第87話 砂漠の霊廟とランプの魔人1の件

 朝が来た。

 リュウトはリト・レギアとは違う鳥の鳴き声で目が覚めた。


「あ、そっか。ここは砂漠の国で、暁の四天王の一人、ゼルドの家で暮らすことになったんだっけ」


 リュウトは起き上がった。

 ゼルドはもう起きていて、剣の手入れをしていた。


「おはよう、リュート」


 ゼルドはニッコリと笑って言った。

 仲間たちも順々に起き出した。


「ふぁあ……」

「それで、昨日言ってた頼みたいことってなに?」


 リュウトはゼルドに尋ねた。


「ああ……」


 ゼルドの頼みごとを果たすため、リュウトたちは砂漠を渡っていた。

 風竜にはいつも通りアリアとラミエルが乗り、シリウスにはリュウト、ゾナゴン、そしてゼルドが乗り込んだ。


「もうそろそろだな」

「一体ゼルドは我たちになにをさせるつもりなんだぞな~?」

「……ははっ。まあ退屈はしないだろうよ」

「えっ!」


 リュウトは自分の目を疑った。

 目の前に、本やテレビで見覚えがあるオブジェが砂漠の真ん中に佇んでいたからだ。


「あれって――」

「そうだ。あそこが目的地だ」

「えええーっ!」


 リュウトの目の前に見えたオブジェ。

 それは、ギザの大スフィンクスそのものだった。


「ス、スフィンクスがいるって、どういうことなの」

「なんだ、リュート。詳しいな」

「いや、だって、オレのいた世界にもあったから……」

「ん? オレのいた世界ってなんだ?」

「あー、いや、その……」


 リュウトは口ごもった。


「?」


 ゼルドが目指していたのは、ギザの大スフィンクスそっくりのオブジェがある遺跡だった。


「スフィンクスの身体の下に、地下霊廟れいびょうがあるんだ」

「霊廟ってなに?」


 リュウトはゼルドに聞いた。


「霊廟っていうのは偉人を祀ってる墓だな。千年前、ここには大帝国が築かれていたらしい。その大帝国の王の墓を、あのスフィンクスが今も守り続けているんだ」

「ふーん」

「で、オレはその霊廟にあるという宝を入手したい。そのために魔法使いが必要だったんだ。霊廟の中には魔物がうじゃうじゃいるからな!」

「えーっ! つまりオレたちは墓荒らしをするってことぉ?」

「おいおい。聞こえが悪い言い方するなよ。トレジャーハンターってところだよ」


 ゾナゴンがゼルドに尋ねた。


「宝ってなんなんだぞな?」

「ああ。地下霊廟の最奥に、何でも願いを叶える魔人が封じられているランプがあるという話なんだ」

「ええ……。これもまたなんだかすごく聞いたことがある話だ。いや、でも、魔人のランプをスフィンクスが守ってるってどういうことなんだ……。頭が痛くなるよ~」


 リュウトたちはスフィンクスの前に降り立った。


「ひゃ~! 間近で見ると迫力あるな~!」


 リュウトは興奮した。実際のギザにある大スフィンクスは見たことがなかった。


「で、ここで何をするのよ」


 ラミエルがゼルドに聞くので、ゼルドはリュウトに答えたように説明した。


「えーっ! いやよっ! 絶対にいやよーっ! お墓の中になんて入りたくなーいっ! 魔物がいっぱいなんていやーっ! でも何でも叶える魔人が封じられているランプには興味あるかも!」

