第67話 燃える魔導士の国の件

 リュウトたち一行はついにマギワンドの国境に足を踏み入れた。

 ドラゴンで飛び続けている間、ラミエルはどうしても脳裏に『あのシーン』がよぎってしまい、鬱々としていた。


 ――リュートのアレを見てしまった!


「キャー! 記憶を消したい消したい消したーいっ!」


 ラミエルは風竜の上で暴れた。


「ラミエルの奴、一人で何をやってんだ?」


 ラミエルを乗せなくてはいけない風竜に同情しながらリュウトはラミエルを横目で見た。


「ほっとくぞな。どうせくだらんことを考えてるぞな」

「そうだな」


 マギワンドはこの世界の最北東に位置する国だ。国土のほとんどが凍てつく氷に閉ざされている。魔導学院のある場所は、まだ人が足を踏み入れても凍えるような場所ではないが、冬になると猛吹雪が荒れ狂い、半年は行くのも出るのも不可能になる。そんな場所に何故魔導学院など作ったのかリュウトはラミエルに尋ねてみたが、魔導学院の生徒だった彼女も理由を知らなかった。リュウトたちの旅は幸い季節は夏だったので、寒すぎない快適な気候の中をドラゴンで飛行することができた。


 森を進んでいくと、拓けた場所に砦が見えた。


「あそこは?」

「タドミール砦ね……。昔は偉大な魔導士が住んでいたらしいけど、今は廃墟同然になっていたはずだわ」


 そのとき、リュウトは砦から異様な気配を感じた。


「みんなっ! 隠れろ」


 リュウトはラミエルの頭を押さえつけて草の中に身を隠した。


「ちょっとぉ! 葉っぱが口の中に入っちゃったじゃない! ぺっぺっ!」


 砦の周りには、闇の魔導師たちがいた。

 三十人以上はいる。

 砦を取り囲んで、呪文を唱えているようだった。


「ハアッ!」


 闇の魔導師たちの呪文が完成すると、砦は大きな音を立てて爆発した。


「うわっ!」


 砦は木端微塵に粉砕されてしまった。


「ひええええ……!」

「うわうわわわぞな……!」


 闇の魔導師たちの恐るべき魔法攻撃の威力に、ラミエルとゾナゴンはすっかりおびえきってしまった。


「みんな、ここは危険だ! 逃げよう!」


 おびえる仲間たちを引っ張って、リュウトはドラゴンに乗ってその場をあとにした。


「こ、こわかったぞな~。見つかってたら死んでたぞな」

「闇の魔導師か……。大分離れていたはずなのに、まだ鳥肌が治まんないよ」

「あれだけ大勢いるなんて! 魔導学院を襲ったのも奴らかしら……」


 ゴーレムを操っていた闇の魔導師は楽に倒せたが、三十人もいたら話は別だ。闇の魔法は詠唱に時間がかかるが、その分威力は大きい。集団で来られたら厄介な相手だ。


「なんであんな人数で砦を破壊していたんだろう」

「そりゃあ……。憎いんでしょうね」

「憎い?」

「闇の魔導師は、ほとんどが魔導学院から追い出された人間なのよ。悪しきこころを持って魔法を使おうとして、学院長に追放されたの。だからその復讐として、マギワンドを襲ったのよ」

「……」

「人間って本当に愚かだわ。自分が正義だと思ったら、何をしてもいいと勘違いする。行き過ぎた破壊は悪そのものなのにね」

 

 一行は、重たい沈黙のまま魔導学院に向かった。

 ラミエルが最後にアリアの姿を見たのは、魔導学院だからだ。

 炎が燃え盛り、火の海と化した魔導学院で、二人の少女たちは引き裂かれた。


「アリア……」


 ラミエルは親友のことを考え、胸の前に手を当てた。

 リュウトは士官学校で魔導士の国マギワンドのことを勉強したとき、魔導学院という響きにワクワクしていた。

 幼いころ、魔法使いの学校が出てくる映画をみてこころをときめかせた記憶がある。

 そのため、魔法学校に通う想像を何度かしたことがあった。


「ひどい……」


 魔導学院は、全焼していた。

 学校というよりは、巨大な城のような外観をしていた。

 煤で真っ黒になった魔導学院は、人を寄せ付けないような不気味なオーラが立ち込めていた。


「あのにぎやかだった魔導学院が……! こんなの……嘘よ……!」


 リュウトたちは煤だらけの魔導学院の中を進んでいった。

 学院の中には焼死体がたくさんあった。

 リュウトは無言で、一つ一つ遺体を確認していった。


 ――これは、違う。


 ここで放置されている遺体は、ラミエルのかつての学友たちなのだ。


 ――これも、違う。


 リュウトは探していた。

 当然、見つけたくはない。

 魔導学院もリュウトが通った士官学校と同じで、十五歳になった少年少女たちが入学する。アリアは竜騎士の国リト・レギアの王女として特別に十歳での入学が認められていた。

 だから、もし身長の低い焼死体を見つけたら、おそらく――それはアリアの遺体だ。

 先へ進んでいくリュウトに、必死で追いかけるラミエルの精神は限界だった。


「あたしは……正直、この学校に馴染めてなかった……。だけど、みんな、死んでいい人たちじゃなかった。どうして? どうしてこんなことになったの? 同い年の子たちが大勢死んだなんて! 嘘よ! ありえないわよ!」


 ラミエルはぺたんと座り込んで泣き出した。

 リュウトには泣くラミエルに何もできなかった。


「オレ、確認しないといけないから……」


 リュウトの精神も限界だった。

 魔導学院には、生きている人間は誰もいなかった。

 何も考えないように、感情を殺して、ただ一つ一つ、リュウトは焼死体を調べて回った。


 それは、とても地獄のような時間だった――。

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