第100話 太公望リュートの件

 日没ギリギリに、リュウトたちは倒した龍を引っ張って、砂漠の入り口に戻ってきた。


「コンメルチャンさん! 見てくれよ! って、あ?」


 コンメルチャンは砂漠の国の英雄王、デシェルトと話し込んでいた。


「えっ! デシェルト王、何故ここに?」


 デシェルトは帰ってきたリュウトたちに気が付いた。

 そしてリュウトたちのところまで歩み寄り、声をかけた。


「リュート。その龍は……」


 デシェルトは龍を見て驚いた様子だった。


「あ、そうです。デシェルト様が片髭を斬った、あの龍です」


 デシェルトは言葉を失った後、大きな声で笑った。


「はははは! これは面白い!」

「えっ!」

「いや、失礼。わたしは龍が出没した噂を聞きつけて、この砂漠に来たのだ。しかしその龍を、まさかリュートたちが先に倒していたとは! これが笑わずにいられるか! はははは!」


 リュウトはよくわからなかったが、デシェルトが楽しそうなのでよかった。


「この龍がダナギル砂漠に棲む魔物たちを食っていたようなんだ。龍が突然現れたことに砂漠の国の民は動揺していたが、これで二重に安心だろう。よくやった、リュート!」


 デシェルトに褒められてリュウトは誇らしい気持ちになった。


「自然ってすごいなー。魔物が自然かはわからないけど、雄大で壮大で……。色んな生き物がいて、環境に適応して暮らしていてって……今はそんなことより!」


 リュウトはコンメルチャンに向かって言った。


「コンメルチャンさん! この龍の長さをはかってよ!」

「いやいや、測るまでもないよ。こんな巨大なものを釣り上げたのはリュート君たち以外にいないよ。リュート君、君たちが優勝だ! おめでとう!」


 コンメルチャンの言葉と同時に、周りの冒険者たちもリュウトたちに声援を送った。


「すごいぞー!」

「流石だー!」

「文句なしの優勝だー!」

「ヒューッ!」


 冒険者たちの拍手と歓声に包まれて、リュウトは照れ臭くなった。


「うへへへへへへへ。照れるな~!」


 リュウトが頭をかいていると、コンメルチャンが言った。


「うむ。見事だリュート君。この朗らかな性格にて、この腕っぷし。君こそまさに釣り名人。今日から君は、太公望リュートだ!」

「た、たいこーぼー? えっ、なにその肩書は。そんな肩書いらないよ。オレは竜騎士リュートだよ」


 コンメルチャンの代わりに、デシェルトが答えた。


「太公望とは、釣り好きの勇者に贈られる称号だ。とても名誉なことだぞ」

「そうなんですか。って、え? 勇者?」

「そうだ。お前はみんなから認められた勇者だ。龍を倒すなんて、普通の冒険者ではできないことだ。だから今日からお前は勇者だ! おめでとう、勇者リュート!」

「ゆ、勇者……! オレが、勇者!」


 リュウトは仲間を振り返った。


「ま、そういうこった!」

「リュウトさんは本当に頑張ったよ」

「みんな、わかってるぞな!」

「ラミエル様の力もあるってことを忘れちゃダメだけど、あんたは誇っていいと思うわ! 自分の行いに」

「み、みんな……」


 仲間たちは『太公望リュート』、そして『勇者リュート』の健闘を称えた。


 コンメルチャンは大きなカバンを取り出した。


「それでは、優勝賞金を渡そう。百万ゴールドだ」


 リュウトはコンメルチャンからカバンを受け取った。

 カバンからは、嬉しい重みを感じた。


「うっわ……。夢みたいだ。夢じゃないよな? オレ結構悪夢ばっかり見るから、現実はいいことばっかり起きてほしいんだよ。くぅう、嬉しい……。二十五万ゴールドは一瞬で消えてしまったけど、そんなことは大したことなかったって思える額だ……嬉しい、嬉しい……」


 喜ぶリュウトに、デシェルトはさらに嬉しい知らせを届けた。


「リュート。あの龍には報酬金がかけられていた。だからその分の賞金も受け取るがいい」

「賞金?」

「龍を倒した者に一千万ゴールド贈られることになっていた。だから一千万ゴールド、お前のものだ」

「いっせ……!」


 リュウトは言葉を失った。

 あまりの額に、想像力がついていかなかった。


「嬉しい……嬉しい……夢じゃない……夢じゃない……」

「はははは! 泣くほど嬉しいか」

「砂が目に入ったんです……う、嬉しい……」

「はははは!」


 ゼルドはアリアに告げた。


「アリア。お前の想い人は、本物の勇者だったな」

「うん」


 嬉しくなったリュウトは振り返ってアリアに手を振った。

 リュウトは嬉しいことがあったら真っ先にアリアに報告したくなる。


「アリアー!」


 アリアはリュウトに手を振り返した。


「一番好きな奴から一番に想われてる。幸せだな、アリアは」

「うん! リュウトさんは、本当に素敵な人。強く、真っ直ぐなこころを持った、本物の勇者。わたし、そんなリュウトさんのことが……」


 言いかけて、アリアはやめた。

 今は頑張ったリュウトを最大限ねぎらいたい。


「おめでとう! リュウトさーん!」


 アリアは満面の笑みでリュウトに手を振った。


 仲間たちが何よりも嬉しかったのは、みんなで協力して、大きなことを成し遂げたことだ。

 仲間たちはリュウトのもとに集い、祝い、称え、もみくちゃになりながら喜んだ。


 リュウトは異世界に来て、色んなトラブルに巻き込まれて、大変だったことも少なくはなかったが、それ以上の達成感、幸福感を、この異世界に来たからこそ味わうことができた。

 尊敬する仲間たちとの出会いや、別れ。最高に楽しかった思い出や、理不尽な出来事。そして、リュウト自身のどんなことからでも学び、進んでいこうとする意志があったから、勇者と呼ばれるほどのことができた。


 リュウトは夢や希望に胸を弾ませていた。

 これからどんな冒険が、どんな人たちとの出会いが自分を待っているんだろう。

 楽しいことばかりではないことはわかっているが、恐れはない。

 情熱と、ユーモアと、楽しむこころがあれば、どんな場所からでも道を切り拓くことはできる。

 今は、そう信じられる。

 これまで努力してきた自分の力を信じているし、信頼しあえる仲間もいる。

 この胸のドキドキとワクワクを信じて、どんなことでも恐れずやってみよう。

 きっと、いや、必ず。成長していくことができる。

 大陸一の、世界一の、そして、これからもずっとそばで守っていきたいアリアの一番の勇者として、成長していけることを、信じている。


 リュウトの冒険は、まだ、はじまったばかりだ。

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