第62話 救出作戦会議の件

「キャーッ! 雨で濡れるなんて最悪よーッ!」


 王城にあと一歩というところでびしょ濡れになってしまったリュウトたちは、侍女が持ってきたタオルで身体を拭いて乾かした。

 リュウトは至急、国王とソラリスを呼ぶように召使に頼んだ。

 そして、日ごろは宮廷魔導士たちが会議に使っている部屋に国王たちは集まった。

 リュウトたちが身体を乾かしてから向かうと、会議の間にはすでに国王モイウェールと王子ソラリスがいた。リュウトたちが一番最後だった。


「リュート、わしらを集めて一体何の用だ?」


 モイウェール王がリュウトに尋ねた。

 ラミエルがちらりと椅子に座るソラリスを見た。


「ね、あのいい男、誰よ。ダークでクールな雰囲気が素敵じゃない!」


 小声で話すラミエルにゾナゴンが答えた。


「あれはソラリス王子ぞな。アリアの兄ぞな。本当はいとこなんだけど、養子に迎えられたんだぞな~。王国最強の竜騎士なんだぞな!」

「へええ! 美形で強くて王子様って、もう完璧じゃない。結婚はしてるの?」

「いや、してないぞなね」

「ウフフ! 狙っちゃおうかしら。アリアのお兄さんと結婚したら、あたしはアリアのお義姉さんでしょ。アリアからおねーさまって呼ばれてみたかったのよ! うっふふふふふ」

「ひえっ……。もしやラミエルは偏った愛情をアリアに向けているぞなか……?」


 一体何の話をしているんだよ、とラミエルとゾナゴンのひそひそ話を聞いてリュウトは思ったが、彼女たちを無視してモイウェール王の質問に答えることにした。


「実は……。マギワンドの魔導学院が、闇の魔導師の襲撃に遭ったらしいんです」

「な、なんだと!」


 モイウェール王は驚いて席を立ちあがった。

 対してソラリスは表情を一切変えなかった。


「そ、それは本当なのか……?」


 モイウェール王は額に汗をかいていた。


「本当のことです」


 ラミエルが答えた。


「あたしはマギワンドの魔導学院から来ました。アリアとは親友でした。アリアは、あたしを逃がすために身代わりになりました……」

「な、なんと……」


 今度はがっくりと落胆した様子で椅子に座るモイウェール王にリュウトは言った。


「王様、オレ、アリアを助けたいんです! いいでしょうか?」


 モイウェール王はうなだれていた。

 無理もない。

 大切な娘が、死地にいるのかもしれない。既に亡くなっている可能性もなくはないのだ。


「アレーティア……。だからわたしは反対したのだ……。魔導学院に通うなどと……言い出さなければ……。ああ、神よ……」


 リュウトたちは黙った。


「わかった……。リュート、ぜひわが娘、アレーティアを助けてくれ。アレーティアは君を慕っていた。君が助けてやってくれ。……ソラリス! 王国竜騎士団の援軍をリュートにつかせろ。セクンダディの方がいいな。そうしなさい!」


 ひたすら黙していたソラリスはモイウェール王に言われてようやく口を開いた。

 しかし、それはその場にいる全員の予想を裏切るものだった。


「お言葉ですが、父王。それはできません」

「えっ!」

「何!」

「ぞなっ?」


 ソラリスの言葉に、その場にいた全員がかたまった。


「魔導学院を襲ったのは闇の魔術師。竜騎士団は闇の魔術に対抗するすべを持っていません。彼らを敵に回せば、この国は間違いなく崩壊します。竜騎士団を不用意にマギワンドに向かわせるわけには参りません。マギワンドにくみしたと思わせる行動は控えるべきです」


 ソラリスは淡々と言った。


「ソラリス……」


 モイウェール王は青ざめた。


「ひっどい……!」


 ラミエルもソラリスの言葉を受け入れられないようだった。

 そして、怒ったラミエルはソラリスに対して啖呵を切った。


「ねえちょっと! あんた、アリアのお兄さんでしょう! 妹が心配じゃないの? 闇の魔導師がなんなのよ! あんた、王国最強っていうんなら、自分の妹くらい助けに行きなさいよ!」

