第53話 飛竜の森の星空と新しい相棒の件

 リュウトは夢を見ていた。

 暗闇の中で、誰かが泣いている夢だ。

 『誰か』は「痛いよ、痛いよ――」と言って泣いていた。

 リュウトはその声の主に呼びかけていた。


 ――怪我をしているのか? お前は今どこにいるんだ!


 と。

 しかし、痛いよ――と繰り返されるだけで、返答にはなっていなかった。

 そして、何者かが身体を揺すぶったので、リュウトはそこで目が覚めた。


「ハッ!」


 リュウトの身体を揺すぶって起こしたのはゾナゴンだった。


「リュート。起きるぞな~」


 リュウトは眠たい目を開けてゾナゴンに言った。


「なんだよ。人が夢を見ていたってときに――」


 リュウトを起こしたゾナゴンも寝ぼけているようだった。


「リュートの背中が光っていて眩しくて寝られないぞな~。ちゃんと消灯するぞな~。それかあっち向いて寝るぞな~」

「ゾナゴンがあっち向けよ」


 リュウトは再び眠ろうとした。


 ――また、背中が光っていたのか。


 元の世界に戻ったらビックリ人間としてテレビに出られそうだな、とリュウトは思った。


 ――そういえば、変な夢を見たな。痛いよって声がしていた。


 そのとき、寝付こうとするリュウトの耳に、微かに音が聞こえた。


「夢じゃ……ない?」


 リュウトは起き上がった。

 そして、もう一度耳をすます。


「やっぱり……何か聞こえる……」

「どうかしたのか?」


 リュウトの様子に気付いたストラーダが目を開けて声をかけた。


「音が聞こえるような気がして……」


 ストラーダも耳をすました。

 風の音のような、何かが鳴いているような、わずかにだが音が聞こえる。


「気になるな。行ってみるか」


 リュウトたちが寝床にした洞窟の中は、人間が一人分しか入れない狭さの、奥に繋がる穴があった。奥に入りすぎるのは危ないから、洞窟のすぐ入り口で寝ることにしたのだった。

 そして、リュウトたちに聞こえた微かな音は、どうやらその小さな穴の奥から聞こえてくるようだった。

 ストラーダが先に進み、リュウトが後に続いた。ゾナゴンは身をかがめなくても普通に歩けた。ストラーダの飛竜は洞窟の入り口で一人お留守番だ。

 穴は進んでいくとどんどん狭くなっていった。


「ははっ。オレたちが細身でよかったな。セクンダディのグリンディーやシーランみたいなでかい奴らじゃきっと奥まで進めないぜ」


 ストラーダはこんなときでも笑っていた。

 進み切ると、外だった。

 夜風に草が揺れている。

 しかし、外と言っても、この小さな穴しか出入り口がない、岩山に閉ざされた空間のようだった。

 空を見上げると、星空が見えた。

 この異世界の星空は東京の空の何千倍も美しい。

 今夜はとてもよく晴れているため、満天の星空という言葉がぴったりの夜空だった。


「リュート! 奥を見てみろ……。一匹、飛竜がいる……」

「え?」


 ストラーダが指をさした方向をリュウトも見てみると、確かに一匹、飛竜がいた。

 飛竜もこちらに気付き、威嚇の咆哮をあげた。


「うっ!」


 リュウトは飛竜をじっくり見た。

 威嚇する飛竜に違和感があった。


「あの飛竜、なんで飛び立たないんだ……?」


 じっくり目を凝らすと、飛竜のしっぽの上に、巨大な岩石が乗っているのが見えた。あの岩石のせいで、飛竜はこの空間に閉じ込められているようだった。

 ギャアギャアと鳴く飛竜の声を聞いて、リュウトは夢の中の痛いよ、という声があの飛竜のものだと、奇妙な感覚だが理解した。


「あの飛竜のしっぽの上にある岩石をどけて、助けよう!」

「ええーっ!」


 ゾナゴンはリュウトの提案に驚いた。

 横にいたストラーダもおったまげたという風にリュウトを見ていた。


「本気か? あの飛竜はかなり気が立っているようだ。近付いたらかみ殺されるかもしれないぞ」

「……オレはやるよ!」


 リュウトは飛竜の元へ走った。

 夢の中の感覚が、飛竜に近付くほどはっきりとしていった。


「やっぱり、痛いよって言っていたのはあの飛竜だ!」


 飛竜は近付いてきたリュウトに対して噛みつこうと暴れた。


「うわっ! じっとしてろよ!」


 岩石の下敷きになっているので飛竜は思うようには動けないが、翼を羽ばたかせたり、何度もリュウトに噛みつこうと抵抗した。

 だが、リュウトは無視した。


「待ってろよ。今、岩をどけてやるから!」


 リュウトには飛竜を助けることしか頭になかった。

 リュウトは岩を力いっぱい押した。

 しかし、二メートルはある岩はびくともしない。


「ぐおおおおッ!」


 リュウトは顔を真っ赤にして力をこめるが、それでも岩は動かない。


「リュート! オレも手伝うよ!」

「我もぞな!」


 ストラーダとゾナゴンがやってきて、リュウトに加勢した。


「うあああああッ!」

「ふんっ!」

「ぞななななッ!」


 三人で力をこめるが、岩は動かない。

 岩を押している間にも、飛竜はじたばたしてリュウトたちの妨害をした。


「お前を助けようとしているのがわからないのか!」


 攻撃してくる飛竜に対してリュウトは腹が立った。


「くそおおおッ!」


 数十分三人が岩を押し続けていると、ついに岩が動いた。


「ギャアアアアッ!」


 自由になった飛竜は空を暴れまわった。


「ギャアアアアッ!」


 そして、もの凄いスピードで星空の中へ飛んで行ってしまった。


「行ってしまったぞな……」

「そうだね……」


 異世界の山や星空といった自然の雄大さもそうだが、ドラゴンが空を飛んでいく光景は、形容しがたい特別な美しさがある。飛竜に乗って、どこまでもどこまでも空を飛んでみたい。どこにでも行ける自由さがほしい。星空の中へ飛んで行ったあの飛竜を見て、リュウトはそんな風に感じた。

