第94話 君はもっと強くなれるの件

 勇者カレジャスと相棒の白魔導士ナタリーが砂漠の国を訪れた。

 リュウトとアリアは稽古と指南を申し込み、二人は連日修行に励んだ。

 今日もエレミア城の闘技場で、リュウトはカレジャスに果敢に挑んでいった。


 アリアとナタリーは闘技場の端で休憩していた。

 カレジャスとリュウトの様子を見て、ナタリーがため息をついた。


「はあ~。男の子ってどうしてこうなのかしらね。女の子をほったらかしてさー。そんなんじゃ、本当の意味での勇者になんてなれないわよ。アリアもそう思うでしょ?」


 ナタリーはリュウトを気に入ってカレジャスが構ってくれないことが不満だった。


「わ、わたしは……」


 アリアが口ごもると、ナタリーはビシッと指をさしてアリアに忠告した。


「アリア! あなた、リュートのことが好きなら、女の子から積極的に行かないとダメよ!」

「ええっ?」

「そうね。まずは既成事実を作ることからはじめなさい!」

「きせー……え?」

「既成事実。つまり、リュートの彼女だって周りに思わせるのよ! とにかく二人きりになるようにしなさい! 恋を叶えたいならね!」

「こ、恋って……。わたしは、その……リュウトさんのそばにいられたら……嬉しいから……」


 もじもじと恥ずかしがるアリアにナタリーは呆れた。


「ふぅうううん。じゃあ、アリアはリュートが他の女の子に取られてもいいわけ?」

「えっ」

「ハッキリしない男は、ぽっと出の女とずるずるいっちゃうわよ~?」

「リュウトさんはそんなことにはならないですよ……」

「信じる愛は素晴らしいわ! でもそれだけじゃ恋の戦には勝てない! リュートってやさしい男でしょ?」


 アリアはコクリと頷く。


「やさしい男はみんなに対して平等にやさしいのよ。頼まれたら嫌だと言えなくて、お酒を飲まされて、翌朝気が付くと知らない女が横で寝てたりするのよ!」

「えーっと。あの、ナタリーさんは本当に白魔導士……ですよね」

「ちょっとアリア? 何を疑ってるの? わたしは強くて可愛い乙女の白魔導士よ?」


 同じ白魔導師なのに、マリンとナタリーはまるで違うタイプのようだ。


「ああ! じゃあそうね! リュートが翌朝気が付くと、アリアが隣で寝ていればいいのよ! 可愛い声で、責任取ってねってちゃーんと言うのよ?」


 いつも同じ空間で寝起きしているからその手は通用しないと思うが、アリアは何も言わなかった。


「っていうか、アリアは何歳よ」

「十一歳です」

「うん……っ? ま、まずいわね。それはギルティよ……。いけない。いけないわっ。リュートが逮捕されちゃうわ……。でも乙女の恋心に年齢なんて関係ないの。年の差だろうが、身分差だろうが、異種族であろうが、愛する二人に障壁はないのよ! だから頑張って! 応援してるわ!」


 ナタリーは面白い人だとアリアは思った。

 こんなふうに恋の後押しをする人はなかなかいないだろう。いい意味で。

 アリアははやく大人の女性になりたいと思っていた。

 マリンのように女性的な魅力に溢れた人になれたら、自身のなさがなくなるかもしれない。

 リュウトとアリアが並んで隣を歩くと、兄と妹にしか見えない。

 リュウトとラミエルが並んでいるとカップルみたいに見えるのに、と考えたところでアリアは首を振った。

  二人のことは大好きだけれどリュウトとラミエルがカップルなんて、想像したくない。

 アリアが大人の女性になる前にリュウトが他の女性と付き合うなんて、こころがズキズキしてしまう。 


「そうだっ! 恋するアリアに勇者を手玉に取る、とっておきの魔法を教えちゃうわーっ!」

「えっ!」


「今日はここまでにしようか、リュート」


 カレジャスは英雄王デシェルトから勇者と呼ばれる人物なだけあった。連日稽古に明け暮れたが、リュウトはカレジャスを一度も本気で戦わせることはできなかった。これまで戦ってきたどの相手よりもカレジャスは強かった。


「ありがとうございました」

「しかし、リト・レギアの剣技は勉強になるな。力で押す諸外国とは違って、剣筋がとても美しい」


 世の中にはリュウトより強い人間が山ほどいる。

 リト・レギアの中にいただけでは知り得なかった武術を扱って戦う戦士たちがいる。


「悔しいなぁ……」

「悔しい、か」

「だけど、嬉しいです。勇者カレジャス! あなたのように強い人に出会えて」

「リュートはもっと強くなれるよ。オレにはわかる」

「! はいっ!」


 リュウトとアリアはエレミア城での稽古が終わると、二人で帰った。

 アリアは今日ナタリーから言われた、「二人きりになるようにしなさい!」という言葉を意識してしまい、顔が赤くなった。


「はーっ。すっげー嬉しいな!」

「えっ? な、何が?」

「こうして、過ごせるのが、だよ」

「えっ、えっ!」


 アリアはときめいた。

 いつも誰かしらと一緒にいるので、リュウトと二人きりになれる時間は希少だった。


「オレが知らないだけで、世の中には強い人たちがいっぱいいる。砂漠の国に来て、世界が広がったよ!」

「えっ、あっ、そ、そっち? って、そ、そうだよね……」


 二人きりの時間を過ごせて嬉しいのかと勘違いしたアリアは恥ずかしくなった。


「カレジャスに言われたんだ。オレ、もっと強くなれるって! オレは強くなりたいな。ゼルドやデシェルト王。勇者カレジャス。世の中には強い人たちがいっぱいいるんだなあ。ワクワクするよ! みんなのように、強くなっていきたい! オレもいつか、みんなと肩を並べたい!」

「リュウトさん……」

「あっ、ごめん。また一人で盛り上がっちゃってたね……」

「ううん。リュウトさん。頑張ってて、素敵だね」

「すっ、素敵っ? ええっ! あっ! うん! って、いやいや! オレはまだまだだよ」

「無理はしないでほしいけど、わたしもそう思う。リュウトさんなら強くなっていけるよ」


 リュウトは下を見ずにどんどんと上を目指していく。

 リュウトには誰にも負けない向上心がある。

 そのうち、リュウトは手の届かないほど強くなっていきそうな気がする。

 置いて行かれないようにしなければ、と前までのアリアは思っていたが、今はそうは思っていない。

 強くなりたいと思っていたけれど、リュウトにはもう、強さでは追い付けないだろう。

 だから、サポートに回ろう。

 リュウトが傷付いたら、すぐに回復できるように。苦しいことがあったら、支えられるように。

 それがアリアの役割で、こころからやりたいことだ。

 地下霊廟のランプの中を突破したから、その本心に気が付けた。


「ありがとう、アリア」

「頑張ってね、リュウトさん」

「うん!」


 二人は楽しく家路を歩いた。

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