第98話 砂漠の海で釣り大会!4の件

 ダナギル砂漠の西側では、リュウトたちが大物魚型魔物を釣り上げるため、奮闘していた。


「コンメルチャンさんにもらったこのゴカイを針に通して……。よし、できた」


 リュートは釣糸を地面に落とした。

 巨大ゴカイも魔物の一種で、地面に落とされたゴカイは砂の奥にどんどん潜っていった。

 このゴカイが魚型魔物を呼び寄せ、釣竿に魔物がかかったら一気に引き上げる。それが魔物フィッシングだ。

 正直に言えば、魔物なんて釣りあげたくない生き物堂々の第一位だとリュウトは思うが、優勝賞金百万ゴールドは欲しい。


「不思議な生態だよなぁ。砂の中で生きる魚型魔物なんてさ。砂漠で釣りなんて絵面がシュールすぎるにもほどがあるよ」


 だが、リュウトたちにはドラゴンがいてよかったなと思った。周りの冒険者たちは、馬や徒歩でこの大会に参加しているのだから。ぼーっと歩いていたら魔物に足を食われていた、なんてこともこの砂漠ではよくあることらしい。ドラゴン上での釣りは確かに有利だった。


「リュート、気色悪っ! よくそんなものを素手で触れるわね。あんた一生このあたしに触れないでよね!」


 リュウトはラミエルの発言にムッとした。


「別にラミエルに触れなくて困るようなことないし。っていうか、ラミエルが急に触ってくるとたまに静電気がぱちってきて嫌だからむしろ触らないって言うのならぜひそうしていただけると助かります」

「キィイー! 何よその言い方! ムカつくわ!」

「またラミエルの『キィイー!』が出たぞな。それ、何回言うつもりなんだぞな?」

「何よ! ゾナゴンだってゾナゾナ言ってるじゃないのよ! 本当はぞなって言わなくてもしゃべれるんでしょー?」

「やかましい女ぞな。チャーミングな我の語尾を愚弄ぐろうしてはいかんぞな」

「チャーミング枠はラミエル様だから! そこは譲らないから!」


 またゾナゴンとラミエルのケンカがはじまった。

 ラミエルがシリウスに乗ると決まってから目に見えていた光景だった。


「はああ~……。本当にうるさい……。これがアリアだったらなぁ……。穏やかで楽しい時間を過ごせたのに! アリア、楽しくやってるかな」


 ダナギル砂漠の日差しは厳しくなかった。砂漠の国ザントには乾燥帯がいくつかあった。だが、場所によって気候が様々なので、念入りに調べてから気候ごとの対策をして向かった方がいいと数週間の砂漠の国の暮らしから学んだ。魔法の国マギワンドへアリア救出に行った際は、そんなことを知らず、日差しの厳しい道のりを通ってしまっていた。


