第102話 浴衣の島で一休みの件
リュウトとアリアが二人で買い物に出掛けていると、カレジャスとナタリーに偶然出会った。
カレジャスとナタリーは二人で一頭の馬に乗っていた。カレジャスが手綱を引き、ナタリーが後ろに乗っている。
「あれ……。カレジャスとナタリーだ」
「本当だ」
「やあ、リュート、アリア」
「馬に乗って、これからどこかに行くんですか?」
「そう。これからわたしたち、デートに行くのよ。ユカタン島に!」
ナタリーは嬉しそうだ。
「ええ~? ユカタン島?」
「どうしたの? リュウトさん」
「あ、いや、ちょっと。ユカタン半島ってところが、オレのいた世界にもあったような気がするんだよね~。まあ、別のところだろうけど」
「へえ。そうなんだ」
ナタリーはリュウトとアリアに微笑んだ。
「ユカタン島はすごく面白いところよ。独自の文化が発展していて、ここにはない珍しいものばかりなの。景色もいいしね。そうだ! リュートたちもいらっしゃいよ。きっと楽しいひと時が過ごせるはずだわ」
リュウトとアリアは顔を見合わせた。
「どうする? リュウトさん」
「特に急ぎの用事も今のところないし。……みんながよかったら、行くか!」
「う、うん!」
アリアは嬉しかった。砂漠の国に来てから時間は経ったが、まだ行ってないところも多い。リュウトともっとたくさんの場所に出掛けたいと思っていた。
「それじゃあわたしたちは先に行ってるわね。また会えたらいいわね! それじゃあね」
カレジャスたちは馬を走らせて行ってしまった。
「カレジャスとナタリー……。デートなんだ……」
リュウトとアリアは家に帰って、待っていた仲間たちにカレジャスたちから聞いたユカタン島のことを説明した。
「ユカタン島? いいわねーっ! 行きましょ!」
「行くぞなーっ!」
仲間のうち、ゼルドだけがユカタン島について知っていた。
「ああ、あそこか。あそこは確かに面白いかもな」
「あれ? ゼルドは行ったことがあるの?」
「そりゃああるさ。若い頃の話だがな」
「へえー」
満場一致で、みんなで行くことになった。
「それじゃあ、出発よーっ!」
今日も元気いっぱいのラミエルが仕切った。
一行はさっそくドラゴンに乗って東へと向かった。
* * *
「カレジャスとナタリーは飛竜を持っていないけど、どうやって島に渡るんだろう」
「島に行けるように、港から渡し船が出てるんだよ。すごく小さな木造船だがな」
リュウトの質問にゼルドが答えた。
「船か。どうする? ドラゴンに乗って島まで行った方が早いと思うけど」
「せっかくなんだから、船に乗りましょうよ!」
「乗りたいぞなーっ!」
「わたしも乗ってみたいかな」
数時間空を飛び、大陸の東の果てまでたどり着いた。
ゼルドが言った通り、小さな港から渡し舟が出ていた。
島は港からも見えるくらいの近さだった。
「おおっ。変わんないなぁ、ここは」
リュウトは渡し舟を見て、驚いた。
渡し舟に乗っている船頭たちは、みんな着物を着ていた。
「ええっ! あれって、着物だよね! まるで日本みたいだ。それも、江戸時代くらいの……」
「どうした? リュート」
「えっと、オレが住んでた場所の文化によく似てて。懐かしくて、嬉しいんだ」
「そうか」
渡し舟は小型だ。船頭から、四人が同時に乗ることはできないので半々に分かれてほしいと頼まれた。
「半々……」
アリアが一瞬反応したのをゼルドは見逃さなかった。
「じゃあっ! あたしとアリアで一緒に乗って、男は別で……」
元気のいいラミエルの口をゼルドが抑えた。
「リュウトとアリアの二人で乗れよ!」
「えっ? あっ、うん」
リュウトとアリアはゼルドに言われて小さな渡し舟に乗り込んだ。船の上は不安定で、ひっくり返りやしないかとハラハラする。
「ちょっとゼルドなんでよーっ! あたしと一緒に乗りたいなら素直に言いなさいよーっ!」
「ラミエルさんよぉ……。お前は本っ当に……。いや、なんでもねえ」
「何よゼルド! はっきり言いなさーい!」
ゾナゴンはゼルドの肩に乗った。
「我はこんな雷女と一緒にいたくないぞな~……」
