第64話 歩いて行こうの件

 リュウトたち一行はリト・レギア王国を北上し、水の国トリクル、砂漠の国ザントを越えたその先にある魔導士の国マギワンドを目指して飛び続けていた。

 その途中で、雷雲が発生し、雷の柱が乱立する場所に出た。

 真っ黒な雲が空を覆い、どこまでも続いている。


「ここは雷鳴の谷と呼ばれる場所よ。竜で飛んで行ったら雷に当たって死ぬわ。ここから先は下の谷を歩いていくしかないわよ」


 と、ラミエルが説明している間にも雷がそこかしこから落ち、光ってから数秒後に大きな音が轟いた。


「うひゃーっ! 雷ぞなっ! こわいぞな~!」

「すごいな。これは確かに飛竜じゃ進めなさそうだ」


 雷の柱を見つめるリュウトとゾナゴンにラミエルは言った。


「この雷雲を上に突き抜けると、天空に浮かぶ城があるっていううわさがあるのよ。でも、そんなの嘘ね。飛竜で行けないんだったらどうやって行くのよって話よ。誰も行ったことがないならそんなうわさは嘘だわ」

「ふーん。でもなんだか夢のある話だな」

「あたしは信じないわ!」

「うん。どっちでもいいよ。歩いていくしかないなら、シリウスと風竜を下に降ろそう」


 上の空の道は危なくて渡れないので、リュウトたちは谷を徒歩で乗り越えることにした。

 

「ねえ、ラミエル。どうしてもこの谷を通らないといけないのか? 水の国トリクルはリト・レギア王国の北東に位置してるんだから、斜めに突っ切って行けばいいじゃないか」


 リュウトは大陸地図を見ながら言った。


「バカね。斜めに突っ切るとグラン帝国領に入っちゃうでしょ。グラン帝国領の上空を飛竜で渡ったら、魔法の大砲で撃ち落とされるわ。国境には兵がいて、いつでも監視しているのよ。グラン帝国は他国を侵略してできた国だから、侵略されることを過度におそれているのよ。だからあたしたちはこの谷を越えていくという選択肢しかないの。水の国や砂漠の国は友好的だからそんな心配しなくていいけどね」