「ラミエルは正直な奴ぞな~」


 ゼルドは笑った。

 そして一息置いて、真面目な顔をして言った。


「たくさんの冒険者たちがこの地下霊廟に挑んでいるが、誰も見つけていないんだ。その魔人のランプを。だからオレは見つけてみたい」

「……」


 アリアはランプについて語るゼルドをまじまじと見つめた。


「ん? どうした、お姫さん。オレの顔になんかついてるか?」

「あ、いえ……」


「スフィンクス! 来てやったぜ!」


 ゼルドはスフィンクスに向かって叫んだ。


「ぷぷぷ! なにやってるのよ。この石像に向かって話しかけたの?」


 ラミエルはスフィンクスに話しかけるゼルドを笑った。

 ゼルドはニヤリと微笑を浮かべていた。

 すると、スフィンクスの石像が動き出し、目を開けた。

 目はギョロギョロと動き、ゼルドを視界にとらえた。


「ぎえええええーっ!」

「ぎゃああああぞなーっ!」


 ラミエルとゾナゴンは絶叫した。

 石像だと思っていたスフィンクスは、生きていたのだ。

 そしてスフィンクスはゼルドに向かってしゃべりだした。


「あら、ゼルド。今日もいい男ね~!」


 スフィンクスはなまめかしい大人の女性のような声をしていた。


「よお。地下霊廟に行きたいんだ。いいだろ? 通してくれよ」


 スフィンクスは横目でアリアとラミエルを見た。


「だめ。女は通さないわよ!」

「そこをなんとか! 頼むよ」

「嫌よっ!」


 ゼルドとスフィンクスは揉めている様子だった。


「なんだかあの石像、ラミエルみたいな性格ぞなね」


 リュウトの肩の上でゾナゴンがつぶやいた。


「ちょっと、それどういう意味よ」

「ワガママで意地っ張りってことぞな!」

「へえ! ゾナゴン、あたしの雷魔法を食らいたいようね! いいわ! 特別に強い奴をお見舞いしてあげるんだから!」

「ぞなーっ! そういうところが、なんだぞなーっ!」


「お願いできませんか?」


 アリアが割って入ってスフィンクスに尋ねた。


「はんっ! 生意気な女!」


 スフィンクスはアリアに向かって露骨に嫌そうな顔をした。

 リュウトはアリアがぞんざいに扱われたことに少し腹が立った。


「オ、オレからも頼むよ!」


 スフィンクスはリュウトを見た。


「あら! 坊や。可愛い顔をしているわね。タイプだわ~!」

「ひえっ……」


 スフィンクスはリュウトに向かってウインクをした。

 リュウトは鳥肌が止まらなかった。


「仕方ないわね~。坊やに免じて、通してあげる」

「えええっ! ホントにっ?」


 リュウトとアリアは顔を見合わせた。


「ただし! 質問に正解すれば、よ」

「えーっ。なんだそれぞな。ケチぞなー」

「おだまり。コホン。では――」


 スフィンクスは咳払いした。

 リュウトたちは息を飲んだ。


「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何か――」

「なんだ! それか!」


 リュウトはスフィンクスの定番のクイズに思わず笑い転げそうになった。


「リュウトさん、答えを知っているの?」

「うん。すごく有名な話だよ。答えは――」


 言いかけて、リュウトはやめた。

 そんな簡単な話があっていいのか、と考えたのだ。

 ラミエルとゾナゴンは一生懸命考えていた。


「わかんないわよ~」

「なぞぞな~」


 リュウトはスフィンクスの真ん前に立った。


「オレは……オレはその答えを知っている!」

「あら……?」


 スフィンクスはニタニタと笑った。


「でも……答えるとその後どうなるかも知っている……」

「あら……」

「だから、答えられない」

「!」


 スフィンクスはリュウトの回答にひるんだ。


「答えられない、は答えになっていないわよ、坊や!」


 スフィンクスはリュウトをあざ笑った。


「それでも、答えない!」

「答えなさい!」

「嫌だ!」

「質問にッ! 答えなさいよぉッ!」

「答えないっ! 絶対に答えない!」


 リュウトはてこでも動かないつもりだった。


 スフィンクスの有名な謎かけ『朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。これは何か――』。これは、オイディプス王の神話だ。

 オイディプス王がスフィンクスの謎に答えると、面目を失ったと感じたスフィンクスは自殺してしまう――といった話があるのを、リュウトは何かのゲームをやっているときに知った。

