第49話 士官学校の卒業式の件

「こんな日に寝坊なんて、肝が据わってるぜ!」


 リュウトは眠たい目をこすりながら起きた。


「ふああぁ~。今日の授業は何だっけ~……」


 まだ寝ぼけているリュウトにフレンが笑った。


「そろそろ起きないと、本当に間に合わなくなるぞ」


 リュウトは思い出した。


 ――そうだった、今日は。


「うわああああああっ!」


 リュウトは飛び起きた。

 昨日、あらかた部屋の片付けは終わったが、朝のうちに最後の片付けをしなくてはいけなかった。

 もう、この部屋で生活はしないのだから。

 リュウトは急いで服を着替えて、荷物をまとめた。

 冬服などの大半の荷物は捨てた。また買い直すことになるんだろうか。

 結局この日までトツカの剣を使うことはなかったな、とリュウトは思いながら荷物袋に剣を括り付けた。


「うしっ! 完璧!」

「スッキリしたな」


 三人――途中からゾナゴンを加えて過ごした学生寮の部屋はきれいさっぱり片付いた。

 半年間生活したこの部屋とは、今日でお別れだ。

 三人で過ごすには少し狭かったこの部屋は、来週にはもう新しく学生になる別の三人組の部屋として使われる。

 

「リュートは名残惜しいぞなもし?」


 ゾナゴンの質問にリュウトはうーんと考えた。

 はやく卒業して、竜騎士にはなりたかったけど。

 コンディスとフレンとたくさん遊べて、家や王城で過ごした期間より楽しかったかもしれない。

 リュウトは一人でいるよりも、友人とバカ騒ぎして大笑いしている時間の方が楽しい。

 三人一組のチームがコンディスとフレンで本当によかったと何度も思った。

 落ち込んだり、考え込んだときにはこの部屋の布団に深くもぐった。

 自己嫌悪に陥ったり、後悔したことは少なくなかった気がする。

 たくさんの思い出を頭に浮かべて、リュウトはゾナゴンに言った。


「うん。ここでの生活はすごく楽しかった。名残惜しいかと言えば多分そうだけど、これからだって、きっと楽しくなるさ」

「……そうぞなね。なんたってリュートのそばにはいつでもこの我がいるのだからぞな! えへん」

「うん? うん」


 コンディスがみんなに言った。


「それじゃあ行こうぜ。運動場で卒業式だ!」


 今日は卒業式――。

 入学当初九十九人いた学生は、卒業式の日を無事に迎えられたのは三十人だけだった。その三十人の十組のチームの中から、上位三チームが竜騎士になれる。残りの七チームは王国騎士団に配属され、竜にまたがることはないが、地上でこの王国の守備を任される。

 卒業式ではヴィエイル教官長が一人一人の名前を呼び、卒業証書と、名刺サイズのライセンスカードを渡す。カードは身分証の役割を果たす。白いカードが王国騎士団、銀のカードが王国竜騎士団に所属していることを表すらしい。

 まず、ヴィエイル教官長に名前を呼ばれたのはシャグランだった。


「はい!」


 名前を呼ばれたシャグランはよく通る声で返事をし、ヴィエイル教官長の立つ場所まで進み出た。


「おめでとう。明日から君は竜騎士団の一員として働くことになる。これが、竜騎士団になった証の銀のライセンスカードだ」

「はい!」


 シャグランは銀のライセンスカードを受け取った。カードと言っても紙製ではなく、王国の紋章が彫り込まれた、厚みと重量のある金属板だ。


「次は、ハザック!」


 ハザックも名前を呼ばれたあと、竜騎士の証の銀のカードをもらった。

 ハザックのあとはシェーンが呼ばれた。


「君たちはこの学校始まって以来の好成績を収めた!」


 リュウトは思わず拍手をした。拍手は学生全体に広がった。

 みんなが三人の実力を認めていた。

 シャグラン、ハザック、シェーンの三人組は、確実に竜騎士になれると誰もが思っていたが、本当になってしまった。


 次は、三回のテストの総合成績が二位のチームが呼ばれる。

 リュウトは緊張した。横に並ぶフレンも緊張しているようだ。フレンの横にいるコンディスに至っては下を向き、顔面汗まみれだ。


「コンディス!」

「えっ」


 コンディスは顔をあげた。


「コンディス。君だ。はやく来なさい」


 コンディスは信じられないといった顔でフレンにぼそりと聞いた。


「オレの名前って、コンディスだっけ……?」


 フレンは笑って言った。


「そうだよ。コンディス。ヴィエイル教官長が呼んでる。はやく行ってこい」


 コンディスはあわててヴィエイルのところへ向かった。


「コンディス。そしてフレンも。君たちははじめての平民階級の竜騎士だ。この事実はこの王国の歴史を変えていくだろう。竜騎士になっても、さらに上を目指しなさい。この国の根強い階級意識を、君たちが変えていけるだろう。君たちの生き方には、そんな未来を感じさせる。様々な試練にもたえ、よく頑張った――」


