第83話 本当の旅立ちの件

「荷物は全部持って行かなくちゃな。トツカの剣、かさばるなあ。でも思い出の品だから処分したくないし」


 リュウトが部屋で荷物を詰めていると、元気になったアリアが部屋に入ってきた。


「リュウトさん! わたしの準備はできたよ!」

「あれ? 荷物少ないね。それでいいの?」


 アリアは聖鳩琴の他に、小さな袋を一つしか持っていなかった。


「うん。あんまり持っていきたくないってのもあるけど」

「そっか。でも、それでいいと思うよ。足りないものは都度買い足していこう」


 アリアはもじもじしながらリュウトに言った。


「わたし、マリンさんに謝ろうって思ってたんだけど……。探し回っても、ずっとどこにもいなくて……。最後まで、会えなかったな……。だから、ごめんなさいって書いた手紙をマリンさんの机の上に置いてきたの……。本当は直接謝りたかった……」


 アリアはまだ気にしてたんだな、とリュウトは思った。


「うーん。大丈夫だよ。マリンさんは賢い女性だから、アリアの気持ちはきっと通じてる。だから、信じよう」

「うん……。ありがと。リュウトさん……」


 リュウトとアリアはそれぞれの竜を呼び出し、南西の砦に向かった。


 南西の砦でリュウトたちはゾナゴンとラミエルに再会した。


「アリアーーーーーーッ! 会いたかったわーーーーーーッ!」

「リュートぉおおッ! 会いたかったぞなーーーーーーッ!」


 ラミエルはアリアに抱き着き、ゾナゴンはリュウトに抱き着いた。

 再会の喜びが一段落したところで、リュウトは気楽に言った。


「オレたち、砂漠の国へ行くことにしたんだ」

「ど、どうしてそんなに清々しい顔をして笑っているの?」


 ゾナゴンとラミエルは不思議に思った。

 リュウトもアリアも、嵐が過ぎ去った様な晴れ晴れとした顔をしている。


「もうリト・レギアには帰らないつもりなんだ」

「えっ! ど、どういうこと?」

「ぞなっ?」


 リュウトたちの元に、コンディスとフレンがやってきた。


「リュート! 噂は本当だったのか……」


 コンディスとフレンは神妙な面持ちでリュウトに尋ねた。

 話題にしてはいけない内容かもしれない。だけど、コンディスとフレンは事実を知りたかった。


「戴冠式の帰り道、ある噂を耳にしたんだ。ソラリス様がモイウェール前国王を殺して王になったと」

「……」

「リュート。本当、なんだな」

「……」


 コンディスとフレンはうつむいた。

 信じたくなかった。コンディスとフレンはソラリス王子のことをこころから尊敬していた。

 リト・レギア王国の法では、尊属殺人の罪が一番重い。

 士官学校でその法律を習ったとき、命に順列をつけるなんてナンセンスだとリュウトは思ったことがあったが、よもや顔見知りの人物がその法を犯すとは、そのときは思いもしなかった。


「ソラリスには、話がついてるんだ」

「そうか……」


 気まずい沈黙の時間が流れた。

 一生懸命考えて考えて、コンディスはリュウトに話すべきことを話した。


「ごめんリュート、アレーティア王女。オレたちはみんなソラリス様についていくよ」


 コンディスは友人のリュウトにこう言わなければいけないことがつらかった。

 ソラリスは国王殺しの重罪人だ。

 平和で豊かだったリト・レギアは、闇の国との同盟が結ばれて、明日の行方がわからなくなった。

 あれだけ将来を有望視されてきた王子が、こんな形で国王になったことには、噂を知る騎士団や国民は動揺している。

 それでも九割に近いリト・レギア人がソラリス王を信じている。


「わかってるよ、コンディス。コンディスもフレンも、自分の気持ちを大切にしてほしい。ラントバウル村を一番守れるのはコンディスとフレンだよ」


 リュウトはコンディスとフレンとラントバウル村を訪問する約束をしていた。

 けれど、竜騎士団になってからなんやかんやで忙しくて行けなかった。

 やりたいと思ったらすぐに行動しないと、いつか後悔する。


「オレ、この国のこと嫌いじゃないんだ。本当に」

「わかってるよリュート。……わざわざ言うなんて、らしくないよ」


 フレンがリュウトの肩を掴んだ。


「やっぱりリュートはさ、すげーよ。波乱万丈の女神にとことん愛されてんだな! 行って来いよ。……楽しんで来いよ、新天地!」

「うん……」


 たくさんの時間を一緒に過ごしてきた友人と離れるのはつらかった。けれど、決めたことだから、前を向いてお別れがしたい。リュウトはコンディスとフレンと、かたい握手を交わした。


