第91話 血濡れの王の結婚式の件

「アリアーッ!」

「ぞなーっ!」


 ランプの中から出てきた青い煙にアリアが吸い込まれ、リュウトたちは絶叫した。


「そ、そんな……!」


 リュウトは立ち尽くした。


「アリアは! オレが守るって決めてたのに……!」


 一瞬だった。

 たった一瞬油断したら、アリアはランプの中に吸い込まれてしまった。


「ぐぅっ……! アリア……」


 リュウトは悔しさで震えた。


「って、ちょっと待って!」


 異変に気付いたのは、ラミエルだった。

 突然、ランプが大きく横に震えだしたと思ったら、粉々に割れた。


「ああっ!」


 そして割れたランプから、アリアが出てきた。


「みっ! みんなっ!」


 割れたランプから飛び出したアリアはぴょんっと軽やかに着地した。

 アリアがランプの中に吸い込まれてから出てくるまで、一分もなかった。


「アリアッ?」

「ア、アリアだわーっ!」

「よかったぞなーっ! よかったぞなーっ! びええん!」


 ゾナゴンがアリアの胸に飛びついた。


「アリア……! よかった!」


 リュウトはどこにも怪我がなく、元気そうなアリアを見て安堵した。


「リュウトさん!」


 ラミエルもアリアの元に駆け寄って抱き着いた。


「アリアーッ! だ、大丈夫なの!」


 アリアはニッコリと笑った。


「うん! わたしは大丈夫だよ!」


 アリアはみんなの顔を見渡した。みんなの顔を見て、ランプの中で出会ったお兄ちゃんなリュウト、バスの中で頬っぺたをつねってきたラミエル、小学生だったゾナゴンを思い出した。


「ふふっ! ふふふ……! あはは!」


 急に笑い出したアリアを、仲間たちは不思議に思った。


「えーっ! アリア、なんで笑ってるんだよ?」

「ヤバい幻覚が見えてるとかじゃないわよねっ?」

「アリア、しっかりするぞなーっ!」

「ふふ……。ごめんね、違うの。わたしは大丈夫!」


 結局、あの不思議な世界がなんだったのかはわからない。

 悪夢かもしれないし、ありえたかもしれない別の世界なのかもしれない。


「お姫さん、悪かったな。オレが言いださなきゃ、お姫さんが危ない目に遭わずに済んだのに……」


 ゼルドは申し訳なさそうにアリアに頭を下げた。


「いいんです!」


 アリアの言葉は、本心だった。

 なぜなら、ランプの中に入ってよかったと思っているから。

 ランプの中に入って、あの不思議な魔人と出会って、アリアの自己意識は変わった。

 父王が殺されてからのアリアは、『できない』ことに捕らわれて、自分の可能性を否定してふさぎ込んでいた。

 自分がうまく立ち振る舞えていたら、あのような悲劇は起こらなかったのかもしれない。あの悲劇を止められたかもしれない。

 どうすることもできなかったことだけれど、自身の無力さを呪った。激しい後悔に襲われた。

 だけど、今は『できない』自分がいることを、受け入れている。認めている。

 どうすることもできないことは、ある――。

 完璧にこなせなくていい。

 できないことがあってもいい。

 何かを失って、深い悲しみを味わったからこそたどり着けたこの境地は、痛みを知らなかった頃よりも、ずっと居心地がいい。

 痛みを知ることで、人は人にやさしくなれる。

 だから、無理に足掻くことは、もうやめた。

 そして、できないことは多くても、すべてができないということはないのだ。

 物事に正面から向き合う確かな目を持って、できることとできないことを知っていけばいい。

 

 ランプの中に入れてよかった。

 あの魔人と出会えたのだから。

 アリアは嬉しかった。

 『ボクと君の出会いは運命』――。


 ――たしかに魔人さんの言う通りだった。


 不可能を知ることで、世界を逆の視点から見ることができる。そして、世界は逆転する。できないことができることへ。できることができないことへ。恵まれていない者が最も恵まれている、というのは、恵まれていなければいないほど、大切なことに気付いていける余地や可能性がある、ということだ。

 アリアはふっと笑った。


「お姫さん……。なんだかスッキリした、いい顔になったな?」


 ゼルドはふっと笑うアリアを見て、そう思った。


「アリア……なにか、あったのか?」


 心配するリュウトがアリアに尋ねた。


「実は、ランプの魔人と話したの」


 驚いたのはラミエルだった。


「えっ! じゃあ、もしかして願いを叶えてもらったの?」


 アリアは笑って首を横に振った。


「ランプの魔人さんは、願いを叶える力を持っていなかったの」

「なにそれ! 伝説って当てになんなーい!」

「伝説は当てにならないってどこかで聞いた話だなぁ。思い出した。大蛇を倒したときに出てきた伝説の剣だ」


 リュウトはゾナゴンと顔を見合わせた。


「ほら、言った通りぞな。伝説や噂ってのは当てにならないんだぞな。大事なことは――」

「自分の目で、真実を突き止めていく、だろ?」

「ぞな!」


 リュウトとゾナゴンは笑いあった。


「ま、しかし、お前たち、想像していたよりずっとやるな! 地下霊廟を突破! デシェルト王に報告しに行こうか!」


 ゼルドは笑った。

 リュウトはそのとき、ゼルドがお目付け役を買って出たのは、リュウトたちをはやく解放させるためじゃないかな、と推察したが、考え過ぎだろうかと思い、深く考えるのをやめた。


