第46話 教官長の謝罪の件

 リュウトは、授業の合間の休憩時間にトイレに行って、戻ってくるときに中庭にヴィエイルが一人で座っているのを発見した。

 リュウトはヴィエイルに話したいことがあったので、中庭に向かった。

 そして、一人中庭のベンチに座ってたそがれるヴィエイルに話しかけた。

 季節はもう春だが、外はときどき強くて冷たい風が吹く。


「ヴィエイル教官長」

「リュートか」

「どうしたんです、こんなところで」

「ああ……。少し考え事をしておってな……」

「それは、オレのことでしょうか……」


 ヴィエイルは答えなかった。

 その通りなんだとリュウトは察した。


「リュート。学生を守るのが教官長としての役目なのに、あの例の一件では君を守れなかったことを申し訳なく思っている……」

「そんな! オレは気にしていません。あの中にたった一人でも味方でいる人がいたことがどれだけ心強かったか。先生には感謝しているんです!」

「リュート。君ははじめて出会ったときより随分と変わったな。それとも、今の君が本当の君の姿なのか……」


 リュウトは風で転がっていくゴミを眺めていた。


「教官長には落ち込まないでほしいです」

「いや、あの件は本当に申し訳がなかった……」


 落ち込むヴィエイルの横で、リュウトはどのタイミングで話を切りだそうか思案していた。

 だけど、ここが言うべきときだと、意を決して話すことにした。

 仲間たちのおかげで三百万ゴールドを集められたことを。


「ヴィエイル教官長。落ち込まないでほしいというのは、あの、実は、用意できたんです。三百万」

「な、な、な、何?」


 ヴィエイルは驚きでリュウトの顔を見た。

 リュウトは自信満々でうなずいた。


「この学校に通って、本当にいい仲間ができました。それまでオレが通っていた学校では、好きなことを好きとも、嫌なことを嫌とも言えませんでした。だけどこの学校で出会った仲間は、本気で困っているときに、本気で手を差し伸べてくれる。オレはこの学校でかけがえのないものを手に入れました。この学校は、ここで得た仲間たちは、オレの居場所です。そしてその居場所は、あなたが守ってきたからこそあるんです。オレは、教官長に感謝しているんです。まあ、ときどきちょっと嫌なこともあるけど、気にならなくなるくらい、いい学校だと思っています。あ、いや、それは言い過ぎたかな? あー、やっぱりオレってビシッとかっこよく決まらないんだよなあ……」


 リュウトは恥ずかしくなって頭をかいた。

 ヴィエイルは片手で目を覆った。


「すまない……。年寄りは涙もろくてな……」

「教官長……」


 リュウトは次の授業に遅れないようにその場をあとにした。

 これで、教官長のこころを少しは救えただろうか。

 自己嫌悪に陥ったときのこころの痛さは、リュウトにはよくわかるつもりだった。アンドリューにアリアを侮辱されたとき、リュウトは自分の感情を止めることができなかった。たくさんの学生に怪我を負わせた。こわい思いをさせた。そのことを、何度も何度も自分で責めた。

 許されない人間だ。ここにいる価値のない人間だ。

 自分を責める度、こころがえぐられるような感覚がした。

 だけど。

 自分の痛みは自分にしかわからない。

 逆に言えば、他人の痛みはどうやっても知りえないのだ。

 他人や自分に傷つけられて感じる自分の痛みはわかっても、自分が相手を傷つけて相手が感じた痛みの度量は絶対にわからない。

 だからこそ、他人の痛みに敏感になろうと思った。苦しい人がいれば、助ける。それは仲間たちが教えてくれた生き方だ。

 自分に余裕がないときは、助けられないときもあるけれど。

 自分にとってのやさしさが、相手を傷つけるときもあるけれど。

 やらなくて後悔することを少しでも減らすために、今を生きたい。

 次の授業に間に合うように急いで走る十六歳のリュウト少年は、そんな風に考えていた――。


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