第51話 帰ってきた王城の件

 竜騎士の叙任式が行われたあと、竜の牙グリンディーはリュウトを愛竜の背に乗せて、とある場所に向かった。

 そこは、かつてリュウトも過ごしたことがある、懐かしい場所だった。


「王城じゃないか!」


 グリンディーがリュウトを乗せて向かっていたのは、王城だった。

 グリンディーは王城の中庭に飛竜を止めると、飛竜の世話をする竜番に飛竜を預け、そして王城の中へと入っていった。

 颯爽と歩くグリンディーに置いていかれないようにリュウトも必死でついていった。

 グリンディーはリト・レギア王国の王子ソラリスの部屋の前で立ち止まり、リュウトに言った。


「王子さんからお前を連れてくるように言われていたんでな」

「ソラリス王子が!」


 リュウトは驚いた。

 リュウトに用事があるのはてっきりモイウェール王の方かと思っていた。


「なんだその驚きようは。あの王子さんがこわいのか?」

「めっちゃこわいです。特に目が」

「正直な奴だ」


 リュウトの返答に笑うことなくグリンディーは歩いていってしまった。


 リュウトはソラリスの部屋の扉をノックした。


「入れ」


 半年ぶりに聞くソラリスの声がした。

 相変わらず凛としていて、感情のない声だ。


「失礼します」


 ソラリスは変わらない大きな椅子に、肘をついて深く腰かけていた。

 半年前は、この若く美しい王子のことをよく知らず、無礼な態度を取ってしまっていた。だけど今は、この王子がどれだけ偉大で、彼に仕えることは竜騎士にとっての誉れなのかがよくわかる。友人のコンディスとフレンは、いつもソラリスを熱く語っていた。


「どうした? もっと近付いて来い」


 扉を開けて一歩しか部屋に入れないでいたリュウトにソラリスは命令した。

 リュウトはその一声でようやく緊張で膠着こうちょくしていた状態から解放された。


「は、はい」


 リュウトはソラリスに近づいた。

 艶やかな黒髪に吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳。

 どこにも欠点がない顔は、近くで見ても美しいままだった。


「まずは士官学校卒業おめでとう。そしてようこそ、王国竜騎士団へ」


 と言って、ソラリスは立ち上がった。

 ソラリスはリュウトを認めて対等になろうとして立ち上がったのだろうが、身長差がありすぎて逆に威圧感がある。


「よくやったな、リュート」

「え?」


 リュウトは頭が真っ白になった。

 この竜騎士の頂点に立つ美形の王子に誉められるとは夢にも思っていなかった。

 聞くなら今しかないと思い、リュウトはソラリスに対して感じていた疑念をぶつけてみることにした。


「あの、つかぬことをお聞きしますが……」

「なんだ? 言ってみろ」

「……士官学校の成績は、オレの実力ですよね……?」


 リュウトは目をそらした。アンドリューに言われた、王家のお気に入りという言葉を気にしていないわけではなかった。ここでソラリスに肯定されたら、努力を重んじてきた今までの自分の行いに一生目があてられそうにない。


「ふっ。リュートはこのオレを疑うのか?」


 ソラリスは愉快そうだった。この人物は何で機嫌がよくなるか悪くなるのかがつかめない。


「……オレは本当のことが知りたいんです……」


 リュウトは震えていた。

 リュウトが竜騎士になれるように仕組まれていたのが事実なら、銀のカードは返却する覚悟だった。ずるして勝ち上がることを許せるほど、プライドは低くない。


「誰かに言われたのか」

「……」


 ソラリスは再び椅子に座った。そしてためいきをつき、肘掛けに肘をついた。


「士官学校の成績は紛れもなくお前が実力で勝ち取ったものだ。あの学校の不公平さはヴィエイルから何度も相談を受けていた。だからオレは不正を行った教官共の退職を命令した。来期からは不正を行った教官どもは一掃されるから、あの学校も少しはマシになるだろう。……オレが関わったのはそれだけだ」

