第47話 謝罪の件
リュウトは教官室から無事に出てきた。
仲間たちは、真剣な表情でリュウトを見守っていた。
先ほど、リュウトは弁償金の三百万を払い終わった。
「ははは。スッキリしたよ! もうこれでいいってさ。退学にもならない……」
リュウトは疲れて苦笑いを浮かべた。
コンディスとフレンはリュウトに抱き着いてもみくちゃにした。
ゾナゴンがリュウトの頭の上で飛び回った。
シャグラン、ハザック、シェーンも加わって、仲間たちはみんなでハイタッチをした。
もっともっと仲間たちと喜びを分かち合いたかったが、リュウトには行くところがあったのでその場をあとにした。
リュウトが向かったのは、アンドリューたちの部屋だった。あの一件以来、アンドリューはリュウトを見る度にすっかりおびえるようになってしまった。
リュウトはおびえるアンドリューを見て、いい気味だとか、ざまあみろという気持ちには全くなれなかった。
ただ、哀れみという感情しかなかった。
どうしてアンドリューは人の嫌がるようなことしかできないんだろうかとリュウトはリュウトなりに考えてみたことがある。
推測だけれどおそらく、アンドリューのような人間は、コミュニケーションの取り方が下手なのだ。
コミュニケーションの取り方を周りがそうとしか教えなかったら、暴力で解決させることしかできない。
暴力は用いれば用いるほど、周りの人間のこころは離れていく。
だけど、彼はそういった方法でしか人と関わることができない。
暴力、否定、支配、束縛、軽蔑、侮辱、罵倒、虚言……。
人間関係を構築するうえで大切なことの真逆のアプローチでしかコミュニケーションが取れない。
――不器用なのだ。
だが、環境次第では、もしかしたらリュウトだってアンドリューのようなコミュニケーションの取り方しかできなかったかもしれない。
身分の低いものを蔑むように両親や教師から教えられてきたら、何の疑問も感じずに自分が一番偉いんだとふんぞり返って人を見下して生きていたかもしれない。
誰が責められるべきか。
何を責めるべきか。
リュウトにはわからない。
わからないけれど、リュウトにはアンドリューに対してやるべきことがあった。
リュウトはアンドリューの部屋をノックした。
ジャックが出て部屋に入れてくれた。
アンドリューはリュウトに気が付いて、扉から一番遠いところへ退いた。
「な、何しに来たんだよ!」
アンドリューは震える声でリュウトに言った。
アンドリューがリュウトに対してこんな態度を取るようになるとは夢にも思っていなかった。
ただ、悲しい。虚しい。そしてアンドリューはとても哀れだ。
「アンドリュー。オレ、謝りに来たんだ」
リュウトは悲しい目をして言った。
「あの日のことは、オレが悪かった。怪我をさせて悪かったって思ってる。だから、謝りに来たんだ」
リュウトはアンドリューにこうべを垂れた。
「ごめんなさい……」
本音を言えば、アンドリューの方が百億倍悪いとリュウトは思っている。
アンドリューの方から謝るべきだと思っている。
コンディスに怪我をさせたことは今でも許せないし、平民がどうだとか、王家のお気に入りがどうだとか言った口にグーパンを決めたいくらい腹が立っている。
憎しみ、という言葉が一番近い。
だけど、リュウトは謝ることにした。
なぜなら。
「どうして……謝るんだよ……」
アンドリューが恐る恐るリュウトに聞いた。
リュウトはいつ竜化してまたアンドリューを襲いだすかわからない。
おびえるアンドリューの質問に、リュウトは嘘をつかなかった。
アンドリューの質問には、きれいごとの返答が無限にできただろう。
ホントは仲良くしたいんだ、だとか。
同じ学校の仲間じゃないか、だとか。
嘘やきれいごとを言った方が話は丸く収まったかもしれない。
だけど、リュウトはそういうことじゃない、と思っていた。
「今オレがお前に謝らないと、オレが後悔すると思ったからだ!」
リュウトの目は燃えていた。
アンドリューをこわがらせたことは悪いと思っている。
けれど、今までしてきたことを天秤にかけて、許せるかといったら許せない。
友人に怪我を負わせ、侮辱した。
コンディスやフレンやアリアが許しても、リュウトはアンドリューのしたことを許せない。
だけど。
ここで意地を張って、自分が悪かったことを謝れなかったら、この先ずっと後悔する。
アンドリューごときのせいで自分が後悔する羽目になる。
それは絶対に嫌だ。
完全な誠意のある謝罪じゃない。
形だけの謝罪だ。
自分自身の気持ちの決着のための謝罪だ。
それでもやらないよりかはずっとマシだ。
今のリュウトは、こころのバランスを失って、自分のしていることが善なのか悪なのかがわからない。
褒められることなのか、蔑まれることなのか、まったくわからない。
だが、外野が何を言おうと構わない。
――後悔が少なくなるように生きたい。
それが今のリュウトの精いっぱいの答えだった。
結果がわかれば、運命が決まっているのなら、完全に後悔しない生き方がすぐにわかったかもしれない。
だけど、未来はわからないから、後悔なんてものは生きていれば必ず生まれる。
人生には自分だけの力じゃどうしようもできないことがあるから、後悔をゼロにすることはできない。
だからこそ、自分で考え、自分で決め、自分で行動して、なるべく減らしたい。
自分自身のためにも。
そして、自分を信頼してくれている仲間たちのためにも。
「何だよ、それ……」
アンドリューは舌打ちをした。
「出て行けよ!」
それがその日、リュウトが聞いたアンドリューの最後の声だった。
リュウトは静かに扉を閉めて、自室に帰っていった。
布団にもぐって、リュウトは考え事にふけった。
――オレは、完全にいい人にも、完全に悪い人間になることもできない。どちらにもなり切れないグレーな、不完全な、中途半端な人間だ。
許せることもあるし、許せないこともある。
納得できるときもあれば、割り切れないときもある。
誰かに対して憎しみを持ち続けるなら、無関心になった方が楽ではあるけれど。
リュウトには感情がある。こころがある。
誰かに強烈に憎しみを抱く人がいたとして、じゃあその人に「人を憎しむべきではない」と、誰がどんな口で言えるのか。
人の痛みは本人にしかわからない。
決してわからない他人の痛みを踏みにじって、もう憎しむのはやめましょう、ときれいごとを言う人間がいるのなら、それはオレなら許せない――とリュウトは感じる。
そしてその考え方は、苦しんでいる人がいるなら助けたい、他人の痛みに敏感でありたい生き方と相反する。
だけど、理解したうえでさらにこう思う。
割り切れない感情があるから人間なんだ。矛盾するから人間なんだ。
リュウトの身体は、感情が暴走すると背中の竜の痣が光って、人間じゃない力が発動してしまうことがわかった。
意識がなくなって、暴れ狂う竜のようになってしまう。
できれば、二度とそんな風にはなりたくない。
意志のない竜にはなりたくない。
人間であることはやめたくない。
リュウトはさらに深くふとんをかぶって、ぎゅっと目を閉じた。
いつか自分が暴走して、人間でなくなってしまうことがあるかもしれないと考えると、とてつもなくこわかった――。
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