 入口を出発してから数時間が経過していた。しかし、釣れる気配がない。


「あーん! ひまひまひまひまひまひまひまひまーっ!」

「ラミエル、うるさい」

「うるさくないもん! 暇なのは事実なんだもん!」


 ラミエルはリュウトの後ろに乗るのははじめてだった。

 アリアの後ろに乗るより、前方の視界が狭い。

 ラミエルはリュウトの首筋をじっと眺めた。


「う~~~~ん」


 リュウトが真剣に砂漠を眺めていると、後ろから突然、首筋に息を吹きかけられた。


「ひゅっ! ふわぁあああっ!」


 リュウトは驚いて情けない声が出た。

 首筋に息を吹きかけた犯人は案の定ラミエルだった。


「な! な、な……何するんだよ、いきなり!」


 首の裏が弱いリュウトは突然のことに鳥肌が立った。

 ラミエルはきょとんとして悪びれることもなく言いのけた。


「アリアがリュートはいいにおいがするって言ってたけど、たしかにリュートって臭くはないわよね」


 リュウトは片手で首裏を隠しながらドン引きした。


「きっ! 気持ち悪い! 人の匂いを嗅ぐな! そして感想を言うな!」

「何よ! このラミエル様に向かって気持ち悪いですって?」

「ああ、気持ち悪いね! ゴカイよりずっとな!」

「ゴカイより気持ち悪い? このあたしが? リュート、あんたって本当に最低ね! デリカシーのない男!」

「最低ってラミエルに言われたくないよなー!」


 ラミエルのくだらない思い付きのせいで、リュウトとラミエルは口論こうろんに発展した。


「やれやれぞな。ケンカは同じレベル同士でしか発生しないんだぞな~」

「それを言うなら、いつもケンカしてるゾナゴンもじゃないか!」

「リュート、ひどいぞな! リュートは我をラミエルと同じレベルだと思ってるぞなもし? ひどいぞなひどいぞな! ふぇえん……!」


 ラミエルは怒るし、ゾナゴンは泣くし、魔物は釣れないし、怒りたくて泣きたいのはこっちの方だよ、とリュウトは思った。


「あーもう、めちゃくちゃだよ……」


 それから数十分後。


「よしっ! かかった! ……ってこれ、大物だー!」


 リュウトの釣竿にはじめて当たりの感覚が来た。そして、リュウトは釣竿を思いっきり引き上げた。

 針の先には、二十センチほどのエビ型の魔物がかかっていた。


「エビ! しかも小さい!」

「ぎゃはははは!」


 ラミエルは大笑いした。


「大物だって! 大物だって~!」


 小バカにするラミエルをリュウトは無視した。


「ラミエルの挑発には乗らない。乗る必要はない。こころを落ち着けるんだ。釣りに大切なのは、無心になることだ。あらゆる煩悩ぼんのうを切り離し、無に、無に――」


 リュウトはエビを刺した釣り糸を砂漠の海へ垂らした。

 エビは砂の中へ潜っていった。

 それから数時間、何事もなかった。


「は~あ。強い魔物がいっぱい出るなんて嘘じゃない。西側にはいないのかしらね。ということは、アリアの方は大変だったりするのかしら? ああ! アリアと一緒にいられないなんて! そしてこんなむさくるしい男たちと一緒にいなくちゃいけないなんてっ! あたしは悲劇のヒロインなんだわーっ! ああ~ん」

