第107話 魔法の絨毯はいらんかね1の件
リュウトとアリアは冒険者ギルドへ来ていた。
冒険者ギルドとは、冒険者たちが魔物討伐といったクエストをこなし、街の治安維持を図るために設立された活動拠点だ。
仲間たちと話しているときに、リュウトたちもギルドとして活動しようという話になったのだが、「めんどくさい手続きはリュウトにまかせた!」と、ラミエルとゾナゴンに笑顔で送り出されてしまった。
ゼルドは心配してくれたが、雷を放つ魔物を放っておくとろくなことをしないのは自明の理ということで、彼には申し訳ないが、今日もラミエルとゾナゴンの子守りをお願いした。
冒険者ギルドでは、受付のお姉さんに『ギルド名』を登録してくださいと、用紙を渡された。
「ギルド名、だって。何にしよう」
「うーん。悩むね。みんなで来たらよかったかもね」
「いや、どうせラミエルとゾナゴンがケンカしだして決められなくなっただろうから、いいんだよ。ゼルドは意見を出さないだろうし。オレたちで勝手に決めよう」
「ふふっ」
「えっ? 面白いところあった?」
「うん。一年前はみんな出会ってなかったのに、こうして、自然と集まっていくのが仲間なのかなって思ったら……なんだか嬉しくて。愉快なメンバーだよね。ギルド名は……リュウトさんがみんなのまとめ役だから、リュウトさんにちなんだ名前がいいんじゃない?」
「オレにちなんだ? 恥ずかしいな~。どうしようかな。愉快なメンバー、か。じゃあ、『リュートと愉快な仲間たち』にしよう」
「う、うん! いいセンスだね」
「じゃあ、提出してくる!」
砂漠の国の冒険者ギルドに『リュートと愉快な仲間たち』が登録された。
「さあ! クエストを受けよう! って、オレがこういうことするようになるなんて……不思議だなぁ」
「どうする? リュウトさん」
「うーん。まずは手頃なクエストを受けようか。肩慣らしってやつで」
「そうだね」
二人は砂漠にいる巨大ハエの魔物を二十体討伐するクエストを引き受けた。
ドラゴンに乗って砂漠に向かい、しばらくすると巨大ハエの魔物が現れた。
「よっと!」
「はっ! それっ!」
リュウトたちは剣と魔法であっさりと魔物を倒し、クエストをクリアした。
「シルバーソードの切れ味、すごくいいな~。買ってよかったよ。なんか一流の冒険者って感じでカッコいい!」
「一流どころか、勇者って呼ばれてるけどね、リュウトさんは」
「あれは運がよかっただけだよ! みんながいたから龍を倒せたんだ。ゆ、勇者って呼び方さ、嬉しいけど照れるよな~! あっははは……!」
アリアは照れを笑って誤魔化すリュウトに微笑み返した。
自分の実力ですごいことを成し遂げたのに、決して自慢せず、運がよかったからだという。鼻にかけるところも、おごるところも一つもない。だから勇者になれて、人々から認められているんだ……と思ったことは、言わないことにした。
「魔物討伐のクエスト完了! ってことで、じゃあ、ギルドに戻ろう」
「うん!」
リュウトとアリアはドラゴンに乗り込み、街へ帰ろうとした。
街へ帰る途中、アリアが砂漠の上であるものを見つけた。
「待って! リュウトさん! あそこ! 子どもがいる!」
「ええっ! 子ども?」
アリアが指をさした方向を見ると、確かに子どもがいた。
リュウトたちはドラゴンから降り、砂漠を歩いていた十歳くらいの少年に声をかけた。
「ねえ! 君! どうして一人でこんなところにいるの?」
「……」
少年は、腰にショートソードを提げていた。
「冒険者……なのか? それにしてもこんな子どもが……って、アリアも同じくらいの年齢だから、人を見た目で判断するのはよくないかもしれないけど……」
リュウトは言いながら、ちらりとアリアを見る。