 だからその結末を知っていて質問に答えるなど、リュウトにはできなかった。

 目の前で自殺されたら、後味が悪すぎる。


「答えないからな!」

「はぁ~。強情な男の子なのね」


 スフィンクスは巨大なため息をついた。

 生暖かい風がリュウトたちに吹きかかった。


「おげっ! ぞな」


 ――学校の勉強は、答えを出す訓練のようなものだった。


 解かなければならない問題があったら、一生懸命考えて答えを出す。

 それは概ね正しいと思う。

 だけど、答えをすぐに出さなくちゃいけないというのは、思い込みだとリュウトは感じている。

 世の中には、答えを出せないことがたくさんある。

 本当は答えがあるのかもしれないけれど、リュウト自身には導き出せていない難問のような出来事をいくつか経験してきた。


 ――なぜ人は死ぬのか。


 ――なぜ運命は人と人とを出会わせ――あるいは別離わかれさせるのか。


 疑問に思ってから、まだ答えは導き出せていない。

 だけど旅を続けていたら、いつの日かわかるような気がしている。

 考えて考え抜いた先でも答えがでないのか、それとも真実の答えがあるのか。

 進んでみなければ文字通り答えは得られない。

 だからアリアと一緒に旅がしたい。

 そして。

 答えればすべてが外れになる悪魔の問いというのも実在する。

 感情的になっている人間を相手にするときなんかはだいたいそうだし、答えることで利害関係が発生するときは、悪魔の問いではないかを熟考する必要がある。

 ときとして答えないことも、大事なことだとリュウトは認識している。

 この考え方は、もう懐かしさを感じるが――ハルコたちと映画を見に行ったときからずっと変わっていない。


「お願いだよ。誰かが目の前で死ぬのは見たくないんだ!」


 リュウトはスフィンクスに請願した。


 ――闇の魔導師は殺したのにな。


 こころの中の冷たいもう一人のリュウトが、リュウトをそしった。


 ――それでも。きれいごとでも。


「通りたい。通してくれ」


 リュウトは力なく言った。


「……あなた、可愛い坊やだと思っていたけど、そういう顔もできるのね……。す・て・き!」

「え?」


 スフィンクスは立ち上がった。

 砂埃が舞い上がり、リュウトたちはせき込んだ。


「いい男たちにお願いされちゃ仕方ないわね。ほら、どいてあげたから通りなさいな」

「あ、あ、ありがとう!」


 スフィンクスがどいた地面には、地下へと続く階段があった。


「いい? 本当は女を通すなんて絶対に嫌なんだけど、素敵な顔ができる坊やの頼みだから特別に通すのよ? そのこと、忘れないでちょうだいね!」

「ありがとう! 本当にありがとう」


 リュウトはスフィンクスにお礼を言った。


「坊や、あなた、名前はなんて言うの」

「オレ? オレはリュート」

「そう。覚えておくわ……リュート」


 地下霊廟に続く階段を前にすると、リュウトにはある思い出が蘇ってきた。


「うわー、オレ、地下にはトラウマがあったことを思い出した……」

「なんぞな? リュート」

「ほら、アルバイトした酒場あっただろ? あそこでシェーンと悪そうな男たちと戦ったんだよ」

「わはは! それじゃあ、人間と魔物どっちがこわいか比べられるぞなね~!」

「ゾナゴン、お前も一緒に行くのに随分と余裕だな?」

「ぎゃあっ! そ、そうだったぞな! リュート、我を守ってくれぞなもし?」

「うん。じゃあ離れるなよ」


 リュウトたちは地下の階段を進んでいった。

 風竜とシリウスは身体が大きすぎて階段を通れないので外で待機だ。


「リュウトさん、すごいね」


 アリアがリュウトに話しかけた。

 スフィンクスの謎について言っているのだ。


「ああ、別に……。運がよくてよかったよ。まさか本当に通してくれるとは思わなかった」

「気持ちが通じたんだね」


 アリアは笑った。

 その笑顔を見て、やっぱりアリアは可愛いなとリュウトは顔が緩んだ。


 ――気持ちが通じたとかそういうのではなさそうだったけど。


 というツッコミは、こころの中でとどめておいた。


「さあ! 魔人のランプを求めて出発だ!」


 ゼルドが号令をかけた。


「おーっ!」


 リュウトたちは笑顔で返事をした。

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