第101話 壊れた聖鳩琴の件

 佐々木リュウトと旅の一行が砂漠の国で生活をはじめてから一か月。

 仲間の勧めで参加することになった釣り大会で、百万ゴールドと一千万ゴールドをたった一日で手に入れて、リュウトは大金持ちになってしまった。


「こんなことってあるんだなぁ」


 リュウトは空を眺めてつぶやいた。

 するとゾナゴンが肩に飛び乗った。


「こんなことってあるんだぞな。幸運はいつ訪れるかわからない。だから人生は楽しいぞな。だけど、この幸運はリュートの実力ぞな。実力がなれけば得られなかった幸運ぞな。だから、胸を張るぞな! リュートはすごいぞな!」

「へー! めっちゃ褒めてくれるじゃん、ゾナゴン……」


 大金を手にしたリュウトたちは、まずはみんなで装備を新調した。

 リュウトは扱いやすいショートソードとショートランスから、上級冒険者が扱うシルバーソードとシルバーランスへと買い替えた。

 アリアとラミエルは杖と魔導書を買った。

 ゼルドは遠慮して何も買わなかった。

 おもちゃをねだるゾナゴンには、何も買わなかった。


「結構使ったと思ったけど、まだまだ全然余ってるな~。まあ、急いで使うこともないか」


 大金を手にして嬉しくないことはないが、多すぎても不安になってくる。かと言って、良い使い道も特に思いつかないしで、リュウトは大金を手に余らせてしまっていた。


 今日も何事もない一日が過ぎて、夜になると、アリアが聖鳩琴を持ってどこかへ出かけた。

 リュウトは少し迷って、アリアの後を追いかけた。


 アリアは街の外れ、満月が浮かぶ夜空の下で、聖鳩琴を吹いた。

 だが、壊れた聖鳩琴からは音がしない。


「やっぱり……壊れたまま……」


 リュウトがアリアに追いついた。


「アリア!」

「リュウトさん?」


 リュウトは頭をかいた。

 月夜に照らされてアンニュイな表情を浮かべるアリアにドキリとしてしまった。

 士官学生時代に、満月の下で祈りを捧げるアリアの夢を見たことがある。

 そのときのことを思い出したら、照れ臭くなってしまった。


「……いい曲だよね。風竜と出会ったときや、闇の魔導師たちの塔の上で吹いていた曲と同じだよね」


 アリアは不思議だった。


「リュウトさんには、聖鳩琴の音色が聞こえているの?」

「え? うん。その音が聞こえてきたから、マギワンドでアリアに再会できたんだ」

「……。聖鳩琴は、落として壊れちゃったの……。だから、今この聖鳩琴を吹いても、わたしには音が聞こえない……」

「あ……。そういえば、ラミエルも聞こえないって言ってたな。ゾナゴンが、ドラゴンにしか聞こえないって……」

「リュウトさん……」


 リュウトは打ち明けるべきか迷った。

 できる限りアリアの前で暗い話題を出したくなかった。

 しかし、伝えることにした。

 大事な内容は、アリアには伝えておくべきだと思った。


「そういえばさ、オレ……。竜になったことがあるみたいなんだ。学生時代、同級生が嫌なことを言ってきてさ。そのとき、オレ、頭に血がのぼって……気が付いたら、みんな倒れていて……。って、なんだか中二病っぽいっていうかまんま中二病だけど、嘘じゃないんだ。本当なんだ。背中にドラゴンの痣があって、それが光って、ドラゴンになってたみたいなんだ。オレ……いつかこの背中の痣に身体を乗っ取られて、竜になっちゃうのかな……。それとも、もう……」


  リュウトは小さくため息をついた。


「って、あ! オレらしくないよね! こんな話! ごめん、アリア! 今の忘れて!」


 無理して笑うリュウトに、アリアは何も言えなかった。


「……」

「アリア……。聖鳩琴を、もう一度吹いてくれないか。落ち着くんだ、その音色……」

「うん、いいよ。……この曲は、昔、兄様が歌ってくれた歌なの。わたしが幼かった頃、眠れなかったときにね、歌ってくれたんだ……。その頃の兄様はやさしかった。そのやさしさは偽りだったと知ってしまったけれど……。それでも、兄様がわたしにしてくれたことは嬉しかった……」


 リュウトはまた頭をかいた。


「オレは……こういうことをアリアに言うのも違うことはわかってるんだけど……。やっぱり多分、ソラリスはアリアのことを憎んではいないと思うんだ……。アリアのことを本当に憎んでいたら、きっとモイウェール王と一緒に……その……。だからさ、いつか、落ち着いたら戻れるよ。リト・レギア王国に。ソラリスとも、きっと仲のいい兄妹に戻れるよ」


 アリアはうつむいた。


「……リュウトさんは戻りたいの? リト・レギア王国に」

「そ、そんなことはないよ。砂漠の国は住み心地がいいし……みんなと一緒にいると楽しいしさ!」


 リュウトも目をそらした。

 リュウトの顔を見て、アリアは察した。

 リュウトは嘘をついている。

 リュウトは竜騎士の友人たちといる方が、楽しそうな表情をしていた。

 リト・レギア王国で暮らしている方が、リュウトは自分に嘘をつかずに済む。

 

 ――わたしは、リュウトさんに無理をさせている。


 リュウトはいつも、やさしいから嘘をつく。

 傷付けないように、落ち込ませないように、必ずフォローに入る。

 やさしいリュウトに、嘘をつかせている。

 リュウトのやさしさが嬉しくも、せつなくもある。


「……それじゃあ、吹くね」

「うん……」


 アリアはもう一度聖鳩琴を吹いた。

 アリアには聞こえない。

 だが、アリアの吹く聖鳩琴の音色は、リュウトのこころを癒した。


「……落ち着くな、やっぱり……」


 そんなリュウトとは正反対の気持ちをアリアは感じていた。


 ――こころが……痛い。リト・レギアには戻りたくない。けれど、ゼルドは逃げられないと言っていた。自分の運命からは逃れられない、と。リト・レギアにはいつかきっと戻る日が来る。


 リュウトはその日を嬉しい気持ちで迎えるのだろうか。それとも――。


 ――だけどせめて、今だけは。今だけは幸せに過ごしたい。


 リュウトと一緒に――。


 リュウトとアリアは、二人で満月を眺めた。

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