第86話 オレたちスパイじゃありませんの件

 リト・レギア王国から出奔して砂漠の国へ着いた途端、リュウトたちは砂の中に棲む龍に襲われた。龍に捕まったアリアを助け出したのは、砂漠の国の傭兵王、デシェルト王その人だった。デシェルトはリュウトたちに、エレミア城へ来るように告げるが、リュウトはなんだか嫌な予感がするなと思いつつ、言う通りにするのだった。


 デシェルトは広間の玉座に腰を下ろした。

 玉座のそばには四人の屈強な男たちがいる。


「ひゃー。あれがうわさに聞く砂漠の王の臣下の、暁の四天王ぞな」

「暁の四天王? なんだそれ?」

「わたしが説明しよう」


 聞きなれない言葉を口にするゾナゴンにリュウトが尋ねると、デシェルトが代わりに答えた。


「砂漠の国ザントがまだ国ではなく四部族同士で諍いが絶えなかった頃。傭兵たちは団結してグラヴェルを中心とする国を作るために奔走していた。暁の四天王とは、ザントをまとめ上げる際に最も貢献したグラヴェル出身の四人の戦士たちのことだ」

「へえー……」


 そういえば、士官学校で砂漠の国ザントの成り立ちは聞いたことがあったとリュウトは思い出した。

 傭兵王デシェルトは砂漠の国ザントの出身ではない。けれど、彼がこの国の王になれたのは、王としての資質、カリスマ性があったからに他ならない。だから伝説の人として遠いリト・レギアにまで名を馳せている。


 リュウトたちから見て一番左にいる戦士から順にデシェルトは紹介をはじめた。


「暁の四天王の一人目、リートゥス。王都グラヴェルで一番の剣術の使い手だ」


 リートゥスと紹介された男はリュウトたちに頭を下げた。デシェルトと同い年くらいの、やはりデシェルトと同じように髭を蓄えた男だ。リートゥスはデシェルト王に向かって言った。


「だが、剣の腕はデシェルト王には遠く及ぼない」


 リートゥスの言葉にデシェルトは笑った。


「ふっ。あと数年で追いつかれるさ」


 デシェルトは続いて二人目の男を紹介した。


「二人目はルクソール。なかなか頭の切れる奴だ。参謀として働いてもらっている」


 ルクソールは四天王の中で最も若年の男だった。長く黒い髪を三つ編みにしている。参謀と聞いてリュウトはリト・レギアの闇の宮廷魔導士ルシーンのことを思い出したが、ルクソールはもっとガタイが良く、ルシーンが醸し出していた独特の闇の気配はない。


「三人目はケイマ。情熱的な男だ。力仕事は彼に任せれば間違いないな」

「……むん……」


 ケイマはいかにも戦士という身体つきをしていた。大柄で、筋骨隆々だ。


「そして最後にゼルド。砂漠の者は気難しい人間が多いが、ゼルドは気の良い奴だ」

「よろしくな!」


 ニッコリとゼルドは笑った。リュウトは、たしかにこの暁の四天王の中だったらゼルドが一番話しやすそうだと思った。髪の毛を短く刈っており、身体には傷跡が絶えない。三十代半ばくらいだろうか、と考えているとデシェルトが今度はリュウトたちに質問をした。


「次は君たちのことを聞かせてほしい。そちらのご婦人は――リト・レギア王国の第一王女アレーティア殿ではないだろうか?」


 アリアはデシェルトに言い当てられてビックリした。

 アリアは王女だが、デシェルト王とは面識がなかった。


「そ、そうです……」


 デシェルトに言われて、アリアは顔を暗くした。

 ここでも王女としての待遇で扱われる生活になるのだろうか、という不安がアリアによぎったのだ。

 リュウトはあわててアリアをかばった。


「だけど! アリアはもう王女とか関係ないんです!」

「ほう?」


 面白いことを言う、と言いたげな顔でデシェルトはリュウトを見た。


「オレたちは、リト・レギアにいたくないから、旅をしていたんです。国とかは関係ないんです。本当です!」


 リュウトの話をケイマが遮った。


「デシェルト陛下! この者たちを信用するにははやいかと思われます! リト・レギア王国は闇の魔導師たちと同盟を結んだという話。こやつらはスパイなのやもしれませぬ!」


