第74話 ドラゴン・デートの件
「いってきます!」
休暇の朝。リュウトはコンディスとフレンに挨拶をしてシリウスで王城に向かった。
「おう! 楽しんで来いよな!」
「ドジはするなよ」
「あはは。がんばるよ」
今日はアリアとデートをする約束だった。
「デート、なんだろうか? いや、違うのか? ただ二人で遊びに行くだけ? デートの定義ってなんだろ? まあどうでもいいか、そんなこと」
王城の中庭に、アリアが風竜と一緒に待っていた。
アリアはこの前の旅の帰路の水の国で買ったドレスを着ていた。
リュウトが可愛いと誉めたドレスだ。
「リュウトさーん!」
満面の笑みでアリアは手を振っていた。
可愛すぎるアリアを前にして、リュウトは照れくさくて一瞬帰ろうかなと思った。しかし、勇気を出してリュウトはアリアをエスコートした。
今日はデートなのだ。一人で思ってるだけでデートと言えるのかはわからないが、精一杯彼女を楽しませてあげたい。
「じゃあ、今日はどこへ行こうか」
「うーん……。そうだ! わたし、リト・レギア全体をじっくり見て回りたいな。帰ってきてから、まだそんなに出かけれらていないの」
「わかった。じゃあ、行こう!」
「うん!」
二人はドラゴンに乗って空を飛んだ。
「しかしアリア、よくあのラミエルを撒けたな。ラミエル、絶対に反対するかついて行くかしたがったんじゃないか?」
「あはは。うん。説得に三日かかったよ。一生のお願いって言って頼み込んだの」
「はー。大変な娘に好かれてるな、アリア」
「うん。けど、ラミエルは根がいい子だから大変だけど大変じゃないよ」
「ふーん。まあラミエルのことはどうでもいいや。竜騎士になってから、任務で国内を飛ぶようになってから、絶対にアリアと来たいって思ってたスポットがたくさんあるんだ。案内するよ!」
「わたしと来たいって、考えてくれてたんだ……」
リュウトの何気なく言った言葉がアリアはとても嬉しかった。
リュウトとアリアは、王都から離れた街で買い物をしたり、風竜がいた山に帰ってみたり、山の頂上の花畑で穏やかに語り合ったり、水平線に夕日が沈む海岸線を歩いたりして、一日を過ごした。
時間が経つのがあっという間で名残惜しい気持ちになったが、王城に戻ってきた二人は今日の感想を言って別れた。
「アリア、今日はすごく楽しかったよ! また、一緒に出かけたい……いい、かな?」
「うん! ぜひ。また一緒にデートしてね、リュウトさん」
「あっ……」
――デートなんだ。
砦に戻るリュウトはルンルンだった。
「デートだったんだ! デートでよかったんだ!」
リュウトは自分だけがデートだと思っていても、相手もそう思っていなければそれはデートじゃないだろうなと考えていたので、彼女の一言で自信がついた。
「いやっほーっ!」
シリウスを旋回させてリュウトは夜空を飛んだ。
今日はキレイな星空だ。
今夜はもう、悪夢なんて見ないだろう――きっと。
リュウトとのデートが終わったアリアは、国王の部屋に来ていた。
王城に帰るとすぐ、国王から呼び出されたのだ。
「なんでしょうか、お父様?」
「アレーティア……」
アリアは、魔導学院に留学している間にやせ細ってしまった自分の父親を見た。こんなに元気がなくなってしまうのなら、そばにいた方がよかったのかもしれないと考えると胸が痛む。
「単刀直入に言うが、アレーティアはリュートくんのことをどう思う?」
「えっ?」
どういう意図の質問だろうか。
アリアは身構えた。
父親であれ、国王の意見は絶対なのだ。国王としての主張を聞かされたら、同意の意思表示、あるいは反論しないようにこころがけなければならない。小さいころからアリアはそうして生きてきた。だから、国王の考えを妨げないように、自分の意見は最初から大っぴらにせず、言葉に気をつける必要がある。王の前での意見はタブーである。
「彼がどうかしましたか?」
モイウェール王は顎髭をなでた。
「うむ……」
目を細めるモイウェール王を見て、アリアは固唾を飲んだ。
しかし、国王から出た次の言葉は悪い話ではなかった。
「リュートくん。わたしはあの青年をとても気に入った!」
その一言で、アリアはホッと胸をなでおろした。
「彼ならアレーティアの婿として申し分ないとわしは思っておる!」
「え、ええっ!」
アリアは驚いた。
「む、婿……?」
「そうだ。わしはリュートくんとアレーティアを結婚させようと考えている。彼はアレーティアの命の恩人でもあるし、真の勇者だ。嫌だというのなら、お前を別の男と婚約させるが、わしの一番の候補はリュートくんだ」
「えっ、えっ、えええ! そんな、急に言われても……!」
アリアはテンパってしまった。
アリアはもうすぐ十一歳。まだ身体的にも精神的にも大人の女性にはなれていない。
「だ、大事なのはリュウトさんの気持ちじゃないですか……?」
「何を言っているんだ。アレーティア、お前はリト・レギアの王女なのだ。だから、お前が決めていかねばならぬ。欲しいものがあれば誰よりも先に手に入れなければならぬ。そして正統なる王族として、一番の権利がある。わしはもう長くない。お前とリュートくんが国を導くんだ。わかったね?」
「え……? それはどういうことですか? 次に国王になるのはソラリス兄様でしょう?」
「いいや。わたしの気持ちはかたまった。アレーティアが結婚するのならリュート君を王に迎える。ソラリスは王家の直系ではない。わたしの恥知らずの弟の子どもだ。それゆえ我が王国の至宝、聖鳩琴も扱えぬ。それに、わしの娘の命が危ないときにソラリスは何もしなかった! あやつはでくの坊だ! あやつが国王になりたいと抜かすなら、国外追放を言い渡すつもりでいる!」
