第79話 父と母の仇、国王死すの件

 ソラリスは荒々しい足取りで王の部屋に向かっていた。

 途中でソラリスを見つけたルシーンが加わった。


「殿下! 一体どうなされたのです!」

「ルシーン。貴様も来い! これから起こることを、特等席で見るがいい!」

「殿下……?」


 モイウェール王の部屋には、兵士が十人ほど、そして竜騎士団の精鋭隊、セクンダディのメンバーが全員集結していた。

 竜の牙グリンディー、竜の目クリムゾン、竜の両翼ノエルとリアム、竜の鱗ショペット、竜の尾シーラン。

 皆無言で横一列に立っていた。


 ソラリスを追っていたマリンは、廊下に飾られていた大きな花瓶にぶつかり、手を切ってしまった。

 アリアは国王に呼ばれていたので、不安げな面持ちで国王の部屋に向かっていた。

 リュウトは休暇になったので、アリアに会いに王城へ来ていた。


 国王の部屋で、モイウェールはセクンダディを前に高らかに宣言した。


「発表したいことがある。新しい国王についてだ!」


 リュウトは中庭からアリアの部屋に向かったが、アリアは部屋にいなかった。


「どこに行ってるんだろう……?」


 リュウトは廊下で、花瓶が割れてそのままになっているのを見つけた。


「え……?」


 割れた破片には、血が付いている。


 ――嫌な予感がするな……。


 リュウトはアリアを探して走り出した。


 モイウェール王の宣言を聞いても、セクンダディは表情を変えなかった。


「新国王にはアレーティアの夫を迎えようと思う。ソラリスには国を出て行ってもらう。グラン皇帝には年頃の娘たちがいるから、婿養子に行かせる。これで、グラン帝国との結びつきも強まるだろう。このことは、明日、全国民に伝える。異論はあるか?」


 セクンダディは誰一人として微動だにしなかった。


「ふん。ないようだな……」


 そのとき、ソラリスが国王の部屋に到着した。


「モイウェール!」


 ソラリスの怒声が部屋中に響き渡った。


「な……! ソラリス……なぜ、このタイミングで来た……?」


 モイウェールはセクンダディを振り返った。


「お前たち! ソラリスに何か言ったのか?」


 セクンダディは国王の問いを無視した。


「モイウェール! お前の悪事も今日で終わりだ! 父と母の仇、討たせてもらう!」

「何? 仇だと?」


 モイウェールはたじろいだ。

 何故、十五年も前のことをソラリスが知ったのか。


「ああ。お前が我が父ヴェイン、そして母シアラを殺したんだろう! アレーティアが秘密の部屋の場所を教えてくれたんで、母の瞳からオレは真相を知ることができたよ。お前の可愛い娘はたいそう役に立ったよ! 恨むなら馬鹿な娘を恨むんだな!」


 ソラリスはグリンディーから剣を受け取った。


「何をする気だ! やめろ! ソラリス! わしが悪かった……! 頼む、許してくれ……! あのときはわたしが悪かった……! 反省している! だからこそ、お前をここまで育てたのではないか! わかってくれ、ソラリス! 人間は誰にでも間違いがあるではないか! お前はわたしの息子ではないか! 養子にしてやった恩を忘れたか!」

「黙れ! 貴様のような男に息子と呼ばれるなどと――虫唾が走る!」


 ソラリスは鞘から剣を引き抜いた。

 鞘を放り投げると、一直線に駆け抜いた。


「地獄に堕ちろ! モイウェール!」

「ぐああああああああああッ!」


 ソラリスが突き刺した剣は、モイウェール王の胸を貫いた。

 そしてソラリスは、何度も何度も剣を抜いては突き刺した。


「死ね! 地獄に堕ちて――永久に呪われろ!」


 返り血が跳ね返ってべっとりと髪や服につく。

 しかし、ソラリスは手を止めなかった。


 ――この男がやったことは、殺しても殺したりないくらいだ。


 モイウェールは、動かなくなった。


「ふ、ふふふ、ははは! ははははははは!」


 モイウェールの死を前にして、大声で笑ったのは宮廷魔導士ルシーンだった。


「モイウェール王は死んだ! そして我々は新しい国王の誕生の瞬間に立ち会ったのだ! 血濡れの王、ソラリス王の誕生だ! 急いで全国民に伝えなくてはならぬ! 新国王はソラリス様だと! ふふふ、ははは! はっはっはっはっは!」


