第78話 秘密の部屋の宝箱と王室の真実の件

 王城の客室の一室で、白魔導士のアスセナ族、マリンは機を織っていた。

 今日もリト・レギアは快晴だ。あたたかい太陽の光が部屋に入ってくる。もう少ししたら、教会へ出かけなければ。今日は月に一度の、街の子どもたちにお菓子を配る日なのだから。

 マリンが立ち上がると、マリンの部屋にソラリスが現れた。

 彼はひどく感情が乱れているような、穏やかではない顔つきをしていた。

 マリンはソラリスと目立つところで会話しないようにこころがけている。あらぬ噂を立てられても双方困るだけだと思っているし、目的がバレては行動がしにくくなるからだ。

 なぜ、ソラリスがこの部屋に――と思っていると、ソラリスはマリンに言った。


「マリン。『そのとき』が来た――」

「えっ……!」


 マリンは驚いた。

 『そのとき』とは、二人の合言葉だった。

 マリンとソラリスの共通の目的が果たされるときを、二人は『そのとき』と呼んでいた。

 ソラリスはマリンを待たずに歩き出した。マリンはあわててソラリスのあとを追いかけた。


 ソラリスが向かったのは、彼の母、シアラのもう何年も使われていない部屋だった。

 ソラリスはシアラの肖像画の前に立った。


「ぐっ!」


 と、突然ソラリスは頭を押さえだした。

 眩暈に襲われたのだ。

 ソラリスはこの肖像画を前にすると、いつもこうなった。


「ソラリス!」

「大丈夫だ……」


 心配するマリンをソラリスは制止した。


「ここが、秘密の部屋の入口らしい」

「秘密の部屋……」


 マリンは肖像画を見た。

 アスセナ族のシアラ。

 シアラはマリンが住んでいたアスセナ族の集落の出身だった。

 リト・レギアから来た王子に見初められて村を出たと聞いたことがある。


「呪文を唱えると、仕掛けが解ける仕組みになっている。ルシーンは一年ほど前からモイウェール王に自白剤を飲ませ続けていたらしいが……効果が出るのに時間がかかりすぎたな。けれど、モイウェールが死ぬ前に秘密がわかってよかったよ」