彼女は十一歳で、魔法を使えるし、ドラゴンにも乗るし、初対面の相手に正面から文句を言いに行ける。
アリアには敵わない面があると思う。かなり。
「あはは……」
リュウトは頭をかいた。
妙なタイミングで笑う意味がアリアにはわからなかった。
「お兄ちゃんは誰?」
砂漠を一人で歩いていた少年はリュウトに尋ねた。
「え? オレ? オレはリュート」
「リュート? リュートってあの太公望リュート?」
「えー! うん、そうだよ! って、その呼び方は恥ずかしいな~」
「太公望リュートなら……いや、やっぱりなんでもない」
少年は目をそらした。
「うん? どうかしたのか? ねえ、そういえば、君はなんていう名前なの?」
「ボクはマイク。ここで魔物を倒して、強くなる修行をしていたんだ」
「そうなんだ。でも何かあったときに一人では危ないから、仲間を連れて行った方がいいと思うんだ……」
「……!」
そのとき、アリアの背後に魔物が現れた。
「お姉ちゃん、危ないっ!」
マイクが叫んだ。
リュウトはシルバーソードを引き抜いて背後からアリアを襲った魔物を倒した。
「ふう! 危なかった!」
魔物は消滅した。
「あ、ありがとう。リュウトさん……」
「うん。それにしても、マイクはすごいな。オレより反応が早かった」
「ボクは……たいしたことないよ。強くなるために修行しているけど、勇者と呼ばれるカレジャスやリュートには及ばないもの」
「ええっ! いやいや……」
リュウトはそう語るマイクの向上心に驚いた。
マイクは十歳なのに、勇者を目標としている。
リュウト自身はカレジャスに稽古をつけてもらってはいるけれど、あの赤毛の勇者はいつまで経っても越えられそうにないと思っていたところだった。
リュウトもマイクのような気持ちで挑まないとな、という気持ちにさせられた。
「ねえ、太公望リュート! ボクをリュートのドラゴンに乗せてよ! リュートのドラゴンに乗れたら、友だちに自慢できるよ!」
「いいよ。オレの飛竜、シリウスっていうんだ。すごく賢くていい奴なんだ」
「やったー! 嬉しい! リュートはリト・レギア王国の竜騎士だったって本当なんだね……! すごいな。ホンキでソンケーするよ。よろしくね、シリウス」
マイクをシリウスに乗せ、王都を目指して飛んだ。
シリウスから見る風景は、マイクをいたく感動させたようだった。道中で何度もすごいすごいとつぶやいていた。
マイクとは、王都に着いたら別れた。
「ありがとうリュート! 今度から、砂漠に行くときはちゃんと仲間を連れていくよ! それじゃあ、またね!」
「ああ!」
マイクと別れた後、冒険者ギルドに戻り、活動報告をしてクエストの報酬を受け取った。
「ふーん。ギルドにクエストって、こんなかんじなんだな~」
「一旦、みんなの家に帰ろっか。新しくつけたギルド名をみんなに教えなくちゃ」
「そうだな。帰ろう。ラミエルから新しいギルド名に文句を言われても、聞こえないフリをするよ」
「りゅ……リュウトさん……」
『リュートと愉快な仲間たち』が住んでいる家に帰って来ると、ゾナゴンとラミエルが正座させられていた。
「えっ……。ど、どうしたの……?」
二人の頭の上に、まるでマンガのようなコブができている。
行きはゾナゴンとラミエルが笑顔で送ってくれたが、帰ってきたらゼルドだけが笑顔で出迎えた。
「おっ! おかえり、リュート、アリア!」
ゼルドがやけにスッキリとした顔つきなのは、気のせいではない。
「ゼルド、これは……」
「このバカ雷娘が家の中で雷魔法を使ったんだ。おかげで絨毯が燃えて黒焦げだ!」
「ええええっ!」
絨毯を焦がしたことをラミエルは泣いて謝った。
「うっうっ……。ごめんなさい……。でも、ゼルド! 殴るなんて、殴るなんて~! ひどいわ~! あたしは女の子なんだから加減しなさいよゼルド~!」