 ルシーンの不気味な喝采にも、セクンダディは何も言わなかった。


 ようやく、マリンは国王の部屋にたどり着いた。

 国王の部屋の扉の前で、腰を抜かしている小さな女の子がいるのが見えた。


「あれは……」


 アリアだった。

 アリアは国王の部屋で起こった一部始終を、すべて見ていたのだ。


「アリアさん!」


 マリンはアリアに駆け寄った。


「大丈夫ですか、アリアさん!」

「……あ……」


 アリアは放心していた。

 マリンは国王の部屋へ目を向けた。

 血みどろになって倒れているモイウェール王。

 血の滴る剣を握りしめているソラリス。

 高らかに笑い声をあげるルシーン。

 無表情で動かないレギアナ・セクンダディのメンバーたち。


「あ……」


 マリンは、理解した。

 そして、アリアがその光景を見てしまい、ショックで立ち上がれないことも――マリンは、理解した。


 血の滴る剣を投げ捨てたソラリスは、部屋から出てきた。

 扉の前でしゃがみ込むアリアを見下して、ソラリスは言った。


「アレーティア、見ていたか……。お前には感謝しているよ。お前のおかげで、オレは証拠を掴み、両親の仇を討つことができた。オレはずっとお前の父に憎しみを抱いて生きてきた。父親の血を引くお前にも、オレはずっと憎しみを抱いてきた。どうやったらお前たち父娘に復讐できるかばかり考えて生きてきた。その野望は、お前のおかげで叶ったよ。ありがとう、アレーティア。オレの可愛い妹……」


 ソラリスはやさしい声で言い放ち、アリアの頭をやさしくなでた。

 アリアは恐怖のあまり動けなかった。

 ソラリスはアリアの頭をなで終わると、立ち上がり歩いて行ってしまった。


「アリアさん! しっかり! アリアさん!」


 魂が抜けたようになってしまったアリアをマリンは必死に呼びかけた。

 ソラリスはなんてひどいことを言うのだ、とマリンは思った。

 アリアはずっとソラリスのために行動してきたのだ。その無垢なるこころを利用して、ソラリスは人殺しをした。


「アリアさん! あなたは悪くない……。あなたは悪くないのよ!」


 マリンは懸命に呼びかけた。


「アリアさ――」

「……あ……」


 アリアは、ぽつりと声を出した。

 そしてゆっくり、マリンを見た。


「アリアさん……」

「……あ……」


 アリアは、マリンの両目を見た。

 かつて憧れたエメラルドグリーンの瞳。

 敬愛していた、そして父を殺したソラリスの瞳。

 秘密の部屋に入ろうとするものを憎悪するような美女シアラの瞳。

 エメラルドグリーンの瞳が、悪魔の瞳が命を奪いにやってきたのだ。

 アリアは絶叫した。


「いやあああああああああーーーーーーっ! やめて! 来ないで! 兄様と同じ瞳! 見ないで! わたしを見ないで! やめて、やめてよ! 死にたくない! 殺されたくない! 誰か、誰か助けて……!」


 アリアはショックで気を失った。


「あ……わたしは……」


 マリンもショックを受けた。アリアを救うつもりが、逆に苦しめてしまった。アスセナ族のエメラルドグリーンの瞳は、今のアリアには致死量の猛毒のようなものだ。もう、アリアの前に姿を現すことは二度とできない。

 マリンは立ち上がった。

 そして、よろよろと歩き出した。

 そこへ、見知った顔が現れた。


「あれ……! マリンさんじゃないですか!」

「リュウト……さん……」


 マリンの目の前に、リュウトが現れたのだ。


「マリンさん……! 大丈夫ですかっ! ひどい汗ですよ。それに、手も怪我してるじゃないですか。廊下で花瓶が割れているのをみかけましたけど、あの血はマリンさんのだったんですね……」


 マリンは、力を振り絞ってリュウトに告げた。


「リュウトさん……お願いがあります……。この先で、アリアさんが倒れています……。命に別状はありませんが、アリアさんは苦しんでいます……。アリアさんを守ってあげてください……。これから先、ずっとアリアさんのことを守ってあげてください……」

「えっ! アリアが!」

「どうか、よろしくお願いします……」


 リュウトはアリアの元へ駆け出した。


 ――これで、よかったかしら……。


 アリアの元へ駆けて行ったリュウトの背中を見ながら、マリンは思った。


「みんな……みんな傷付いている……。神様、なぜこのようなことを許されたのですか……なぜ誰も幸せになれない運命を巡り合わせたのですか……」


 マリンはふらつく足でソラリスの元へ向かった。

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