 コンディスは銀のカードをヴィエイルから受け取った。

 リュウトの位置からでもコンディスの手が震えているのがわかった。

 それを見て、リュウトはこころが震えた。

 コンディスとフレンは、やり遂げたのだ。

 平民ではじめての竜騎士が、今日、誕生した――。

 コンディスの次にフレンも名前を呼ばれ、銀のカードを受け取った。


「おめでとう」

「はい!」


 フレンの次はリュウトが名前を呼ばれた。


「はは……。オレだけカードが違ったらどうしよう……」

「大丈夫ぞな。リュートはベストを尽くしたぞなもし?」

「ああ。ベストは尽くした」

「じゃあ、行くぞな。竜騎士リュートとして、最初の一歩を踏み出すぞな!」

「ああ!」


 リュウトはヴィエイルの元に進んだ。

 緊張でつばを飲み込んだ。

 コンディスほどではないが、額から汗が出る。


「リュート……」

「はい」

「本当によく頑張った。本当に――」


 ヴィエイルが涙ぐんでいるのがリュウトに伝わった。

 年寄りは涙もろくなると言っていたが、涙もろくてもいいんじゃないかなとリュウトは思う。

 おかげで、リュウトは泣かずに冷静でいられた。


「ヴィエイル教官長。今まで、ありがとうございました」


 リュウトはヴィエイルからライセンスカードを受け取った。

 渇望してやまなかった、竜騎士としての資格。

 銀色に輝く、竜騎士の証。


「……!」


 リュウトは振り返った。

 いつもより景色が濃く、はっきり見える。

 今日から、この踏み出す一歩から、竜騎士リュートの生活がはじまる。

 声にならない。

 涙も出ない。

 時が止まっているかのように感じる。

 空は澄み渡り、花は満開だ。時折、あたたかい風が流れる中での卒業式。

 こんなにも感慨深い卒業式ははじめてだった。


 ――みんな、ありがとう。みんなのおかげで楽しい時間が過ごせた。嫌なこともあったけど、でも、そのおかげでいっぱい考えて悩んで、成長できたんだ。


 すべての学生が名前を呼ばれ、配属先が決定した。

 竜騎士になったのは、シャグラン、ハザック、シェーン。

 そしてコンディス、フレン、リュウト。

 三組目のチームはグラシズ、ティミッド、ミーヌだった。

 彼ら三人がアンドリューからいじめを受けている現場をリュウトは幾度となく助けてきた。彼らも実力で、九人しかなれない竜騎士の座を勝ち得た。

 この九人が、今期の士官学校から生まれた新しい竜騎士だ。


 そして卒業式は終わった。

 コンディス、フレン、リュウトの三人は明日の竜騎士としての叙任式に出席できるよう、王城の近くで宿を取っているので、今からそこへ向かう。

 踵を返すリュウトたちに、シャグランたちが近づいてきた。


「それじゃあ、明日からもよろしくね!」


 いい笑顔を浮かべるシャグランにコンディスが言った。


「結局シャグランたちには一度も勝てなかったな! けど、竜騎士になったらそうはいかないぜ!」


 コンディスとシャグランは低めのハイタッチをして、手を強く握り合った。

 フレンはハザックと握手した。

 リュウトはシェーンに特別に礼を言いたかった。


「シェーン。ありがとう。シェーンと冒険できて、楽しかったよ」


 シェーンはふっと笑った。


「竜騎士になったらさらに遠くへ冒険に行けるだろ」

「えっ! ああ、そうか……。そうだね、行こう!」


 シェーンとの冒険は、絶対に楽しい。

 通いなれた学校との別れで気持ちはせつなくなりがちだが、友人たちとはこれからも続いていくはずだ。

 リュウトたちはシャグランたちと別れた。

 そして宿へ向かった。


「あー。卒業したんだな、オレたち」

「そうだね」

「だけどこれからが、はじまりなんだよね」

「そうだな。これからがはじまりなんだ」


 明日は城下町の大聖堂で竜騎士の叙任式が行われる。

 宿へ向かう三人の目は、希望と興奮で輝いていた。

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