第43話 大反省会の件

 雷雨の日から翌日。リュウトは教官室に呼び出されていた。

 アンドリューともめた日のことで話し合いが行われるようだった。

 教官室には二十人の士官学校の教官が集まっていた。

 皆、リュウトに対して厳しい目を向けている。


「リュートの処分だが――」


 黒い噂の絶えない教官が口にした。

 反射的に、リュウトの身体はビクッとした。


「どうしたものか――」

「修繕費に、治療費に、合わせていくらの損害が出たんだ?」


 教官たちは口々に言った。

 リュウトは教官室の出入り口に一番近いところで、ヴィエイル教官長の横に立たされていた。教官長は、まるで一人ではないと言わんばかりにリュウトの肩を支えていた。

 教官の誰かがぽつりとつぶやいた。


「退学――」


 リュウトは動揺した。


 ――退学? オレが退学になったらどうなるんだ? コンディスとフレンも巻き添えを食らう。モイウェール王、ソラリス王子、アリアにどんな顔して会えばいいんだ?


「いや、それではソラリス王子の顔に泥を塗りかねん。それはできない」

「しかしここまで損害が大きいと……」

「三百万ゴールドだそうです」

「王宮に請求するしか……」

「王宮なら出せる金額でしょうし、妥当でしょうな」


 ヴィエイルはたえかねた様子で教官たちに言った。


「リュートに非はない。けしかけてきたのはアンドリューであったと学生のみなが言っています。修繕費、治療費は学校の運営費から出せばいい。一人の学生に背負わせるのはいかがなものか!」


 ヴィエイルは啖呵を切った。

 リュウトの肩を支えるヴィエイルの手が怒りで震えているのが伝わった。

 リュウトはこころが苦しくなった。

 自分の行いのせいで、友だちを傷付けた。ヴィエイル教官長に迷惑をかけた。

 士官学校最初の日に、どんな屈辱でもたえていかねばならないと噛み締めたはずなのに、結局、自分を抑えることができずに、こうしてたくさんの人に迷惑をかける結果となった。


「……もう、いいです……」


 リュウトは言った。


「オレが払います。三百万ゴールド。がんばって返します……。だから、王宮に請求なんてしないでください……」


 すかさずヴィエイルがリュウトに言った。


「リュート! それはいけない! 君は何一つ悪くない。何も悪くない人間が償うなど、あってはならないことだ。ここはわたしに任せなさい!」


 リュウトはヴィエイルを遮った。


「もうこれ以上! 誰にも迷惑かけたくないんです……。オレがやったのは間違いないんです……。オレが払います……」


 その言葉を聞いて、黒い噂の教官は笑いながら言った。


「いいこころがけだな!」


 汚い笑い声が部屋に響いた。

 リュウトはいたたまれなくなって教官室を飛び出した。


「リュート!」


 ヴィエイルがリュウトの名前を叫ぶが、リュウトは聞こえていないフリをして走って逃げた。


 リュウトは、シェーンたちの部屋の扉の前にいた。

 深呼吸をして、扉をノックする。


「どうぞ……」


 部屋からシャグランが出てきた。


「リュートじゃないか。よく来てくれた!」


 シャグランはリュウトを歓迎して肩を何度も叩いた。

 部屋に入ると、リュウトの来訪を待ち望んでいたシェーンがいた。

 シェーンの両手は、包帯で巻かれている。


「ごめん、シェーン……。オレのせいで……」

「やけどに効く木の実を調達してきたばかりだったからちょうどよかった。二日あれば完全に治るさ。気にするな」

「……ごめん……」


 リュウトは下を向いていた。


「リュート。泣いてるのか……」

「どうして……」


 リュウトは震えていた。


「どうしてオレはこんな風なんだろう……。うまくいったと思ったら、いつもダメにしてしまう……。たくさんの友だちを傷付けた……。迷惑をかけた……。最低だ、オレって……」


 リュウトは嗚咽をあげて泣いた。

 シェーンの前で泣くつもりはなかった。

 謝っても許されない。

 シェーンが許しても、リュウト自身が自分を許せない。

 もう何もかも終わりだ――。

 自分がこの異世界に来なければ、みんなは怪我をしなかった。

 リュウトは自分のしたことを何度も何度もこころの中で責めた。

 シェーンは大きく息を吐いた。


「リュート。それは違う。お前はダメではない。お前はいつも人のために行動している。誰もお前のことを恨んでいない。お前がいつも真っ直ぐで、頑張り続けてきたことは皆が知っている。だからもう自分を責めるのはやめろ」


 シェーンは涙で顔が崩れるリュウトに言った。


「オレはお前と友だちになれたことを誇りに思ってる」


 シェーンの言葉に偽りはなかった。


「僕もだ」


 シャグランが言った。


「……」


 ハザックもうなずいた。


「だからリュート。悲しまなくていい」


 それでもリュウトはシェーンの両手を見ると涙が止まらなかった。

 三人はリュウトが泣き止むまでずっと見守っていた――。

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