第76話 秘密の部屋の秘密の件
モイウェール王はアリアを連れて、とある部屋に来ていた。
「ここは……」
ソラリスの母でアスセナ族のシアラが使っていた部屋だった。
シアラは長く黒い髪に、エメラルドグリーンの瞳を持った美しい女性だった。
部屋には、彼女の大きな肖像画が壁にかけられている。
この絵も画家のショペット作のようだった。絵の右端に、彼のサインがある。
だが、絵画の中のシアラは美しいが表情のない顔をしていた。
「……」
アリアは肖像画をじっと眺めた。
――キレイな人……。
だけど。
――こわい。まるで、何かを恨んでいるような……。
「アレーティア。ここに先日の会議で話した、秘策がある」
「秘策……」
モイウェールは、闇の魔導師たちとの同盟を破棄した。王はそのとき、グラン帝国の助力を借りるための秘策があるから大丈夫だと言っていた。
しかし、ソラリスがその秘策とは何かを尋ねても、モイウェールは答えなかった。
「この部屋には、仕掛けがある。呪文を唱えなければ、入れぬようになっている秘密の部屋がある」
「秘密の部屋……」
モイウェールは肖像画の正面に立ち、呪文を唱えた。
「ユー・セドゥ・ナクンシュ・ルス・ナドゥス・テカガタナ・アウォヌレラ・ルクジチャ・タカギ・エム・ヌオナタナ」
肖像画の奥でパチリ、パチリ、という音がしたかと思うと、肖像画が扉のように開いて、絵の裏側に隠されていた通路が現れた。
「この通路を抜けると秘密の部屋がある」
モイウェールは肖像画の裏側にあった通路を進んでいった。
父の足取りは慣れていた。
しょっちゅうここへ来ていたのだろうか、とアリアは思った。
通路を抜けると、冷たい石造りの部屋があった。
中は薄暗い。
秘密の部屋、と呼ばれているくらいなので、きっとすごい宝が隠されているのだとアリアは考えていたが、その予測は外れた。
テーブルに小さな宝石箱が置かれている以外は、何もなかったのだ。
「この宝箱の中身が、最後の秘策だ……」
モイウェールは宝石箱の前まで近付いた。
「かつてこの部屋には様々な宝があった。しかし、そのほとんどをグラン皇帝との取引で使ってしまった。だが、これさえあれば、グラン帝国は我々に力を貸してくれるはずだ」
「何が……入っているんですか」
「なんてことないものさ。どうせ近いうちにグラン帝国に渡されるのだ。知らなくてもよいだろう。ただお前に知っておいてほしいのは、この城には秘密の部屋があるということだ! この部屋には強大な魔力がかかっている。世界が滅亡しても、この部屋の中にいれば、飢えることも死ぬこともない。敵が王城まで侵入したときは、この部屋をうまく活用せよ。呪文は覚えたか? もう一度言うぞ。ユー・セドゥ・ナクンシュ・ルス・ナドゥス・テカガタナ・アウォヌレラ・ルクジチャ・タカギ・エム・ヌオナタナ、だ」
「……お父様」
「なんだ? アレーティア」
「まだお考えは変わらないのですよね……」
「お前もくどいな」
「……」
「いいか、アレーティア。この部屋のことは、わたしとお前だけしかしらない。王になるものだけがこの部屋の存在を知っていいのだ。もし、万が一戦で負けるようなことがあっても、王族だけは生き延びられる。この秘密の部屋がある限り、な」
二人は秘密の部屋を出た。
アリアは父が言うような状況は来ないだろうと思っていた。
戦に負ける可能性はある。
しかし、自分一人でこの秘密の部屋に隠れ、やり過ごすような状況には絶対にならないと思う。
戦で負ける時は、王族は戦った臣下たちと共にあるべきではないかとアリアは考える。
一人で安全なところへ逃げるなど、あり得ない。
だから、秘密の部屋のことを教えてもらったが、アリアにはあまり意味がないと感じていた。
モイウェール王は、満足して自室へと帰っていった。
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