 リュウトたちは心外なことを言われ、必死に反論した。


「えーっ! オレたちスパイじゃありません! 闇の魔導師たちとは無関係です! というか、奴らのせいで危ない目に遭ったし……。本当です! 信じてください!」

「ホントよーっ!」

「ぞなーっ!」


 デシェルトは片手で顎髭を触った。


「ケイマ。客人に失礼があってはいけないな」

「申し訳ありません」

「いや――」


 デシェルトはリュウトたちをもう一度見た。


「とにかくお前たちが何者なのか、正直に話せ。まずは少年。君からだ」

「あっ? オレですか?」

「うむ」


 デシェルトから自己紹介をするように促され、リュートは暁の四天王の中で自分のことを話すことに恥ずかしさを覚えたが、事実を言うことにした。


「オレの名前は佐々木リュートです。みんなからリュートって呼ばれています。ちょっと前までリト・レギア王国で竜騎士団をやっていました。だけど、王国竜騎士団はやめて、今はアリアと一緒に旅しています。あっ……。アリアっていうのは、こっちの、アレーティア王女のことをオレはそう呼んでいるんです。オレたち身分とか関係なくて、本当に友だちなんです」

「友だち? 王女とか」


 デシェルトは不思議そうな顔をした。


「はい」

「ふむ」


 リュウトが言い終えると、ラミエルが続いた。


「次はあたしの番ね? あたしは天才美少女ラミエル! 雷の魔法を使わせたら右に出る者はいない天才魔導士! そしてアリアの一番の親友! いい? わかったわね?」


 ラミエルの自己紹介にリュウトはツッコミを入れざるを得なかった。


「おい、ラミエル! 正直に話せって言われただろ! 天才ってなんだよ! 二度も言ったし」

「キィイーッ! なによ! 文句あるの? その通りでしょーっ!」

「ラミエルはバカなんだぞな」

「リュートもゾナゴンもなによなによーっ! バカって言った方がバカよーっ!」


 ゾナゴンもデシェルトに挨拶をした。


「我はゾナゴンぞな! 可愛い闇のドラゴンぞな! このパーティのブレーン担当ぞな。リュートもアリアもラミエルも危なっかしいので、我が守ってやってるんだぞな~。ま、いわばこのパーティのリーダーぞな」


 リュウトはどうしてこうラミエルもゾナゴンも事実じゃないことを言うんだ、と頭を抱えそうになった。

 ゾナゴンの紹介が終わると暁の四天王がざわついた。


「な、なんと面妖な……」

「闇のドラゴン! やはり闇の魔導師と繋がっているのではないか!」


 ケイマがゾナゴンを指さして糾弾した。


「しっ! 失礼ぞな! 一緒にしないでほしいぞな! 我は闇魔法が使えるドラゴンぞなが、闇の魔導師とは何の関係もないぞなーっ! 我を怒らせるとこわいぞなよ~!」

「おい、ゾナゴン! やめろ。大人しくしよう」


 プンスカという擬音を出していそうな怒り方をするゾナゴンをリュウトは一生懸命なだめた。

 この砂漠の国で揉め事を起こしたくない。


「リュート! でもでも! ぞな!」


 一連の会話を黙って聞いていたゼルドがため息をついた。

 そしてデシェルトに言った。


「もういい! わかったわかった。デシェルト王、こいつらはオレが見張りますわ」

「ゼルド?」

「オレがこいつらを数日見張って、悪い奴じゃないと判断したら解放。それでいいですよね」


 デシェルトは数秒考えて、ゼルドに答えた。


「ああ。わかった。お前の目なら確かだろう」


 ゼルドはニヤリと笑った。


「じゃ、よろしく! リュート、ラミエル、ゾナゴン。……そしてリト・レギアのお姫さん」


 ――あれ?