「ゾナゴン、それはオレも同感だ」
船はユカタン島に向けて出発した。
シリウスと風竜は空を飛んでリュウトたちについてきた。
「くぅぅ。アリアが。あたしのアリアが。リュートと二人っきりなんて。リュートってスケベだから何を企んでるかわかったもんじゃないわ! ああ……可哀想なアリア……」
「リュートがスケベなのは否定しないぞなが……。親友を名乗るくせにアリアの気持ちもわからないとは。ラミエルはどうしようもないアホぞな! わははは!」
「何が? どういう意味よゾナゴン!」
「やれやれ……。リュートはしっかりした奴だけど……。他はなあ。なんだか一気に三人も子どもが増えたような気がするな……」
「ゼルド? それはどういう意味ぞな?」
「いーや。なんでもねえよ」
ゆっくりと島に向かう船の上で、アリアはゼルドの計らいに、ありがたく感じつつも気恥ずかしさを覚えていた。
「ユカタン島、楽しみだな~っ!」
リュウトはそんなアリアの心境を気付いていないようだった。
「う、うん! そうだね」
アリアは、船の上でぼーっと考え事をしていた。
砂漠の国に行くと決まってから、リュウトにワガママを言って無理をさせていることがつらかった。
何度も申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
けれど、それなら、その分以上の楽しい思い出をこれからいっぱい作っていけばいい。申し訳ない気持ちを感じて暗くなるより、今を楽しもうと努力していった方がいい。
リュウトと二人きりは楽しい。だからこそ、リュウトにも楽しい気持ちを感じていってほしい。
リュウトははじめて出会ったときから、いい意味で面白い人だったけど、出会ったときから変わらずやさしいし、今はアリアより強くなった。
明るく、やさしく、前向きに努力していけるリュウトのことを、アリアは尊敬していた。
あんまり考えて無さそうに見えて、人一倍気遣いができる。
異世界の人は、みんなリュウトのような人ばかりなんだろうか。
それとも、やさしくて、素直で、目標に向かって真っ直ぐ進んでいけるこころを持っているから『選ばれた』のだろうか。
答えはわからない。
けれど、今、わかっていることは。
――リュウトさんと一緒にいられて……
「幸せ……」
アリアは海の真ん中、小さな船の上でこころの声が漏れてしまっていた。
「って、あ!」
――は、恥ずかしい!
「えーっ!」
アリアのこころの声はリュウトにしっかりと聞かれていた。
「えーっと! えーっと! そ、そっか。オ、オレも。……その……幸せ、だよ」
その答えが聞けたアリアの顔には、みるみる幸せが広がっていった。「きゃー好き!」と言いながらリュウトを抱きしめたい衝動をグッとこらえていたら、あっという間に島に到着した。
「上陸! ユカタン島~!」
ラミエルたちも島についた。
「って、ふーん、別に普通の島だけど?」
ユカタン島をみんなでキョロキョロと眺めていると、カレジャスとナタリーが出迎えた。
「来たわね!」
「カレジャス! ナタリー! って、え?」
カレジャスとナタリーは浴衣に身を包んでいた。
「ええっ、それ、浴衣……ですよね?」
「そう。ユカタン島では、民族衣装が着られるの!」
「ゆっ……ユカタン島だけに? な、なんて安直な!」
リュウトが仰天していると、リュウトの後ろからラミエルがひょっこり顔を出した。
「へー! 浴衣っていうの? あたしたちも着たい着たーい! どこで着られるの?」
「無償で貸し出ししてくれるお店があるの。案内するわ。こっちよ!」
ナタリーに連れられて、浴衣を貸出する店の前まで来た。
店には百点を超える浴衣が並んでいる。
ラミエルとアリアは顔を輝かせた。
「わーっ! この中から選ぶのね! 可愛い柄が多くって、迷っちゃう!」
「どれにしようかなぁ……」
「アリアに似合う柄をあたし、選んであげるわ! こういうの、センスあるんだから!」
「そうだね。ラミエルはセンスがいいよね」
「えっへっへー。あたしにまかせて!」