「……あっ……」


 来期から教官が入れ替わることをリュウトはまったく知らなかった。そして、ソラリスがその件に関わっていることも。

 リュウトは自分のことを恥じた。この王子は、誰よりも国のために行動してきた王子だった。そして、リュウトの意志を尊重して、学校に通わせてくれた大恩のある人なのだ。そんな人物を少しでも疑うなんて、とリュウトは恥ずかしくなった。


「よ、よかった……。じゃあオレは、本当に本当の竜騎士なんですね……」

「本当の竜騎士はまだだろう? これから飛竜に乗れるようにならなければお前はただの竜騎士の資格を持った士官学校の卒業生だ」


 ソラリスはまた愉快そうな表情に戻った。

 リュウトは自分の発言がときどき抜けているときがあると自覚はしているが、ソラリスに笑われるのは恥ずかしさで尻の穴がモゾモゾする。


「そ、そうでした!」


 リュウトは頭をかいた。


「学校での出来事はヴィエイルに逐一報告させていた。ヴィエイルは大層お前を気に入っていたみたいだ。真っ直ぐなこころを持った努力家、だとな」

「そんな! ヴィエイル教官長はオレを過大評価しています! が、ヴィエイル教官長に認められるのは嬉しくて照れます!」

「ふっ」


 ソラリスは鼻で笑って、話を切り換えた。


「飛竜に乗れるようになったら、いつでも王城に来ていい」


 リュウトは話が終わりそうになるのをあわてて止めようと、ずっと聞きたかったことを尋ねた。


「あの! アリアは――」


 言いかけて、やめようかと思ったけれど、言うことにした。


「アリアは外国の学校に行ってから、まだ帰ってきてないんですよね? いつ頃に帰ってくるか、王子はわかりますか?」

「心配か」

「はい」


 リュウトは速答だった。


「妹のことはオレにはわからん」

「そ、そうですか……」


 話はそれで終わってしまった。

 なんとなく、それ以上は聞くなというオーラを感じた。


 リュウトは国王にも挨拶をしようと、モイウェール王の部屋に向かった。

 モイウェール王の部屋の扉は空いており、王は、使用人に介護されながら立ち上がっているところだった。

 あの元気だった王が半年間でここまで痩せるのかというほど、別人になっていた。


「モイウェール王様!」


 リュウトはいてもたってもいられず声をかけた。


「お前は……?」

「リュートです!」

「おお、リュートか」

「王様、お久しぶりです。オレ、半年間の学校を卒業して、竜騎士になれました! 王様、オレをこの国に住まわせてくれて、ありがとうございます!」

「おお……」

「王様、えーっと、なんていうか、痩せました?」

「リュート……。君がいればこの国も安泰だな……。娘を……アレーティアをよろしく……頼む……。わしに代わって、アレーティアを支えてやってくれ……」


 まだそんなことを言っているのか、とリュウトは思ったが、このやつれ具合を見ると、なんだか遺言のように思えて嫌だった。

 あの元気だったモイウェール王らしくない。


「王、しっかりしてください! モイウェール王ならまだまだ元気で過ごせるはずです!」


 リュウトは本音で話しかけた。

 今にもふわりと飛んで行ってしまいそうな国王の魂を呼び戻すように、リュウトは語気を強めた。


「おお! そうじゃの。わしの取柄は昔から元気だった。ありがとう。リュート。君のおかげでなんだか元気が出てきたよ……」


 半年間でリュウトが変わったように、この国も変わっているようだった。

 モイウェール王には長生きしてもらわないと、アリアが悲しむだろう。

 アリアが戻ってくるまでの間、騎士としてこの国を守ろう。

 それが今のリュウトにできる最善のことだとリュウトは認識していた。


 リュウトはモイウェール王に別れを告げて、中庭で待機していたグリンディーに大聖堂まで乗せていってもらった。

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