第104話 吟遊詩人は嘘を吐くの件

 ユカタン島から帰ってから数日が経過した。


 リュウトとアリアは、また二人でエレミヤ城に来ていた。

 今日はカレジャスとナタリーは闘技場にはいないようだった。デシェルト王に挨拶に行くと、広間では大勢の吟遊詩人たちが招聘しょうへいされていた。

 広間の中にはカレジャスとナタリーがいたので、リュウトはカレジャスに状況を尋ねた。


「カレジャス。これは何?」

「ああ。今日は一か月に一回、吟遊詩人たちが歌を披露しに来る日なんだ。リュウトたちも聞いていくといいよ」

「ふーん」


 リュウトとアリアはカレジャスとナタリーの近くの席に座った。

 リュウトは音楽には興味がなかったけれど、こんな日があってもいいなと思い、吟遊詩人たちの歌に耳を傾けることにした。


「デシェルト王は今回招いた吟遊詩人の中で、一番上手だった者にこの国の国歌を作らせたいそうなんだ」

「国歌?」

「ああ。民のこころを一つにするために、歌は欠かせないものなんだと仰っていた」

「ふーん」


 よくわからないけれど、そういうものなのかとリュウトは吟遊詩人たちを見渡した。楽団レベルの人数で参加している者たちや、踊り子を伴っている者たちもいる。

 リュウトは思い付いたことをそのままアリアに話した。


「アリア、この中で楽器に詳しい人がいたら、聖鳩琴を直せるかな」

「うーん? どうだろうね」


 吟遊詩人たちは次々と己の芸をデシェルト王の前で披露していった。

 王城に招かれるほどの実力を持った吟遊詩人たちの演奏は、どれも素晴らしいものばかりで、その歌の内容は、デシェルト王の英雄譚を歌ったものがほとんどであった。


「……」


 だが、無言で聞き続けるデシェルト王の顔色を見るに、どの曲もの英雄王のこころを動かすまでには至っていないようだった。


 吟遊詩人の発表は、最後の一人となった。

 最後の一人は、金色の長い髪を束ねた、不思議な雰囲気を持つ若い男だった。


「では……」


 吟遊詩人の若い男は脇に持っていた片手サイズの竪琴を取り出して、その音色に合わせて歌い始めた。


 吟遊詩人の男が歌った歌は、これまでの吟遊詩人たちの歌とは違い、デシェルト王のことではなく、竜騎士の国の王子のことを題材にしていた。


『竜騎士の国の美貌の王子。私利私欲のために国王を暗殺し、この大陸に暗黒の影を落とすため、闇の魔導師と徒党を組んだ。やがて彼らは世界を混乱に陥れる戦争をはじめるだろう。竜騎士の国、リト・レギア。正義の国も落ちぶれた。国民は偽りの正義を胸に、暗愚の王を妄信する。聡明と名高かった王子のこころは今やかげり切っている。毎晩違う美姫を抱き、酒と賭けと暴力ちからに溺れ、反抗する者は処刑する。闇に堕ちて、盟主だった頃は影もない。野望を阻止せんとする者は彼の手により直々に屠られるだろう。妹王女の姿を見た者はいないのが何よりの証拠……』


 歌い終わると、広間に集まっていた貴族や兵士たちはざわついた。


 吟遊詩人の歌と演奏は、他の吟遊詩人たちの追随を許さないほど完成度が高く、場の雰囲気はすっかりあの若者に飲み込まれてしまった。

 演奏が終わると、これまでで一番大きな音の拍手で迎えられた。


「なんと素晴らしい……」

「見事な歌だった」


 そんな中、アリアだけは顔を真っ赤にして怒っていた。


「なんて……! なんていうでたらめを……!」


 吟遊詩人が題材にした竜騎士の国の王子に、事実とは違う内容があったことが彼女を怒らせたのだ。

 王を殺害し、闇の魔導師と同盟を組んだのは確かにその通りだ。

 だがソラリスは、異性、酒、金、暴力などに溺れるほど自制心のない男では決してない。


「アリア……オレたちはわかってる」

「リュウトさん……でも」


 デシェルト王は立ち上がった。


「素晴らしい演奏だった! 決めた。この者に、砂漠の国の歌を書かせる!」


 若者は膝をついて、謝辞を述べた。


「光栄でございます」


 その光景に、アリアは二重にショックを受けたようだ。


「デシェルト王まで……ひどい……」


 アリアはたえきれず広間を飛び出した。


「待ってよアリア!」


 アリアはエレミヤ城の中庭で、怒りに身をふるわせていた。


「悔しい!」

「アリア……」

「ソラリス兄様は……! こわい人だった。だからもう、二度と会いたくない……。だけど、好きだった。わたしは兄様を好きだったときがあった!」


 アリアはソラリスに対して、一言では表せない複雑な気持ちを抱いているんだな、それは仕方ないよな、とリュウトは何も言えなかった。


「でも今は……。でも、それでも! 事実ではないことを言われているのには納得がいかない!」


 リュウトは言葉を慎重に選んだ。


「アリア……。難しいことだけど……。でも、アリアの中でそういう気持ちがあるって大事なことだとオレは思うよ」

「リュウトさん!」


 アリアは悔しさが爆発し、目の前にいたリュウトにしがみつくように抱き着いた。


「リュウトさん……! わたし、悔しいよ! リト・レギア王国とソラリス兄様を侮辱されたこと。デシェルト王は真実を知っているのに、あの吟遊詩人を認めた! どうして王は……!」

「アリア……」

「悔しい、悔しい……!」


 リュウトをぎゅっと抱きしめ続けていたアリアは、ふと我に返った。


「えっ! えええ! わ、わたし、いきなり抱き着いちゃってた……! ご、ごめんなさい、リュウトさん!」


 勇気がでないからできないと思っていたことが、こんなことで実現してしまった。


「え? ……別にいいんだけど……。前にもあったし」


 リュウトは全く気にしていない様子が、アリアをさらに恥ずかしくさせた。


「こっ! ここここの勢いがあればっ! わたしにだって、できることはあるんだからっ!」


 アリアは、リュウトにきっぱりと言った。


「わたし、あの吟遊詩人さんに文句を言いに行くっ! 嘘をつかないように約束させるわ!」

「えええっ!」


 リュウトが驚いている間にも、アリアはずんずんと歩き出してしまった。


「アリアがあんなになるなんて……これは、ヤバいぞ!」


 リュウトはアリアを追いかけた。

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