リュウトは黒焦げになった絨毯を見た。絨毯というよりもはや巨大なすすの塊だ。これは掃除が大変そうだ。
「泣いていても一ミリも同情できない。流石ラミエルだな……」
「ああ~ん!」
「ぞなっ、なんで我まで……。ラミエルといるといつもとばっちりを食らうぞな……!」
「売られたケンカを買う方も悪い! バカの煽りは無視に限る!」
ゼルドはスパッと言い切った。
「でも、でもっ! 言われたまんまは悔しいぞな~!」
「ゼルド! バカってもしかしてあたしのことぉ?」
「他に誰がいる!」
リュウトはもう一戦はじまりそうな気配を察し、絨毯のことを考えることにした。
「う~ん。インテリアにこだわりがある方ではないけれど、絨毯がないとなんだか落ち着かないな~。じゃあオレ、ちょっと新しい絨毯買ってくるよ!」
「あれ? リュート、今日はあたしに怒らないのね? いつもならラミエルはアホだ~って突っかかって来るのに」
「えっ? オレ、そんなんだっけ」
リュウトはラミエルのことよりも、砂漠で出会った少年のことに気を取られていた。
勇者と呼ばれるようになってから、街の人々から憧れの眼差しを向けられることが多くなった。
けれど、自分が勇者だとは思えない。
もう少し勇者っぽい立ち振る舞いをした方がいいのでは、と考えていたが、考えているうちにどうでもよくなってきた。
じっくり考えてみても、リュウトはリュウトでいることしかできない。
無理に理想の自分を演じるような器用なことはできないし、別にそれでいいと思った。
人々から勇者と呼ばれても、偽らなくてもいい。ありのままでいい。
本当はただの高校生、佐々木リュウトだ。
アリアがリュウトの提案に乗った。
「リュウトさん。わたしも行く!」
「うん、一緒に行こうか」
リュウトがぼーっとしていた間にもう一戦がはじまってしまった仲間たちに向けて言った。
「じゃあちょっと新しい絨毯を買ってくる! 柄は適当に選んでくるよ! いいよね!」
リュウトとアリアは愉快な仲間たちを置いて街へ絨毯を買いに出かけた。
「ふー。『リュートと愉快な仲間たち』は仲が悪いから大変だ!」
「うーん。わたしは逆に、仲が良すぎるんだと思うよ、みんな」
「えっ、そう見えるの?」
「うん」
アリアは笑っていた。
そうかなぁとつぶやくリュウトは、色んな店が並ぶ大通りの道の真ん中でウロウロしている小太りの男性を発見した。
「って、ちょっと待って。アリア、オレ、あの人に見覚えが……」
小太りの男性もリュウトの存在に気が付いた。
「おー! リュートくん!」
「やっぱり! コンメルチャンさんだ!」
リュウトとアリアは久しぶりに会ったコンメルチャンに挨拶をした。
「元気かね」
「うん。コンメルチャンさんは何をしてるの?」
「わしは今は絨毯商をしているんだ。砂漠の国と言えば絨毯だろう?」
「ええっ! 絨毯を売ってるの? ちょうどよかった。オレたちの家の絨毯が焦げてさあ! 新しいものを買いに来たところなんだよ」
「絨毯が焦げる? リュートくんたち、火の後始末には注意した方がいいな」
「うん、火というかいつもの雷が落ちて……。ううん。なんでもない」
今は砂漠の国で過ごしている商才のない商人、コンメルチャンは、釣り大会以降、絨毯売りに転身していたようだった。
「しかし、絨毯売りとしての才能もなかった!」
「え? なんで?」
「タピーショ村という、砂漠の向こうにある村から品物を調達していたのじゃが、この三日間、何故か村と連絡が取れないのだ。おかげで品物は最後の一点。これが売れたら廃業じゃな」
「えーっ、最後の一枚なの! それじゃあ柄の選びようがないね!」
「そうなのじゃよ。商売をはじめるとすぐにトラブルがあってうまくいかない。……やっぱり才能がないんかのぅ」