「つまらない嘘泣きをやめるぞな」

「何よっ!」

「しっ! みんな静かにしろ! かかった!」


 リュウトが釣竿を引き上げた。


「お!」


 赤色の魚型魔物が釣れた。

 魔物は五十センチほどの大きさだった。


「なかなかいいんじゃない?」

「リュート、やるぞなね~」

「あ、これ、タイだ。タイみたいな魔物だ。ふふっ」

「ホントぞな!」

「へへへ……。これぞまさにエビでタイを釣る、だな……」

「ねえリュート。それの何が面白いの?」


 リュウトはラミエルを無視した。


「エビでタイを釣れるなら……タイは何を釣れるだろうか……」

「リュート。釣りに必要なのは無心ではなかったぞな? 欲望丸出しぞなね」

「何事にも果敢かかんにチャレンジしていく精神が大事なんだよ!」

「物は言いようぞな」


 リュウトはタイがかかったまま、糸を砂漠の砂の上に降ろした。


「どうだ……! タイよ! 大物を、大物を……引き寄せろ! 百万ゴールド、百万ゴールド……!」

「無欲から程遠い男ぞな。そこがリュートのいいところぞな~」

「静かにしていてください」

「ひっ……。しゃべり方がこわいぞな……丁寧語で怒るのはこわいからやめるぞな!」

「はーあ。バカみたい。こんなに退屈なら、ショッピングにでも行けばよかったわ~」


 ラミエルがあくびをすると、シリウスがガクンと下がった。


「ええっ」

「おおっ! かかった……って、あっ!」


 釣竿には、今までにない手応えがあった。


「ぐおおおおっ? やっ! ヤバいっ! 大物すぎる奴が釣れてるぞこれ……っ!」


 竿にかかった魚は、重すぎてシリウスまで引っ張ろうとする勢いだ。


「リュ、リュート……。釣竿を放した方がいいぞな……あれを見るぞな……」

「え?」


 ゾナゴンに言われたところをリュウトが見ると、砂漠の中から、三角の物が飛び出しているのが見えた。


「あれって」


 リュウトは三角のソレを、映画でしか見たことがなかった。


「もしかして」


 リュウトの頭の中には、有名なテーマ曲が流れていた。


 ジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッ――。


「サメだ!」

「サ、サメぞな……!」

「サメーーーーーーェエエッ!」


 三人はそろって絶叫した。


「ギャーーーーーーッ!」


 サメ型の魔物は、砂の海を泳ぐ速度を速めた。


「うわわうわうわ、うわわーっ!」


 サメはシリウスごともの凄い勢いで引っ張った。


「リュート! 釣竿を手放すぞなーっ! このままではどこまでも引きずられるぞなーっ!」

「でも、でも!」

「サメなんて! サメなんて! このラミエル様がやっつけてやる!」

「なっ! ラミエルやめろ! こんな安定しない状況で雷魔法を放ったら、オレたちに当たってオレたちが死ぬ! やめろやめろーっ!」

「さあ! 行くわよ! あたしの華麗なる雷魔法を食らわせてやるんだから!」


 ラミエルは魔導書を取り出し、雷魔法の詠唱をはじめた。


「食らえーっ! 食らえーっ! 食らえーっ!」


 ラミエルのめちゃくちゃな連続攻撃はサメに全く当たっていなかった。


「ギャー!」

「やめるぞなラミエルーッ!」

「やめないわ! あたしがここで活躍して見せるんだからーっ! サメめ! 大人しくお縄になりなさーいっ!」


 すると、ラミエルがめちゃくちゃに放った雷魔法のうちの一つがまぐれでサメのヒレにヒットした。

 雷魔法を食らったサメは砂から身体を躍り出した。


「チャ、チャンスぞな! 行くぞなー!」


 ゾナゴンが闇のブレスをサメに向かって吐いた。


「あたしだって!」


 ラミエルも雷魔法を放った。

 ゾナゴンの闇のブレスとラミエルの雷魔法が合わさって、サメの魔物に直撃した。


「おっ! おおおおおっ? やったか? やったのか?」


 ゾナゴンとラミエルの魔法攻撃を浴びたサメの魔物は倒れた。


「勝った……んだな?」


 サメは動かなかった。


「やったわ! サメを倒したわ!」

「なーんだ、楽勝だったんだぞな~!」


 危機的状況は無事、回避したようだった。

 一息ついたところで、リュウトはラミエルに文句を言った。


「ラミエル! お前のせいで危ない目に遭ったわ!」

「もう少しなんとかならないぞなか?」

「何でよ! あたしの魔法のおかげでサメを倒せたじゃないのよ!」

「先にオレたちが感電して死んでたらどうするんだよ!」

「うるさいうるさいうるさーい!」