カレジャスもリュウトたちにも着替えるように、うながした。
「リュートたちも着替えなよ」
リュウトは照れて遠慮した。
「はっ、恥ずかしいからいいよいいよ!」
そんなリュウトの肩をゼルドが笑いながら叩いた。
「みんな浴衣だからな。着替えてないと浮くぞ?」
「えー……。じゃあ、着ようかな。久しぶりだよ……中学二年生のとき以来かも」
「ははは。若いうちに楽しめるものはじゃんじゃん楽しんでおけよ! 年をとったらできなくなることが多いからな」
「人間はいいぞな! 我なんか、浴衣を着ようにもサイズがないんだぞな!」
リュウトが着替え終わると、女子たちも試着室から出てきた。
「じゃーん! 似合うでしょ!」
ラミエルは本人のイメージそのままの水色と黄色の雷模様の柄の浴衣を着ていた。
「ちょっ……。ラミエル……。そんな柄、よくあったな」
ラミエルの後ろから、アリアが出てきた。
アリアは、赤色の地に大きな白い百合が描かれている浴衣だった。
「アリア……」
「どう? この浴衣はラミエルが選んでくれたんだよ!」
アリアの可愛らしい浴衣姿を見られて、ユカタン島に来てよかったとリュウトは感謝した。
「うっうっ。来てよかった……来てよかった……」
「えっ。リュウト、何よその反応は……」
「アリアが可愛すぎる……」
「リュウトさん……」
「それはそうよ! あたしの感性とアリアの可愛さが掛け合わされば無敵よー!」
ゾナゴンとゼルドもうなずいた。
「アリア、似合ってるぞな!」
「アリアが優勝だな!」
「ちょ、ちょっと、みんな……ほめ過ぎだよ」
浴衣に着替え終わると、みんなでユカタン島を散策に出掛けた。
外は日が暮れて薄暗くなってきたところで、島民がちょうちんのロウソクに火を付けていた。
ユカタン島の景色は、リュウトを驚かせた。
屋台が並び、日本のお祭りの夜店のような長い街道が続いている島だった。
的当てに金魚すくい。わたあめやイカ焼きなども売っている。
海岸では、魔導士たちが魔法を空に放っていた。魔法は夜空ではじけて、さながら打ち上げ花火のようだった。
「わーっ。魔法の花火だ! キレイだなぁ」
「あたしも混ざってくる!」
ラミエルは走り出してしまった。
「えっ! ラミエル! 魔導士の皆さんに迷惑をかけるなよ!」
「わかってるわかってるー!」
「我も行くぞなー!」
ラミエルとゾナゴンは魔法をあげて楽しんでいた。
浴衣を着た人々に、お祭りの風景。まるで、日本に帰って来ることができたような錯覚がする。
「すっげー楽しいな、ユカタン島……」
楽しそうな表情で歩くリュウトを見られて、アリアは嬉しかった。
「そうだね。楽しいね」
ひとしきり遊び終わると、集合した仲間たちをナタリーが次の場所へ案内した。
「みんなの分の宿を取ってるわ。宿は、温泉付きよ!」
「えっ! 気が利くじゃないナタリー!」
「ふふふ。ラミエル、一応わたしはあなたの先輩なんだけれど……。かたいことは言わないわ!」
「行く行くぞな~! やっほー!」
「大変な冒険続きだったから、たまにはいいよな。こういう羽伸ばしって」
リュウトは温泉旅行が好きだ。大人になったら、日本全国の秘湯巡りをしてみたいと考えていたこともある。その夢が叶うかどうかはわからなくなってしまったが、異世界で温泉に入れるという体験には、こころを動かされる。
「それにしても温泉か。そういえば日本のアニメってストーリーの本筋には関係ない水着回と温泉回ってあるよなー。あれって、意味あるのかな」
などと独り言をつぶやいていると、ゾナゴンが肩に飛び乗った。
「リュートからスケベの気配がしたぞなもし!」
「ち、ち、ち、違うよ!」
「顔が赤いぞな! スケベぞなー! スケベぞなー! きっと温泉と聞いて、混浴できると思ったぞな!」
「ち、違うって言ってるだろ! スケベのゾナゴンにスケベって言われたくないよ!」
リュウトは肩に乗ったゾナゴンを掴んで地面に投げつけた。
「ぞえっ」
一同は、宿に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます