第68話 王女が呼んでいるの件

 魔導士の国マギワンドは、闇の魔導師たちによって壊滅させられていた。

 魔導学院の焼死体を一つ一つ調べて、リュウトはアリアの手掛かりを掴もうとしていた。

 そして、すべての遺体を調べ終わった結果――。


「ない!」

「どういうこと?」


 ラミエルはリュウトに尋ねた。


「アリアはこの学校では死んでない」

「生きてるってこと?」

「それはまだわからない」

「生きてるでしょ? 生きているに決まっているわ!」

「だから! それを明らかにしなくちゃいけないんだよ!」

「なんで怒るのよ!」

「……!」


 リュウトはその場に腰を下ろした。

 言い争いをしているときではないのはわかっている。


「はあ……」


 ラミエルはまだ納得がいっていないという顔でリュウトをにらんできた。


「リュート、少し休むぞな」

「ありがとう。大丈夫だ、ゾナゴン……」


 ラミエルがバカなことはわかっているが、いつもなら相手にしないことですら腹が立ってくる。

 冷静さを欠いてるんだ、とリュウトは自覚する。


 ――アリア、今どこにいるんだ。


 リュウトは体操座りをして顔をうずめた。

 今は誰にも顔を見られたくない。


 ――アリア……。


『――お前さんが信じてやらねえとな』


 リト・レギアを出発したときにストラーダが言っていた言葉。

 信じるって、すごく難しいことだなと改めて思い知らされた。

 少し前、竜騎士になった道が正しかったのか悩んだことがある。

 もし、アリアが死んでいたら、そして未来を知っていれば、竜騎士にはならなかった。アリアを引き留めて、絶望の未来を変えただろう。

 アリアが死ぬのは運命だと言われても、絶対に肯定できない。

 何かあるはずだといって彼女が生き延びる道を探し続けただろう。


「オレ……何のために……何のためにこの世界に来たんだろう……。絶望するため? か? ……意味なんて……なかったのかもな、最初から……。そうだ、元の世界だって人間が生きてる意味なんてなかっただろ。毎日毎日、何のために食って何のために働いて……。守りたいものをもう守れないんだったら、何のために生きてるかわかんないよ……。どうしたらいいのか、わかんないよ……」


 リュウトのつぶやきに、誰も何も言わなかった。

 異世界に来たことには意味があるはずだと思っていた時期があった。

 だけど、はたして世の中で起こっていることすべてに意味なんてあるのだろうか。

 ただ事象が起こっては消えて、起こっては消えての繰り返し。

 そこに意味を見出しているのは人間で、実際のところは意味なんてない。

 そう考えた方がつじつまが合うような気がする。


「アリ……ア……」


 かすれた声しか出ない。


 ――もう、嫌になってきたな。頑張っても、世の中がこんな風になるなら意味ないや。何のために頑張ってきたんだろう。つらい別れをするのなら、はじめから出会わなければ……。


 と、考えたところでリュウトは大きく首を振った。


 ――それは、違う。彼女に出会えたから、頑張りたいことができたんだ。頑張りたいことを頑張り切ったときの達成感と幸福感は、紛れもなく本当のこころの底から感じたものだった。だから、彼女との出会いには、意味があった。彼女がいたから、オレはここまで来れたんだ。


「オレは! ……オレは信じる。アリアとの出会いには意味があった。オレは信じている。もう一度、彼女に会える。必ず、必ず、必ず――!」

 

 そのとき、リュウトの耳に、楽器の音色が聞こえてきた。


「……え……」


 音色には聞き覚えがある。


「これは……」


 ゾナゴンがリュウトに合図する。


「知っている……これは……この音は……」


 アリアが持っていた、聖鳩琴の音色だ。


「リュート! 聞こえるぞな?」

「ああ……聞こえる……聞こえるよ……」


 風竜が咆哮した。


「アリア……アリアが奏でているんだ! ――聖鳩琴を!」


 リュウトの耳にははっきりと聞こえていた。

 アリアが吹くオカリナのやさしい旋律が。


「みんな、何を言っているの? あたしには聞こえないわ!」


 ラミエルが言った。


「この音色は、ドラゴンにだけ聞き取れる音ぞな!」

「えっ?」


 ラミエルが疑問に思った瞬間にはもう、リュウトは駆け出していた。


「アリアは――生きている!」


 はじかれたように走った。

 走って、走って、走って、魔導学院を抜け出し、音が聞こえる方角を見た。


 ――アリア!


 仲間たちが、走るリュウトを追いかけてきた。


「ちょっと! 待ってよ、リュート!」

「ぞな~!」


 胸が早鐘を打っている。

 身体の感覚が遅れてやってくる。

 感情が、脳がぶっ壊れそうだ。


 ――彼女にもう一度会えるなら、悪魔に魂をくれてやってもいい!


「シリウス! 行くぞ! 音が聞こえる方角に、アリアはいるっ!」


 シリウスを呼び寄せ、リュウトは飛び乗った。


「待ってよ~!」

「待つぞな~!」


 リュウトには仲間たちの声は全く耳に入っていなかった。


「絶対に、救い出す!」


 ただ一つの使命を胸に、リュウトはひたすら真っ直ぐに飛んで行った。

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