「コンメルチャンさん、落ち込まないでよ。商売って常にうまくいくもんじゃないから。まあコンメルチャンさんはいつもかもしれないけど……」
「リュートくんは素直じゃな」
「よく言われる!」
リュウトとコンメルチャンが笑いあっていると、少年の声がした。
「すみません、絨毯を一つください」
「はい! まいどあり! ……え?」
「あれ、君は!」
リュウトは絨毯を買おうとした少年を見て驚いた。
「マイク! マイクじゃないか!」
「リュート! なんでここに……」
「すまないね、少年。たった今最後の一つが売り切れてしまったばかりなんだ」
「待って、コンメルチャンさん。オレたちはいいよ。最後の一つの絨毯は、マイクに譲ってほしい」
「いいのかリュートくん」
「うん。オレは必要としている人に行き渡るといいんだ。アリアも……いいよね」
「ええ」
「うーん。それはリュートくんたちも同じだろうに。変わらないなぁ、リュートくんは。それじゃあ少年、代金をいただこうか。十万ゴールドだよ」
「えっ! 絨毯ってそんなにするの!」
と、声をあげたのはリュウトだった。
「あ……」
マイクはかたまっていた。
「少年、お金が足りないのか。残念だけれど……」
リュウトはマイクにこっそり聞いた。
「マイク、いくら足りないの。オレ、出すよ。オレは今はまあまあ金持ちだから遠慮しなくていいよ」
「そんな! リュート、悪いよ」
「マイクは砂漠でアリアのピンチをいち早く見抜いたじゃないか。マイクがいなかったらアリアは怪我をしていたかもしれない。だから、そのお礼をさせてほしいんだ」
「リュート……」
マイクはしばらくうつむいた。
そして考えた後、明るい顔を上げた。
「ありがとう、リュート。ボク、ずっと絨毯を買うためにお小遣いをためていたんだ。今日は恩に着てもいい?」
「いいんだよ。これでオレたち、フェアになったんだよ」
マイクは深々とお礼を言い、コンメルチャンから最後の絨毯を買っていった。
「ふふふ! 大人の余裕ってやつを出せたかな、オレ!」
「リュウトさん……」
「ああ、ごめん……。やっぱり、調子に乗るのはよくないか」
「ううん。違うの。やっぱりリュウトさんはリュウトさんだなあって」
「みんなそう言ってくるけど……。どういう意味なんだろう……。まあいいか!」
絨毯は買えなかったけれど、誰かのためになることができたので結果オーライだ。
『リュートと愉快な仲間たち』は絨毯がないだけでへこたれるような戦士ではないと思いたい。
コンメルチャンと別れると、日が暮れ始めていた。
「……けれど、また明日探しに行かなくちゃなぁ。ラミエルが焦がした絨毯、すごくいい踏み締め感だったんだよな~。同じブランドのものが買えたらいいな」
「そうだね。また明日、一緒に買い物に行こうね」
「あれ……アリア。勘違いだったらごめん。なんだか嬉しそうだね……」
「勘違いじゃなくて、嬉しいんだよ!」
「えっ! なんで?」
「何でもいいでしょ!」
「えー! 教えてくれないの? わ、わかったよ、聞かないよ」
「ふふふ」
アリアは嬉しかった。
リュウトがリュウトらしい振る舞いをするのが。
物事を深く考えないところもあるけれど、放っておいても彼は自然と善い行いをしていくだろう。
そんなリュウトと一緒にいられるのは、安心感と信頼感がある。
きっと愉快な仲間たちも、リュウトの性格に居心地のよさを感じて集まって、離れないのだ。
『リュートと愉快な仲間たち』は、いつも仲良しだ。
今日は知り合ったばかりのマイクの力になることができて、いい気分でリュウトたちは眠ることができた。
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