 アリアはポケットの中に、重みを感じた。


「これは……」


 ポケットの中に入っていたものを取り出すと、透明に輝く石が出てきた。

 ランプの中の世界にいたゾナゴンからもらった、あの石だ。


 ――夢じゃない。あれは、本当にあった出来事なんだ。


 アリアはきゅっと石を握りしめた。


「……またね、魔人さん」


 石を再びポケットの中へ入れると、アリアは先に歩き出していた仲間たちを追いかけた。


 リュウトたちは地下霊廟から出てきた。

 スフィンクスは入り口を開けて待っていた。


「おう! ただいま!」


 ゼルドはスフィンクスに声をかけた。


「あらゼルド! 旅は終わったの?」

「ああ。お姫さんのおかげでな」


 ゼルドがちらりとアリアを見た。


「……知っているわ。自らに縛られていた魂が一つ、世界と溶けていったのを感じたの」

「は? なんだそりゃ」


 スフィンクスはアリアに一礼した。


「女なんかにお礼は言いたくないけれど。ありがとう……彼を救ってくれて。王は、彼を苦しめるためにランプの中に閉じ込めたのではないの。彼を救うために、あのランプを用意したのよ」

「わかっています」

「そう……」


 アリアたちはドラゴンにまたがった。

 リュウトもシリウスに乗り込もうとすると、スフィンクスに引き留められた。


「リュート! ちょっと待って!」

「なに?」

「地下霊廟を探索する前、あなたはわたしの質問に答えなかったけれど。あなたはもうわかっているわね? あなたは選ばなくちゃいけない。どちらを選んでも後悔する二択を。選ばなければいけないときが、あなたには必ず来るわ」

「……わかってるさ」


 リュウトは苦い笑みを浮かべた。


「わたし、あなたのことは忘れないわ」

「うん。オレも。あなたの言ったことを忘れないよ……」


 ドラゴンたちは飛び立った。


 リュウトたちは、二度目のエレミア城に来ていた。


「そうか。大変な旅だったな」


 デシェルトは髭をなでながら旅を終えたリュウトたちを労った。


「デシェルト王、こいつらは悪い奴じゃない。一緒にいてわかったよ。純粋すぎてほっとけねえ!」


 ゼルドは豪快に笑いながら報告した。


「そうかそうか。面白い客人が来たようだな!」


 デシェルトも愉快そうだった。


「そうだな……。ゼルドがここまで言うのだったら、スパイという線はないだろう。アレーティア王女、並びにその友人たちよ。この砂漠の国で、自由に暮らしてもよいこととする!」


 仲間たちは飛び跳ねて喜んだ。


「やったぞなーっ!」

「わかってるじゃなーい!」


 リュウトとアリアは顔を見合わせた。


「アリア!」

「リュウトさん!」


 リト・レギア王国からはるばるやってきた砂漠の国。

 出発時は不安だらけだったが、これでようやく落ち着くことができそうだ。

 リュウトとアリアは嬉しくて、顔を見合わせたまま、えへへと笑った。


「ところで、話は変わるが……」


 デシェルトは髭をなでていた手を止めた。


「……リト・レギアの新王が結婚したそうだな」


 デシェルトの言葉に、リュウトたちは驚いた。


「えええええっ!」

「結……婚……?」

「マジぞなか!」

「ウッソでしょー!」


 リト・レギアの新王とは、アリアの兄ソラリスのことに他ならない。


「ああ、本当の話だ。確か、王妃も新国王と同じ特徴的な瞳をしていたとか……」


 アリアは二重に衝撃を受けた。


「特徴的な……兄様と同じ瞳……! マ……マリンさんと兄様が……結婚?」


 ショックを受けるアリアの横で、ラミエルが喚いた。


「えーっ! 全然そんな雰囲気なかったけど、二人はできていたのね! ソラリス王子のことは大嫌いだったけど、顔面国宝級のイケメンだったからなんだかがっかりだわ~!」

「アリア、大丈夫ぞな?」


 顔色を悪くするアリアをゾナゴンが心配した。


「だ、大丈夫。ちょっと眩暈がしただけ」


 リュウトは黙っていた。

 王子が国王を殺害し、闇の魔導師たちとの同盟を受け入れたリト・レギア王国。

 リト・レギアはこれからどうなっていくんだろう。

 コンディス、フレン。それにシャグラン、ハザック、シェーン。そしてストラーダ。竜騎士団のみんなには、元気で無事に過ごしていてほしい。

 それが、リュウトのみんなへの想いだった。


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