 ラミエルは後ろからリュウトの首を絞めた。


「ぎえええ! 首を……絞め……るな……うっ!」


 リュウトたちは砂漠に降りて、サメの様子をうかがった。

 全長七、八メートルはある。


「ははは! リアルジョーズだな」

「すごいぞな。でっかいぞな。これはもう、優勝するんじゃないかぞなもし?」

「うーん。魚型の魔物は、雷の魔法攻撃に弱いようだな」

「じゃあ、ラミエル様のお手柄ってことね!」

「何を言ってるぞなかー! みんなが力を合わせたからぞな!」

「まあそういうことにしてあげてもいいわ~! 今日のラミエル様はいつもより五倍やさしいので特別に許しましょう! 感謝しなさいね!」

「はーあ。やだやだ、ぞな」

「っていうか、このサメ……。すっごく生臭いな。吐きそう」

「い、言われてみれば確かに……くっさ! おげー」

「はやいところコンメルチャンのおっさんのところに持っていくぞな!」

「! 待ってくれ、みんな! なんだ……? この気配……。みんな、はやくシリウスに乗った方がいい! ヤバい気配が近づいてる!」


 リュウトたちはシリウスに飛び乗った。

 リュウトの悪い予感は当たった。

 気配を放っている魔物が近付いていた。

 その数は、十、百、千を超えた。

 大量の魔物たちが、サメの腐臭を嗅ぎつけて集まってきたようだった。

 そして、集まってきた魚型の魔物が砂から一斉に飛び上がった。


「ぎゃー! イワシの大群か!」


 ビチビチビチビチと、凄まじい音を立てて千を超える数の魚が飛んできた。


「きゃ~! なんなのよ! ありえな~い!」

「違うぞな! イワシじゃないぞな! これは……コイぞな!」

「コ、コイ?」


 コイにそっくりの魚型魔物が、千単位でリュウトたちを囲んでいた。

 大きな口を丸く開けて、黒々とした鱗をギラギラと光らせ、砂ぼこりを舞い上げながらコイはリュウトたちを襲ってきた。


「うわーっ、げほげほっ! 砂が口にっ!」

「目が痛いぞなーっ!」


 コイは倒されたサメに食らいつき、身をかじっていた。


「くそっ。ここは砂漠なのか海なのか川なのか全然わっかんないな! って、ヤバいぞ! コンメルチャンさんのところに届ける前にコイツらにサメを食われたら、苦労が水の泡になってしまう! って、そうか!」


 リュウトは思いついた。このコイの大群をなんとかする方法を。


「ラミエル! やっと活躍できるときが来たぞ! これだけ大量に魔物がいれば、雷魔法を外すなんてことはない! そして魚型魔物は雷魔法に弱い! ラミエル、お前の雷魔法の威力を見せてやれ!」

「リュート! そういうことね!」

「ラミエル! 活躍してくれ!」

「やってやるんだからー!」


 ラミエルは雷魔法を唱えた。


「今回は大サービスの大放出よ! 魔物どもよ! くたばりなさーいっ!」


 ラミエルは四方八方に雷魔法をぶちまけた。

 感電したコイは次々と倒れていった。


「あっはっはっはっはっはっはっは! 大漁大漁! これがラミエル様の真の実力よーっ!」

「すごいぞなーっ!」

「ラミエル! お前、本当にやるじゃないか!」

「えへへへへ! まあね! 流石あたし! 天才美少女ラミエル様は本当に天才なのよっ!」


 ラミエルはたった一人で千匹のコイの魔物を倒した。

 

「ふああ~。一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったなあ!」

「ちょっとだけ面白かったぞなね。同じ目に遭うのは二度とごめんぞなが」


 だが、リュウトたちがサメを見ると、サメは残骸ざんがいしか残っていなかった。

 遅かった。サメの身はコイに食べつくされてしまっていた。


「こ、この釣り大会は釣り上げた魚の大きさで勝負……。サメは残骸しか残ってない……ということは……」

「ガーン! また一からスタートね……」

「残り時間はあとわずか……くっ……なんていうことだ……」

 リュウトたちは各々おのおの悲しんだ。

 濡れ手であわかと思ったら、あっけなくすべてが水の泡に帰してしまった。


 ダナギル砂漠の西側では、リュウトたちが大物魚型魔物を釣り上げるため奮闘していた。だが、なかなかうまくはいってはいなかった。


「頑張れオレ、頑張れオレ!」


 リュウトは自分を鼓舞し、サメを失った悲しみから立ち上がった。


 日は傾きかけていた。

 釣り大会終了まで、残りわずか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る