「ラミエルッ! やめろっ! それ以上言うな!」


 リュウトはあわてて暴れるラミエルの口を押えた。


「イケメンだからって! 妹を助けに行かない腰抜けなんて! あたしは嫌いよ! べーっ!」

「ラミエル! やめろ、やめろ!」

「放してよリュート! あたしはアリアを助けたいのよ! あの子は本当にいい子なのよ! それが、それが……!」


 ラミエルは言っている途中で泣き出してしまった。


「ラミエル……君の気持ちはオレだってわかるよ……」


 リュウトは嗚咽をあげて泣くラミエルを支えてやった。

 ソラリスはラミエルの罵倒を全く気にしていない様子だった。

 リュウトはいつかのストラーダの言葉を思い出していた。


 ――あの王子さんがいりゃ、闇の魔導師との全面戦争なんてことにはならないだろうさ。


 あのときの言葉が、よくわかった気がする。


「あの……ソラリス王子」


 リュウトはソラリスに話しかけた。


「本当に、無理なんですね?」


 ソラリスはあの冷たい瞳でリュウトを見た。

 マリンと同じエメラルドグリーン。

 しかし、マリンとは全くちがう氷のような冷たい瞳。


「ああ」


 ソラリスの返事はそれだけだった。


「わかりました……」


 王国竜騎士団は動かせない。

 けれど、リュウトはアリアを救いたい。


「ソラリス王子! オレは、アリアを助けに行きたいです。許可をください! 王国騎士団の鎧は外していきます。なので、オレに行かせてください。どうかお願いします!」


 リュウトは全力で頭を下げた。

 この王国の最高権力は国王だが、リュウトには感覚的になぜかソラリスの許可の言葉が必要だった。


「騎士団を名乗らなければお前はただのリュートだ。好きにしていい」

「!」


 リュウトは自分の発言が間違っていなかったことを確信した。


「あ、ありがとうございます!」


 モイウェール王は、青白い顔で、リュウトに言った。


「わしには……君しか頼りにならん……リュート……。娘を……どうか……」

「わかっています。アリアはオレにとっても大事な人です。必ず助けます。だから、王。安心してください!」

「おお……」


 話はまとまった。

 アリア救出作戦は、リュウト、ラミエル、風竜、シリウスで行く。


「我も行くぞな!」


 ゾナゴンがリュウトの肩に飛び乗って言った。


「ゾナゴン。今度ばかりは遊びじゃないんだ。ものすごく危険なんだよ」

「我はリュートもアリアもどっちも守らねばならんぞな! それに闇の魔導師なら、一番耐性があるのは我ぞな! 我は闇の魔法のドラゴン。闇の魔法は効かないぞな! リュートが止めても、絶対についていくぞなー!」

「ゾナゴン……」

「ぞなっ!」

「……わかったよ。一緒に行こう。ゾナゴン」


 リュウトたちは会議の間を後にした。

 さっそく、アリア救出作戦の準備に取り掛かった。


 部屋に残ったモイウェール王は、ソラリスに向かって言った。


「アレーティアの親友だという娘も言っておったが……お前の腰抜けさにはがっかりだぞ、ソラリス……。闇の魔導師がなんだ……。わしは娘が大切なのだ……。なぜ、軍を動かさぬ。なぜ、わしの気持ちがわからぬ……」

「……。父上、わたしは用がありますので失礼します」

「ああ……」


 ソラリスが部屋から出ていった後、モイウェールは、つぶやいた。


「それに引き換え、リュートの行動力。見事なものだ……。国を任せるなら、ああいった熱い男の方がいい。アレーティアの婿として、申し分がない……。無事に帰ったら、婚約させよう。そして、アレーティアが、わたしの娘が……。そうだな。それがいい」


 会議の間をあとにして、自室へと戻るソラリスに宮廷魔導士ルシーンが合流した。


「殿下、お怒りですか?」

「……」


 ソラリスはルシーンにニヤリと笑いかけた。


「そうだな。怒りはあるが、いつものことだ。無能な王の相手は疲れる」

「そうでしょうな」


 くくく、とルシーンは不気味に笑った。


「そんなことよりもだ、ルシーン。お前は闇の魔術師の最高司祭とどのくらい繋がっているんだ?」

「……で、殿下……!」


 ルシーンはうろたえた。

 この王子には隠し事はできないようだ。


「ふ、ふふ……。やはりあなたと一緒にいるのは飽きませんよ……。あなたはわたしの理想そのものだ……。闇の魔術師の最高司祭、キルデール様とは、まだお会いしたことはありません……これは本当です」

「ほう?」

「殿下。わたしはあなたの味方でございます。何があろうとも。だからわたしを信じてください。わたしはあなたを裏切りません。なぜならあなたは、わたしの存在価値をはじめて認めてくださった方なのだから……」


 ソラリスは愉快そうに笑った。


「闇の魔導師を信じるか。ルシーン。お前は面白いことを言う。お前の言いたいことはわかっている。だから、もう少しお前の力を借りてもいいか?」

「ああ、殿下。わたしが役に立てるのなら、ぜひ使ってください。わたしの敬愛する殿下……ソラリス様!」


 ソラリスとルシーンが歩いていく様子を、王城に戻っていたマリンは見ていた。


「闇の魔導師なんて……」


 マリンの暮らしていた村を襲った山賊を裏で操っていたのは、闇の魔導師だったということが最近になってわかった。

 だからマリンは、ソラリスが一族の仇の闇の魔導師を傍に置いていることが理解できなかった。


「あの者たちは、この世に災いを呼ぶ。王子によくないことが必ず起きるわ……。そのときは、わたしがソラリスを守らなくては。たった二人きりのアスセナ族の生き残りなのだから……」


 マリンは神に祈った。

 マリンはソラリスと同じエメラルドグリーンの瞳を持つアスセナ族の生き残りだが、ソラリスに対して特別な感情は抱いていない。しかし、目的が同じ者同士として協力し合う関係になった。まわりには悟られないように、『そのとき』が来るのを待つもの同士としての関係に――。

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