竜騎士編

第50話 竜騎士リュートの件

 半年に一回、竜騎士の叙任式は大聖堂の大広間を貸し切って行われる。

 百人以上の先輩竜騎士が、叙任式のはじまりを席について待っていた。


「あの人たち全員竜騎士なのか」


 大聖堂の奥にある部屋の一室で、今日から竜騎士になる九人の若い元士官学生は集まっていた。


「足が震えてきたよ」


 ミーヌが言った。


「オ、オ、オ、オレだって! 武者震いががががが」

「コンディスは震えすぎ」


 フレンが突っ込んだ。

 シャグランとハザックとシェーンの三人は椅子に座って落ち着き払っていた。


「リュートは緊張しているぞなか~?」

「ゾナゴン。頼むから叙任式のときは大人しく待っていてよ」

「大丈夫ぞな。と、いうか我もあの空気の中でふざけられる鋼のメンタルは持っていないぞな~……ぶるぶる」


 と、そこへ司祭が入ってきて、白く薄いローブを九枚持ってきた。


「皆さん、これに着替えてください。着替え終わったら儀式をはじめます」

「儀式?」


 リュウトの疑問にシェーンが答えた。


「叙任式の前に、大司教が清めの儀式をするらしい。兄から聞いた覚えがある」

「ふーん」


 九人が着替え終わると、司祭が祭壇の間へ案内した。

 この大聖堂の一番奥にある部屋で、神聖な間だ。

 神を模した石像が部屋の奥に置かれていて、その手前の祭壇に九本の剣が置かれている。

 青く光る石で作られたこの部屋には、確かに神聖な、特別な空気が流れているような気がした。

 祭壇の前に大司教が立っていた。

 老齢だが恰幅のいい男性である。

 白い帽子に白い丈の長い服、手には長い司祭杖が握られている。

 全部の指に大きな宝石のついたリングがはめられていて、首からもたくさんの装飾品がぶらさがっている。彼が歩くたびに、金属がこすれあってじゃらじゃらと音がする。


「それではここより、新たなる竜騎士の誕生を祝して、清めの儀式を執り行う――」


 九人は、膝を折ってかしずいた。

 大司教は祭壇に置かれている剣に呪文を唱えると、一本一本、一人一人に与えた。

 新たなる竜騎士たちは、その剣を両手で受け取って、腰に装着した。

「それでは、祈りを捧げてください」

 大司教が言った。

 リュウトは顔の前で手を組み、祈った。


 ――祈りを捧げるって、何をすればいいんだあ?


 リュウトは考えた。

 竜騎士になって何がしたいのか。


 ――守りたいんだ。


 ルブナのような、魔物から身を守るすべを持たない子どもを。

 アリアのように、一人で戦っている人を。

 この異世界に来てから生まれた、一番純粋な、守りたいという気持ちを、守るべきすべての人に捧げたい。


 ――異世界に来て、竜騎士になっちゃうなんて。魔法やスキルを派手に使うような最強の戦士になれた方がカッコよかったかな? いいや、それは違う。多分。夢を目指したいと思って、諦めずに地道に努力をする。その積み重ねが長ければ長いほど、達成感はひとしおだ。この気持ちは、結果だけを追い求めていたら絶対に手に入らない。一瞬で手に入った強さよりも、時間をかけて得た強さの方が、たとえ実力が弱かったとしても、強い。それは、血をにじませなければ得られない、自分を真に信じるこころを持っていなければ到達できない、本当の強さっていう奴だ。


 祈りを捧げる時間は終わった。

 なんだか熱くなっちゃったけど、あんな感じでよかったのかなぁと頭をかきながらリュウトは次の場所へ向かった。


 次は、いよいよ大広間だ。

 百人以上の竜騎士の前で、叙任式がはじまる。

 叙任式の前に、九人は白いローブを脱いで新品の甲冑を身に着ける。


「緊張するぜ~」

「ああ」

「オレ、漏れそう」

「リュートは緊張すると腹に来るよな」

「大丈夫なのか?」

「やばいかも……」

「おい、大勢の竜騎士の前で脱糞したら社会的に死ぬぞ! 二秒で行って来い!」


 リュウトは走ってトイレに向かった。


「オレ、いつもこんなんだ! だからなのか? 大だと決めつけられていた!」


 リュウトはトイレに間に合った。


「ほへぇえええぇ~」


 二秒以上は経ってしまったが、急いでみんなのところへ戻らないといけない。

 リュウトはトイレから飛び出した。


「うわっ!」


 前方不注意で、人とぶつかってしまった。


「ごめんなさい!」


 リュウトがぶつかったのは、金髪碧眼の男性だった。

 そして、その男性は親友にそっくりだった。


「シェーン?」


 はじめて会った頃の、目付きの鋭かったシェーンに瓜二つだ。

 だが、髪型が違う。

 シェーンは既に鎧をまとっていたが、この人物は鎧を身に着けていないので別人だ。

 しかし急いでいるリュウトには、この男性が誰なのかを深く考える余裕はなかった。


「ただいまー」

「おう! はやかったな。はやく着替えろー! あとはリュートだけだ!」

「うわっホントだ!」


 九人の戦士は、新しい鎧を身にまとい、腰には祝福を受けた剣を提げ、大広間に用意された壇上にのぼった。

 目の前にはたくさんの先輩の戦士たちがいる。

 みな、体格が良く、城下町を歩いている街の人とは雰囲気が違う。

 壇上に、セクンダディ・リーダー、竜の牙のグリンディーがあがった。


「これより新たに我らの仲間になる、シャグラン。ハザック。シェーン。コンディス。フレン。リュート。グラシズ。ティミッド。そしてミーヌだ」


 グリンディーは言い終わると、一人一人と握手をかわした。

 グリンディーの手は大きく、力強かった。

 握手が終わると、グリンディーは腰に下げていた剣を抜き、天に掲げた。

 リュウトたちも、腰の剣を抜いて、剣を掲げた。

 竜騎士たちは拍手喝采で新しい竜騎士の誕生を迎え入れた。

 リュウトが剣を鞘に戻すとき、大聖堂の壁に竜の両翼、ノエルとリアムが壁にもたれかかっているのを発見した。

 リアムはリュウトに手を振っている。


 ――今は手を振り返せないよ!


「今日の式典は以上で終わりだ。解散」


 グリンディーの挨拶はそれで終わりだった。

 意外にあっけないんだな~とリュウトが思っていると、グリンディーに呼ばれた。


「リュート。君は来てくれ」

「えっ」


 一人だけ呼ばれるのはめちゃくちゃこわかったが、リュウトはグリンディーの元へ行った。

 さっきも思ったが、近くでみるとめちゃくちゃいかつい。身体に古傷がいたるところにある。これが歴戦の勇士なのかと、じっくりグリンディーを見た。


「頼まれたんでな。来い」


 グリンディーのあとに続くと、外にいた飛竜に彼はまたがった。


「乗れ」


 言葉が少なすぎてとてもこわいが、リュウトは言われるがままに従った。

 グリンディーの後ろに乗ると、飛竜は空を飛んだ。


「えっ、どこかへ行くんですか?」

「着けばわかる」


 ――えええええええっ!


 叙任式が終わったあと、リュウトは竜の牙グリンディーと空を飛んだ。

 グリンディーの飛竜は、見慣れた場所に真っ直ぐ向かって行った。

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