「ふーん」

「けど、上空の雷も危ないけれど、下の谷の道もかなり危ないわ。魔物の量が半端ないのよ。だからリト・レギア王国にたどり着くまでにすごく苦労したわ……」

「魔物か」


 でも、アリアもこの道を通って魔導士の国マギワンドへ行ったんだよな、と考えると泣き言は言ってられない。


「気を付けて行こう!」


 先導していたリュウトが後ろを振り返って仲間たちに言った。すると、仲間たちは恐怖で顔が引きつっていた。


「リュートぉぉおっ! 後ろ、後ろぉ!」

「ぞなーっ!」


 リュウトが後ろを振り返ると、岩石に顔がある魔物が三体いた。

 魔物は岩石に擬態した爆弾岩という魔物だった。

 学生時代、アンドリューがこの魔物の破片をコンディスに投げつけたことがあったが、破片だけでもまあまあの威力だったので、本体はもっとおそろしいはずだ。

 その魔物が、行く手に三体もいたのだ。


「くっ! 戦うぞ!」


 リュウトは剣を引き抜いた。

 ラミエルも魔導書を取り出す。


「い、い、い、行くわよ! こんな岩に落書きみたいな顔が付いただけの魔物なんて、ちっともこわくなんてないんだからね!」


 リュウトは横目でラミエルを見ると、ガチガチに足が震えていた。


 ――ラミエルってもしかして……。


「くっ! 食らいなさーい! あたしの電撃魔法ーっ!」


 ラミエルは雷の魔法の呪文を唱えて、爆弾岩に向かって放った。


「ヤーーーーーーッ!」

「あっ!」


 電撃の魔法は、すぐ近くにいた爆弾岩に全く当たっていなかった。


「くっ! やるわね!」

「えっ! えええっ?」


 雷の魔法を外すラミエルの横で、リュウトの肩の上に乗っていたゾナゴンが飛び出して闇の魔法を吐いた。


「ここは我に任せるぞな! ぞなっ! はっ! ぞなもしっ!」


 ゾナゴンが三回立て続けに吐いた闇の魔法は見事爆弾岩に命中し、三体ともやっつけた。


「ゾナゴン! すごいじゃないか! 助かったよ!」

「へっへっへ! リュートが修行していたように、我も隠れて修行をしていたぞな!」

「強いんだなあ! 見直したよゾナゴン!」


 リュウトとゾナゴンが盛り上がっていると、ラミエルが地面に座り込んだ。


「あ、あたしが……倒すはずだったのに……」


 地面に座り込むラミエルにリュウトは話しかけた。


「あのさあ、ラミエルってさあ。もしかして、実戦ははじめて?」

「……」


 リュウトの肩からゾナゴンが言った。


「魔法が全く当たってなかったぞなね」

「……」

「確かに雷の魔法は命中率が低い魔法ぞな。しかし、名門のトネール家の出の魔法使いが得意の雷魔法を外すなんてビックリぞな~!」

「……」

「おい、ゾナゴン。その言い方は傷付くかもしれないじゃないか……」

「そうぞな? ラミエル、傷付いたぞな?」

「ラミエル、弱いんだったら無理して戦わなくていいよ。君は後ろに下がっていてよ」


 ゾナゴンとリュウトの連続『口』撃に、ラミエルは涙目になった。


「……な、な、なによ! なによ……! みんなであたしのこと、バカにするつもり?」

「バカにするなんて。違うよ。事実は受け止めた方がうまく連携が取れるだろ?」

「やっぱり! やっぱりバカにしてんじゃないっ! そうよっ! あたしはトネール家の落ちこぼれよっ! 魔法を全く当てることができないポンコツ魔導士よっ! こんなあたしをアリアだけは笑わずに仲良くしてくれたのよっ! ああーん、ひどいわ! みんなであたしをバカにして~!」


 ラミエルは泣き出した。

 リュウトは泣くとは思っていなかったので慌てた。


「泣くなよ……。弱いんだったら、もっと素直に頼ってくれていいよって話なんだよ」

「リュートのバカ! そーゆーのが傷付くんじゃないのっ!」

「ええっ。ごっ、ごめん……」


 ラミエルは立ち上がってずんずんと進んでしまった。


「ラミエル! 気分を害したのなら謝るよ、ごめん! だけどラミエル一人で先に行くのはなしだ! みんなで行こう!」

「リュート? それはあたしが弱いからそう言うのね?」

「ち、違うよ! いや、嘘を言う方が傷付けるか? そうだよ、ラミエルが弱いからそう言うんだよ!」

「あーんひどいっ! リュートなんて嫌いよーっ!」


 ラミエルは走って行ってしまった。


「待てって! 待てよラミエル!」

「リュート! ついてこないで! あたしは川を見つけたから汚れを落としていきたいだけよ! ついてこないで、エッチ!」

「ええっ? あっ、ごめん……」


 ラミエルは谷を降りたところの森に流れる川まで走った。

 川に着くと、服を脱いで身体の汚れを落とした。何日もお風呂に入れない生活が続くなんて耐えられないとラミエルは思いながら身体を洗った。


「何よ……みんなであたしのことバカにしてさ……」


 ラミエルは川を泳いだ。


 ――でも、アリアの言う通りかもしれない。リュートはちょっぴり頼りになるかもしれない。


 伊達にリト・レギア王国の竜騎士団所属なわけではないようだ。

 ラミエルは川から顔を出した。


「なんてバカバカ! あたしったら気が弱くなって! こんなのあたしらしくないわっ!」


 ラミエルは川から出て、服を着ようとした。


「キャー!」


 森の川の近くの陰でリュウトたちはラミエルを待っていると、ラミエルの悲鳴が聞こえてきたのでリュウトは彼女の元に駆け付けた。


「どうしたっ! ラミエルッ! 何かあったのかっ?」

「ま、ま、ま、魔物がーっ! リュートーッ! はやく助けなさいよーっ!」


 裸でおびえるラミエルが指をさした場所には、一匹のオークがラミエルを狙っていた。

 オークは人間の姿に似た醜悪な魔物だ。特に人間の女を見ると興奮して襲ってくるらしい。

 リュウトはショートソードを引き抜いてオークに斬りかかった。


「ふっ!」


 オークはリュウトの一撃で倒れた。


「あっ、あっ、あっ!」


 ラミエルはリュウトに裸のまま抱き着いた。


「リュートぉっ! こわかった! こわかったよーっ!」

「ちょっ、ラミエルッ! 服! 服を着て! お願いだから!」

「えっ?」


 ラミエルはようやく、自分が真っ裸でリュートに抱き着いていたことに気が付いた。


「キャー!」


 ラミエルは今日一番の悲鳴を上げた。


「リュートの、エッチーっ!」


 森の中に、ラミエルの平手打ちの音がこだました。


「あ、あんまりだ……」


 腫れあがった頬のリュウトを見て、ゾナゴンは怯えた。


「リュ……リュート……。大丈夫ぞな?」

「この旅がここまでつらいものになるとは思っていなかった……」

「可哀想ぞな……」


 日が沈んだので、今日はこの森で野宿することになった。

 ラミエルはまだめそめそと泣いていた。


「うっうっ。リュート……。あたしの裸見たんだから責任取りなさいよー」

「泣くなよ……」

「うるさいバカ!」

「泣きたいのはこっちなんだよ……。すっげーいてー。雷の魔法使いやめて格闘家に転職したら?」

「もう……もうお嫁にいけない……責任……取ってよ……」

「責任なんて取れないよ。事故だし」

「責任取ってよ! 男でしょ!」

「はああ~? そーんな時代錯誤な言葉を使う奴いるのかよ。ちぇっ」


 リュウトの悪態にラミエルは食って掛かるかと思いきや、ラミエルはリュウトの横で爆睡していた。


「みんな……嫌いよ……むにゃ」

「……はあ。寝てる姿だけは可愛いかもな」


 リュウトはその夜、徹夜で番をした。


「はああ……」


 ラミエルとは一生仲良くなれそうにないとリュウトは思った。



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