第77話 兄様の役に立てるならの件
秘密の部屋の存在を知ってから翌日のことだった。
夜、アリアの部屋にソラリスが訪れた。
「え……どうされました? ソラリス兄様」
「すまないな、アレーティア。突然押しかけてしまって」
「い、いえ。何かご用でしたか?」
「用事か……。そうだな。最近、お前に対して冷たい態度を取ってしまったことを謝りたくてな」
「ええっ」
アリアは驚いた。
「なんだ? 意外か?」
「いえ。そういうわけでは……」
ソラリスはアリアを部屋の二人掛けのソファに座らせた。
ソラリスもアリアの横に座り、淡々と話し始めた。
「ここ最近はずっと悩んでいることがあってな……。父王はオレを疎んじている。それはアレーティアの目から見てもわかるだろう?」
――兄様はやっぱり、気付いていらっしゃった……。
アリアが返答に困っていると、ソラリスは伏し目がちに言った。
「オレは父とはうまくいかない。だが、オレはお前とまでは対立したくないんだ」
――え。
なんだかいつもと様子が違う兄を前にして、アリアは困惑した。
マギワンドから帰ってきたときに、何も言ってくれないどころか、一度もこちらを見なかった兄の態度にアリアは胸を痛めていた。仲間たちの手前、気にしないようにしたが、リュウトのフォローがなければまだ悩んでいたかもしれない。
「お前がオレのために今まで努力してきたことを知っているし、実際、お前は誰よりも頑張っている。お前は父上とは違う。……オレは幼いころに両親をなくした。そんなオレを一番可愛がってくれたのはお前の母親だった。アレーティアは母親似でよかったよ。やさしいところが受け継がれた……」
ソラリスはふっと笑った。
兄が笑うなんて本当に今日はどうかしている、とアリアは思ったが、でもいつものこわい顔よりも、笑った顔は素敵だ。
アリアは兄について、魔性の容姿だと思う。見る者すべてを魅了し、異性のみならず同性のこころをも奪ってしまう。
漆黒の髪に、闇の中でも輝きを失いそうにないエメラルドグリーンの両の瞳。白くきめ細かい肌。長く見すぎると、雰囲気に当てられて正気を失いそうになる。
「オレにはアレーティアのように他人にやさしく、なんてできない。だからこそ、オレにはお前の力が必要なんだ。協力してほしいんだ。理想の国を作るため。このリト・レギアを、強さとやさしさを兼ね備えた国にしていきたい」
「に……兄様……」
「だから今までのことはごめんな。アレーティア」
ソラリスはアリアの奥の肩に手をかけた。小さなアリアはソラリスに引き寄せられるような形になる。ソラリスを信奉している女の子たちから、嫉妬の目でにらまれそうな、そんな体勢だ。
「王やルシーンがそばにいたからずっと本音で話せなかった。オレの本心は平和な国を作りたい。それだけなんだ。そしてそれにはアレーティア、お前が必要なんだ」
アリアの心臓はバクバクと鳴っていた。
――わたしはどうしたらいいの? 兄様の言っていることは本当に本音?
アリアは、ずっとプレッシャーだった。
兄の存在が。
優秀すぎる兄。周りからはいつも比較され、失望されてきた。
兄に勝てることは一つもなかった。
兄の力になることが、ずっと夢だった。
リュウトに出会う前までは、兄の役に立つことが価値観のすべてだった。
――でも、本当にこの人を信用してもいいの?
その疑念は、リュウトに出会う以前だったら思いもしなかった感情だろう。
それだけ、兄は絶対だった。
しかし、やさしさで生きるリュウトと出会ってから、物事の見方が変わった。
他人を思いやることができる人を信頼すべきだと、アリアはリュウトとの出会いを通して感じていた。
「……父上はオレに隠していることがあるだろう」
「!」
「そしてお前はその隠し事のせいで苦しんでいるよな。見ていればわかる」
心臓の鼓動が早くなりすぎて、アリアは今にも倒れてしまいそうだった。
しかし、肩を強く握るソラリスの手がそうはさせてはくれない。
「だが、一人で悩む必要はない。オレに話してくれたら解決できるかもしれない」
「……う……」
アリアの両目から、涙が出ていた。
嘘でも嬉しかった。
こころを閉ざしている兄ソラリスが、自分を心配してくれたのだ。
思いやりがない人だと言うのは誤認で、ずっと忙しかっただけなのかもしれない。
兄はいつも国を想っている。
そんな兄にやさしく振る舞ってもらおうなどという考えは、甘えだったのかもしれない。
本当なら、兄が大変そうなときは助けになるのが妹の役目だったのに、いつの間にか役目を放棄していた。
こころの距離は、自分が生み出していた幻影だったのかもしれない。
アリアは気が付いたらこころの悩みをすべて兄に打ち明けていた。
「お、お父様はわたしの結婚相手を王にするって言ってて……でもわたしは、兄様の方がふさわしいって言ったのに……聞いてくれなくて……言うことを聞かなければ追放するって脅されて……わたし、わたし、どうすればいいのかわかんなくて……それで……」
ソラリスは妹の頭をやさしくなでた。
「アレーティア。ずっと抱え込んでいたんだな。まだほんの子どもなのに。こわかっただろう。よく頑張ってきた」
ソラリスの声はやさしかった。
いつでもこんな風に会話できたらどんなに素敵かとアリアは考えた。
「今日からは兄のオレが力になる。だからもうこわがらなくていい。お前が王妃になっても支えるし、お前が政略結婚させられそうになったらオレがなんとかする。このオレを信じてほしい。お前とお前の母親には大切なものをもらってきたんだ。真っ直ぐに人にやさしくするこころを。ふっ。なんて、オレが言っても信用されないかな……」
「兄様!」
よかった。兄妹で対立するなんてことはないんだ。もう悩まなくていいんだ――と、アリアが思っていると、ソラリスは一つ、アリアに質問をした。
「アレーティア。父上はもう一つ、お前に秘密を話さなかったか?」
「?」
「オレは数年前からずっと探しているものがあるんだ――」
ソラリスはアリアから手を放し、部屋を歩き出した。
「――王家の秘密。秘密の部屋が、この城のどこかにあるはずなんだ。オレはずっとその部屋を探している」
アリアには思い当たることがあった。
昨日、モイウェールに案内された、秘密の部屋のことだ。
「その表情。知っているんだな。知っているなら教えてほしい。どうか兄の役に立ってくれ、アレーティア!」
――兄の役に立つ?
兄の役に立つ。
それはアリアが幼少期からずっと望んでいたことだ。
アリアはずっと、すべての努力が空回りしていた。
だけど、今度こそ本当に役に立てる。
――敬愛する、ソラリス兄様の役に立てる!
「兄様のお役に立てるなら、お教えします」
秘密の部屋には、特に何もなかったはずだ。
ソラリスに教えても、問題が起きることはないだろう。
そして、王になるべきものが秘密を知る権利があるのなら、アリアではなく、ソラリスの方が知るべきである……。
アリアは口にしていた。
「秘密の部屋の場所は――」
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