 ゼルドの言葉はちょっと悪意がある言い方にリュウトには聞こえた。気のせいだろうか。とにかくこのゼルドのおかげで場が収まったので、今は気にしないでおくことにした。


「じゃ、オレの使ってない家があるから今日からそこで泊まれよ」

「家?」


 ラミエルがゼルドに聞いた。


「ああ。こっからちょっと歩くけどな」


 リュウトはゼルドの厚意に感謝した。


「あ、ありがとうございます!」

「なあに、遠慮はするなよ? 久々の外国のお客さんってんで嬉しいんだ、オレはよ」

 

 リュウトたちはエレミア王城から出て、少し離れたところの街まで歩いた。街は、遊牧民が住んでいそうな移動式住居が集まってできていた。この街から以東は草原が広がっているらしい。白いテントが並ぶ街は質素だが活気があった。


「うわー。ゲルっていうんだっけ。本物をはじめてみた~!」


 リュウトは異文化に触れてワクワクしていた。


「砂漠の国もできたばかりの国だからな。砂漠の部族の遺跡なんかはあっちこっちにあるが、国としてはまだまだ発展途上なんだよな。普通の人間が普通に暮らしていけるだけの法や施設やインフラの整備もなーんもできちゃいねえ。だから今だに移民たちは名残でゲルで暮らしてる。けど、デシェルト王についていけばオレたちは成り上がれると思ってる。みんな夢みてんだ。あの王様によ。実際に長年続いていた部族の争いに終止符を打ったのもあの英雄王の実力だしな」

「へえ……」


 シリウスと風竜はゲルの中には入れないので外で寝ることになった。街の子どもたちから珍しがられ、ベタベタと触られたが、従順で利口なドラゴンたちは大人しくしていた。


「へ~。中も結構しっかりしてるのね~」


 ラミエルが感心したように言った。


「確かに、きれいに整理整頓されている。というか、物が少ないね」

「ほとんど使ってないからな」

「ゼルドさん。ありがとうございます」


 アリアは改めてゼルドに感謝を伝えた。


「ありがとうございます」


 リュウトもアリアと一緒になって言った。


「いいんだよ。それにオレのことはゼルドでいい。さん付けってのはこそばゆいからな」


 そんなことはお構いなしにラミエルは家の中で飛び跳ねていた。


「あ~! ちゃんとしたところで眠れるなんてさいっこーっ!」

「あっ、すみません。ラミエルは頭がちょっと悪いんです。許してください」

「ははっ。楽しそうな旅をしてきたってことがわかるな」


 ゼルドはデシェルトが言ったように、気の良い男だった。

 砂漠の国へ来て、お目付け役に監視されながら過ごさなくてはならなくなった不遇を嘆く、なんてことにはなりそうになく、下手なことさえしなければ自由に暮らせそうだ。

 リト・レギアを出てきてからリュウトにはそれが一番の悩みの種だった。

 安心して暮らせるようにリト・レギア王国から出たのに、もっと悲惨な状況になったら本末転倒だ。


 リュウトたちは市場で寝具を買い足した。

 買い物が終わったころにはすっかり日が暮れていた。


「ふぁあ~。疲れちゃったから今日はもう寝ましょ~! あっ! 男子はアリアとあたしに近づいちゃダメよ!」

「またそれか。ラミエル、お前はもうちょっと失礼がないように振る舞えないのかよ」


 ゼルドは苦笑いを浮かべた。


「オレには妻がいるからそういう気は起こさないよ。もっとも、妻には先立たれたがね」


 妻がいた、という過去形ではなくて妻がいる、という現在形なんだなとリュウトは思った。ゼルドは相当な愛妻家だったんだろう。

 

 寝る前に、ゼルドは尋ねた。


「なあ。お姫さんと、ラミエルと、ゾナゴン? って言ったっけ。お前たちは魔法使いなんだな?」

「はい」

「そうよ!」

「ぞな!」


 息ピッタリの相槌を打つアリアたちを見て、ゼルドは笑った。


「じゃ、ちょっと頼まれてくれねーかな。詳しいことは明日話す」


 アリアとリュウトは顔を見合わせた。


「なんだろう?」

「なんだろうね?」


 ゼルドの話の続きが気になるが、旅の疲れが勝り、リュウトたちは眠った。

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