省」すれば、「捨て去る」とは違う方法でこの苦しみを乗り越えられるかもしれない。


「なんかさ……どうしたらいいか……わからない。あ~……ここんとこずっと、こんなことばっかりな気がする……。でも、前までのオレだったら難しいことは考えなかったから、ちょっとは変わってきてるのかな~……うーん……」

「……リュウトさんが、迷ったり悩んだりしたときは、仲間がいるから。大丈夫だよ」

「アリア……。もしさ、オレが……道を間違えていたら、止めてほしいんだ。多分オレ、自分が間違っていても気が付けないと思う。ルバートを怒りに行ったときみたいに、オレを怒ってほしいんだ」

「リュウトさん……」

「あっ! そんな言い方、まるでオレ、アリアに怒られたい変態みたいだったね、ごめん……」

「ううん。そういう風に言えるのって、素敵なことだと思うよ」

「えっ、オレが変態だってこと?」

「そうじゃなくて! 間違っていたら止めてほしい、の方だよ。人ってついつい自分が一番正しいと思い込んじゃうからね。だから……リュウトさんらしくて素敵。……でも、わたしも間違っていたら、リュウトさんが止めてほしい。リュウトさんだったら、正しさをよくわかってると思うから……」

「そうかなぁ。自信ないなぁ……」

「大丈夫だよ。あ、そういえばラミエルたちってしょっちゅうケンカしてるけど、わたしとリュウトさんってケンカしたことないね」

「それはラミエルよりオレたち内面がすげー大人だもん」

「ケンカするほど仲がいいっていうけど……」

「性格と関係性次第じゃないか? アリアは……オレとケンカしたいの?」


 唐突に、リュウトははじめてアリアの夢をみたときのことを思い出した。

 金色の竜に乗るアリアに声が届かない、例の夢だ。


 アリアは笑って答えた。


「実は……ちょっとだけしてみたい」

「えええっ! そっ、そうなのっ?」

「わたしもラミエルみたいになってみようかな」

「絶対ダメ! 絶対ダメ! それだけは!」

「えっ、そんなにダメ?」

「オレはアリアとケンカなんてしたくないよっ!」

「うーん。わたしは、したい。リュウトさんと」


 上目遣いで見つめてくるアリアを見て、やっぱり可愛いなぁとリュウトは思った。


「なんてね! ふふ。冗談」

「うっ、冗談……かぁ~」

「わたしたちもいつかケンカして、わかりあえなーい! ってなる日が来るのかなぁ?」

「想像つかないんだよなぁ……。だってアリア、いい子だもん」

「リュウトさんだっていい人だもの」

「んふふふ」

「あはは」

「なんかオレたち、いっつもこうなるな!」

「そうだね……でも、いいんじゃない?」

「うん。すごくいい」


 リュウトたちは笑い合った。


「魔法の絨毯、さ。いつかきっと実現できるかもな。魔法のある異世界なんだから。人を襲わない本物の魔法の絨毯が……遠くない未来、できるよね」


 そうだね、とつぶやいてアリアは星空が輝き始めた空を眺めた。


「人はなんで空を飛びたいんだろうね……」

「うん?」

「マイクやポールさんが魔法の絨毯を求めていた理由をずっと考えていたの。きっと、それは――会いたい人に会いに行けるから、なんだよね……」


 アリアの言いたいことがいまいちよくわからなかったが、リュウトも空を眺めた。


「……風竜の魔法で空飛ぶ絨毯を作るアリアの思い付きは、アリアならではのやさしい発想だと思ったよ」

「そうかな。それを言うならリュウトさんだってやさしいよ。タピーショ村のポールさんを、責めるべきではないって言ってたよね……。人を許すこころって、やさしさだと思う」

「それはわかんないけど……。やさしいアリアにやさしいって言われるのは自信がつくよ。ありがとう」

「あっ」


 アリアは星空を指さした。


「見てた? 星が流れたよ! 今!」

「えっ! 見てなかったー!」

「また流れるかなぁ」

「願い事しておこう!」

「願い事かぁ。みんなが楽しく暮らせますように、世界が平和になりますように!」

「オレはどうしようかな……」


 タピーショ村でリュウトは悪とは何かを考えさせられた。

 悪を考える傍らには、アリアがいた。

 悪い人間もいる一方で、やさしい人間もいる。

 どちらになりたいかで言えば無論、やさしい方だ。


「人にやさしくできますように……」


 これは、祈りだ。

 余裕がないときや、悪に出会ってしまうとやさしくできないときがある。

 本当の心内は、できれば人にやさしくありたい。

 こう願うのは、やさしくされたいからなんだろうか。

 アリアにやさしくされたいから、彼女にやさしく振る舞っているんだろうか。

 ……なんだっていい。

 アリアが喜んでくれている事実が、一番だ――。


 ――どうしようもなく世界に存在する悪から彼女を守れるように、これからもっと成長していこう。


 流れる星空の下で、リュウトとアリアの絆はますます深まった。



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