 ――妹は優秀だ。言った通りだっただろう、ルシーン……。


 ソラリスは呪文を唱えだした。

 昨晩、アリアから聞き出した秘密の部屋を開く呪文を。


「……ユー・セドゥ・ナクンシュ・ルス・ナドゥス・テカガタナ・アウォヌレラ・ルクジチャ・タカギ・エム・ヌオナタナ……」


 ソラリスの唱えた呪文に反応し、肖像画の奥の隠し通路が現れた。


「行くぞマリン。足元に気をつけろ」

「ええ……」


 二人は通路を進んでいき秘密の部屋に着くと、テーブルの上に小さな宝箱が置かれているのを発見した。


「これだ」


 マリンはソラリスを心配した。


「ソラリス。顔色が悪いわ……」

「大丈夫だと言っただろう。……これで、これでオレの両親の、本当の過去がわかる!」


 ソラリスは宝箱を開いた。

 鍵はかかっていなかった。

 宝箱の中には、翠色に輝く宝石が一つ入っていた。

 これは、アスセナ族の瞳が宝石化したものだ。


「一つしかない! モイウェールはもう一つをどこへやったんだ……。だが、片方だけでもいい……」


 アスセナ族は一族の瞳を握ることで、その瞳の所有者が生きてきた時代を視ることができる。

 だからソラリスはずっと探し続けてきた。

 母、シアラの形見の宝石の瞳を。

 この宝箱に入っていた翠色に輝く宝石は、母シアラの片眼が宝石化したものだ。

 モイウェール王は、必ずどこかに隠し持っているとソラリスは踏んでいた。


「母上。……ようやく会えた。オレはずっとこの日を――このときのために――」


 ソラリスは宝箱から宝石を持ち上げ、念じた。


 ――母上、真実をオレに教えてください。何故父が、何故あなたが死ぬことになったのか……。


 宝石は輝いた。

 そして、ソラリスに真実を見せた。


「モイウェール王、あなたはわたしの夫を殺しましたね……」


 ショペット作の肖像画が飾られたシアラの部屋で、シアラはモイウェールを問い詰めていた。

 旅に出た夫、ヴェインは殺されたという噂がある。

 その噂が本当だったことを、最近捕まった夜盗が白状したのだ。


「ああ、そうだ。弟ヴェインを殺したのはこのわたしだ」


 モイウェールはシアラの部屋に飾ってあった剣を鞘から出して眺めていた。

 王弟ヴェインが精霊の国フェアールを旅したときにドワーフの王から賜った剣だ。柄にはクリスタルの精巧な細工が施されている。クリスタル製の武具は人間の刀鍛冶では作ることができない代物だ。

 今はこの剣は、亡き夫の形見である――。


「やはり、あなたが夫を……!」

「王である、ということは、だ。すべてを手に入れなければならない。欲しい剣、欲しい女があれば必ず我が物とする義務があるのだ。恥知らずな弟は、国王であるわたしを差し置いてなんでも手に入れていた。見ろ! この剣の美しいこと……。そして美しい女も手に入れて帰ってきた。アスセナ族の女はみな美しいが、お前はその中でも最上級の女だ。何故だ? 何故、弟ばかりが欲しいものを得られるのだ? 王であるわたしが得られなかったものを、何故弟が……。だから、殺すことにしたのだ。美しいお前を我が妃にするためにな……」


 そんなことのために夫は殺されたのかとシアラは震えた。


「誰が――誰があなたと結婚などするものですか!」


 モイウェールは残念そうに言い放った。


「ならばお前の息子、ソラリスを殺すまでだ! 父子ともどもあの世へ行けっ!」

「やめてください! それだけは……!」


 モイウェールはシアラの部屋で眠っていた幼いソラリスに剣を突き付けた。


「ぐはははははは! 死ねッ!」


 振り下ろした剣は、ソラリスをかばったシアラを切り裂いた。

 流れる黒い髪を振り乱して、シアラは倒れた。

 彼女の血潮が、絨毯に、剣に、愛する息子の顔の上に飛び散る。


「……モイ……ウェール王……あなたは……人の愛を知るべきです……」

「な……! シアラ……そこまでしても……わたしのことを愛せないというのか……どうして……」


 宝石が見せた映像は、そこで途切れた。


 ソラリスは真相を知った。

 母は病で倒れたと聞かされていた。

 ソラリスは幼いころから悪夢をよくみた。

 悪魔が現れて、父と母を殺す夢だ。

 殺された父と母を、血だらけになりながら必死に揺り起こしている夢だった。

 夢は、夢ではなかった。

 これで確信が持てた。


「やはり、父と母を殺したのはあの男だったか……思った通りだ」


 ソラリスは静かにうなだれた。


「父と母の仇……討たせてもらうぞモイウェール……!」


 ソラリスの瞳は憎悪の炎で揺らめいていた。


「ソラリス、ダメよ! 道を誤ってはダメ。あなたのお母様は復讐なんて望んでいないわ!」


 マリンは必死に説得を試みた。しかし、ソラリスには通じなかった。


「黙れマリン! 復讐はオレが望んでいることだ! お前にだって、家族が殺された憎しみはわかるだろう!」

「! ソラリス……」

「母の瞳はお前に渡しておく。誰にも奪われぬよう、肌身離さず保管しろ。……お前の目的は、アスセナ族の瞳を回収することだったな。悪しき者の手から解放するために……。オレは母の瞳だけ奪い返せたらそれでいい。あと一つ。ここには片方しかなかった。もう片方は――グラン帝国の皇帝の手元だろうな……。クソッ、忌々しい……」


 ソラリスはマリンに母の形見の宝石を手渡すと、秘密の部屋を出て行った。

 その足取りは、おそらく真っ直ぐモイウェール王のところまで行くつもりだとマリンは直感した。


「ソラリス! ダメよ……行ってはダメ!」


 ――神よ! 大地母神コレールよ。アスセナの瞳を持つあの青年をお守りください……どうか、神よ……!


 マリンは祈った。


 しかし、マリンの祈りは神に届く前に虚しく立ち消え、運命は動き出した。



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