「あたしも行く!」


 と、言い出したのはラミエルだった。


「砂漠の国なんて二度と行きたくない! なんて言ったけど、撤回! あたしは地獄にだってアリアと一緒に行くんだから! リュートだけじゃアリアを守れないでしょ! だからこのラミエル様も連れて行ってよね!」


 ラミエルの頭の上に乗っていたゾナゴンも言った。


「ぞな! リュートとラミエルだけじゃアリアを守れないぞな! だから我も一緒に行くぞな! このゾナゴン様も連れて行くぞな~!」


 ラミエルの頭の上から、アリアの胸元にゾナゴンは飛び込んだ。

 アリアはゾナゴンを両手でキャッチした。


「アリアは一人じゃないぞな!」


 ゾナゴンはウインクをアリアに決めた。


「ゾナゴン……」


 リュウトはアリアを振り返って聞いた。


「どうする? アリア」

「ラミエル、ゾナゴン。ありがとう。そうだね。一緒に行こう。みんなで行こう!」

 アリアは飛び切りの笑顔を見せた。

「そうよっ! 行っきましょーうっ!」

「ぞななーっ!」


 ラミエルとゾナゴンは飛び跳ねて喜んだ。


「って、これ、マギワンドへ向かったメンバーじゃないか。腐れ縁って奴なのかなぁ。まあ、いいけど」


 リュウトが頭をかいていると、ストラーダが近づいてきた。


「リュート!」

「ストラーダ」


 ストラーダはリュウトの背中を強く叩いた。


「リュート! 何があっても無事でいろよ!」

「ストラーダ……今まで、ありがとう」

「ははははは! お礼を言われることをやった覚えがないけどな! なんていうのかなー。お前は最初から人とは違ったから、今回のことも特別おどろきやしねーよ。けど、好きな女ができたんならさ。守ってやれよ」

「はい!」


 ストラーダが行ってしまうと、今度はシャグラン、ハザック、そしてシェーンがリュウトに別れを告げに来た。


「寂しくなるね。でもいつかきっとまた会おうね!」


 シャグランとリュウトは握手した。

 ハザックは無言でうなずいた。


「ありがとう。シャグラン、ハザック。みんなで倒した大蛇とか、楽しかったお茶会とか、絶対に忘れないよ!」


 そして最後に、シェーンがリュウトを見送った。


「リュート」

「シェーン……」

「いつだったか、お前はオレに言ったな。選択肢を増やすことが大事だと」

「言ったっけ……」

「言った」

「へへへ。過去のオレ、偉そうなこと言っててごめん」

「いいや、お前は正しいと思う。そして、お前は今から選択肢を増やす旅に出るんだとオレは思う。違う視点から物事を見て、何が正しくて、何が間違っているのかを学んでいく目を養う時期が来ているんだ。だからお前は旅に出た方がいい。リュートなら、道を間違えても、正しい道に戻れるはずだ。なぜならお前は真っ直ぐなこころを持っているのだから。リュートに出会ってオレが変わったように、お前は世界をも変えていける力がある。オレはお前を信じている」

「ひえっ……」


 なんだかシェーンに大きなことを言われてしまったとリュウトは及び腰になった。

 過大評価な気がするが、シェーンに認められるはめちゃくちゃ嬉しい。


「シェーン。ありがとう。遠くに行っても、オレたちは親友だ。オレはオレの道を行くけど、シェーンも自分の夢を叶えるんだよ!」

「ふっ。言われなくても、そのつもりだ」


 最後に、リュウトはシェーンともかたく握手をした。


 リュウトとゾナゴンはシリウスに乗り、アリアとラミエルは風竜に乗り込んだ。


「さようなら、リト・レギア王国……」


 ドラゴンたちは空へ浮かび上がった。

 リト・レギア王国の紋章が入った竜具は返却した。

 もう、王国竜騎士団ではない。

 けれど。


 ――さようなら、友人たち。竜騎士団のみんな。どこの国へ行っても、オレのこころは竜騎士団としての誇りを決して忘れない。


「リュートーッ! 元気でなーっ!」

「リュート! またいつか、きっと会おう!」


「みんな、ありがとう。本当に、ありがとう――」


 リュウトたちは、砂漠の国ザントを目指して飛んで行った。



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