モイウェール王は興奮していた。
ギラギラとした両目が、アリアを刺していた。
「お、お父様! それはいけないことです!」
「なんだとアレーティア? わしに歯向かうのか?」
国王は絶対だ。意見してはいけない。
アリアはずっと誰とも争わないで済むように考えて行動してきた。
だけど、これでは――。
「違います! 約束は果たされねばなりません! 兄様は国民から慕われています。兄様こそ時期国王に相応しい方です!」
「それではアレーティアはリュートくんでは不服だというのか?」
「リュウトさんはやさしい方です。責任のある立場に就かせて、これ以上苦しんでほしくないのです。人には適材適所というものがあるのです」
「アレーティア! 男には等しく野心があるものだ。男が女にやさしくするときはそのこころの内に秘めたる野心があるときだ! どんな男でもそうだ。だからわたしはお前たちのためにやれることをする。わたしは決めた。新国王はリュートくん、そして妻はアレーティア! お前だ!」
アリアは抵抗した。
やさしいリュウトは、アリアを騙してやさしくしているのではない。
アリアはリュウトの性格を理解している。リュウトのこころを信じている。
しかし、父には見えていないのだ。
自分がこうなら相手もこうだろうと決めつけて、客観的に物事を見れていないのだ。
曇ったフィルターを通して見た世界は、曇った世界しか見ることができない。
「それはダメです! 絶対にダメです! 誰も望まないことが起きます!」
「誰も望まないだと? 現国王のわしが望んでいるのにか?」
アリアの必死の訴えは、モイウェール王の逆鱗に触れた。
「アレーティアぁああああ!」
突然モイウェールは大声で娘の名前を叫んだ。
今までに聞いたことのない怒声で呼ばれ、アリアは恐怖で身がすくんだ。
「お前の母親とは水の国で知り合った! 彼女は元は卑しい身分の踊り子だった。わしは彼女を貴族だと偽って結婚した。あの女はあまり頭の良くない女だった。愛想しか取り柄のない女だった。だからわたしは気に入って妻に迎えたが、こうも頭の悪さが遺伝してしまうとは! あの女も今のお前のようにわしに歯向かったので国へ帰してやったことがあった。その後、自殺したと風のうわさで聞いたが……。アレーティア、お前の頭が悪いなら母親と同じ運命をたどることになるやも知れんな……! だが、心配しなくていい。お前はわしの言う通りにさえしていればいい。そうすれば一生安定した暮らしができる。わしの言う通りにさえすればな!」
モイウェールは口早にまくしたてた。
アリアはショックを隠しきれなかった。
「お父……様……? あなたは……なにを……?」
「もういい! 出て行け! 返答は近いうちに出してもらうからな!」
アリアは部屋を出た。
廊下を歩いて自室に戻ろうとするが、眩暈がしていて真っ直ぐ歩けない。
――気持ち悪い。
何が、起こってるんだろう。
さっきのあれは、あのやさしかったお父様なんだろうか?
それとも、あれはお父様ではなく、誰かに操られているんだろうか?
様々な疑問がアリアを苦しめた。
アリアがリュウトとの結婚を選べば、兄のソラリスは国外追放となる。
アリアがリュウトとの結婚を選ばなければ、ソラリスが国王となるが、リュウト以外の男と結婚しなければならなくなる。
兄と国民の期待を取るか、リュウトと自身の願いを取るか。
アリアはそっと胸に手を置いた。
命がけで助けてくれたリュウト。
こころを壊してまで救いに来てくれたリュウト。
悲しい思いをしたときに、いつもフォローしてくれるやさしいリュウト。
ずっと一緒にいると指きりげんまんをして約束したリュウト。
彼がアリアを好いてくれていることを、アリアはとてもよくわかっている。
だから、彼を選ばないことで傷つけたくない。
そして、アリア自身はリュウトと結ばれたい。ラミエルはリュウト以上の男はゴロゴロいると言っていたが、アリアにはそう思えない。
リュウトとは、大きな運命に導かれて出会ったような気がする。
あの広い飛竜の森で、偶然出会い、偶然惹かれあって、偶然あの闇の砦で再会を果たした。それらは、本当に偶然なのだろうか。リュウトとは、偶然という言葉では片付けられない――運命を感じるようなことが今までにたくさんあったのだ。
そんな男性とは、この先一生出会えそうにない。
リュウトでなければダメなのだ。
そして。
「お母様――」
アリアは彼女が幼いころに失踪した母親について、水の国の貴族の出だと聞いていた。
しかし、それは嘘だとわかった。
長年事実ではないことを教えられていたというのは、悲しかった。
悲しい。
母親が実は卑しい身分だったことが、ではない。
一人の女性を、夫である父が苦しめた事実が、だ。
アリアが知る父、モイウェールは細かいことは苦手だが、人当たりの良い豪快な人だった。多少強引なところもあったが、他人を陥れて、傷つけるような人ではなかったはずだ。
しかし、さっきの告白が虚言だとは思えない。
母は、追放されてこの国から姿を消したのだ。
そして、今度は兄が追放されようとしている。
「リュウトさん……」
アリアはバルコニーに出て、泣いた。
今日は星がキレイだったはずだ。
なのに、今は星がよく見えない。
アリアは夜空を見上げて、自分がモイウェール王の娘であることを深く自覚した。
涙で滲んだ目で見た夜空は、遠くで輝く星々を見ることができなかったからだ――。
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