 

「さてと。寝るか」


 と言って、ストラーダは元来た道を引き返した。


「ありがとう。手伝ってくれて」


 リュウトはストラーダにお礼を言った。


「なあに。大した事ねえよ。そんなことより、ちゃんと寝て明日に備えろよ」


 リュウトもストラーダのあとに続いて寝ていた場所へ戻った。


 ――そうだった。明日からも頑張らないと、だった。


 登ってきた太陽の光で、リュウトたちは目を覚ました。


「ふあぁああ……!」


 リュウトが洞窟から出て大きなあくびをして伸びていると、ずどんと大きな音がした。

 リュウトの目の前に巨大なヤギ型の魔物の死体が降ってきたのだ。


「なんじゃこりゃッ!」


 リュウトが空を見上げると、飛竜が一匹、バサバサと翼を羽ばたかて浮いていた。

 飛竜のしっぽはひしゃげて形が悪くなっている。

 飛竜はギャアアと鳴いた。


「お前……もしかして、昨日の飛竜か?」


 飛竜はまたしてもギャアアアアと鳴いた。


「この魔物はオレにくれたってこと? 夜中の礼?」


 再々度、飛竜はギャアアアアと鳴いた。

 飛竜の鳴き声を聞いて洞窟からストラーダが出てきた。


「どうした? リュート」

「昨日の飛竜が……」


 ストラーダは飛竜を見て驚いた。


「おいおいおいおい。そんなことってあるのか? 凶暴な飛竜が力で屈服させる以外で懐くなんざ聞いたことねえぞ!」 

「そうなんですか……?」


 ピンと来ていない様子のリュウトをストラーダはまじまじと眺めた。

 竜の目の弟や、農村出身の若者たちが今年の期待の星かと思っていたが、どうやら大穴がいたようだ、とストラーダは思った。

 しかし、この若干間の抜けた少年が、実はすごい奴だと言われても、にわかには信じられない。リュウトのドジさは演技ではなさそうだし……と考えたところでストラーダはやめた。

 そして、これから輝いていくだろう期待の新星に声をかけた。


「おい、ラッキーボーイ! その飛竜を相棒にしてやれよ。名前を付けてやれ。そいつはお前のドラゴンだ」

「えっ? 名前、ですか?」

「そうだよ。ドラゴンは名前を付けられると、名付け親に逆らえない代わりに、真の実力を発揮できるようになるんだ。妙な習性だよな。オレたち竜騎士は、捕まえた飛竜に名前をつけることで飛竜の精神を支配しているんだ」

「えっ、そうだったんですか。知りませんでした」

「あははははは! なんでそんなことができるのかオレにはよくわからないけど、名付けには特別な魔力があるんだろうなぁ。……リュート、お前がもしドラゴンだったら、名前を付けられないようにしろよ! 名前をつけた奴には絶対に逆らえなくなるからな! って、リュートは人間だからそんな心配必要ないけどな! ははは!」


 ストラーダが一人で笑っている間、リュウトは一生懸命、新しい相棒になるこの飛竜の名前を考えていた。

 星空に向かって飛んで行ったドラゴンだから、星の名前がいいなと思いつつ、リュウトは星の知識があまりないため、選択肢は一つだった。


「よーし! 決めた! お前の名前はシリウスだ。よろしく、シリウス!」


 シリウスと名付けられた飛竜はギャアギャアと鳴いた。

 嬉しいのか気に入らないのかさっぱりわからないところが愛くるしいようにリュウトは思えた。


「じゃあ、飛竜を捕獲する新人最初の試練は終了。ってことで、砦に帰ろうぜ!」


 ストラーダはひょいっと自分の飛竜にまたがった。

 リュウトも、はじめて自分だけの飛竜――シリウスを呼び寄せてまたがった。


「置いて行かないでぞなー!」


 洞窟の中からようやく起きたゾナゴンがリュウトの肩の上に飛びついた。


「それじゃあ、リュート。シリウスに命令してみろ。飛べってな」


 リュウトは緊張でつばを飲んだ。

 そして大きく息をはいた後、シリウスに命令した。


「シリウス、飛べ」


 シリウスは大きく羽ばたくと地上から離れた。


「おっ、おおお……!」


 シリウスに乗ったリュウトは空高く飛びあがっていた。

 足が地面についていない。

 バランスを崩したら地面に真っ逆さまというくらいシリウスの上は安定しない。


 ――これが、飛竜。


 はじめて自分で操るドラゴンに、リュウトは興奮と感動を覚えた。


 ――これで、オレは本当の竜騎士だ。


「やっ、やったーーーーーーッ! オレは、竜騎士になれたんだーーーーーーッ!」


 リュウトは喜びのあまり大声で叫んだ。

 その嬉しそうな叫び声に驚いて、ストラーダはゲラゲラ笑った。


「あははは。リュートが嬉しそうで何よりだ。じゃあ、全速力で帰るからな! ついて来いよ新人!」


 と言ってストラーダは飛竜を操り全速力で飛んで行った。

 リュウトも負けじとシリウスに命令した。


「シリウス、飛べ! ストラーダに追いつくんだ!」


 シリウスはギャアアと鳴き、全速力で飛んだ。


「はやい! はやいよシリウス! 最高だ!」


 二人の竜騎士たちは、拠点である砦へと帰っていった。

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